ただしイケメン、美少女に限る

yuzuhiro

第1話 前編

「やっと捕まえたぞこのヤロー」


「ちょ! 私ヤローじゃないんですけど⁈」


「言葉のあやだろうが! それよかさっさと金返してもらおうか!」


「だからっ! いま金欠なの。もう少しだけ待ってよ」


「ふざけんなよお前、さっき教室で週末服買いに行く約束してただろうがっ!」


「……え〜っと、ナンノコトカナ?」


 夕方の駅前の商店街の入り口。


 美少女幼馴染の腕を掴む悪人ヅラの巨漢


 ハタから見たら事案に見えるかも知れないが、ことの発端はこの幼馴染にある。


♢♢♢♢♢


 3ヶ月前


「ごめん正平、水着買いたいからお金貸して!」


 両手を合わせながら頼み込んできた幼馴染の柴崎遥しばさきはるか。栗色の髪のショートボブに透けるような白い肌。庇護欲のそそる小柄な身長ながら女性であることをしっかりと主張しているプロポーション。クラス、学年の枠を飛び越えて校内でも屈指の美少女と呼び声の高い遥は、あまり知られていないが俺の幼馴染だ。


 対する俺、香川正平かがわしょうへいは電車で座っているといつまでも隣に人が座ってこないような悪人ヅラ。それに加えて高1にして身長182cm、体重80kgのゴリマッチョ。


 知る人ぞ知る『美少女と野獣』の幼馴染コンビは親同士も仲がいいご近所さん。小さい頃はよく一緒に遊んでいたが、成長するにつれ一緒に行動することは少なくなっていた。さりとて仲は悪くない、というより良いと言っても差し支えないとお互いに思っている。


 そんな幼馴染のお願い。バイト代が入って懐が潤っていた俺は二つ返事で了承した。


「ちゃんと返せよ、……お金で」


「……カラダで返すなんて言わないよ? それとも正平は私のカラダに興味が———」

「無いわけじゃないがいらん」


「……へ、へぇ〜。そこは正直なんだね」


「まあ、思春期真っ只中の男子高校生だからな。ぶっちゃけ女のカラダに興味はある。でもこれは俺が汗水流して稼いだモノだからな。それ以上の価値があると俺は思ってる」


「……私のカラダの価値は諭吉さん以下かいっ。て、まあ正平にそんな目で見られても困るんですけどね? まあ、ちゃんと返しますのでお借りしてもよろしいでしょうか?」


 身長差があるので自然と上目遣いになる遥の視線を受けながら、俺は遥に諭吉を手渡した。


「返済期限は?」


「来月には返せると思う。ちなみに利息は?」


「そこは幼馴染特典で免除してやるよ」


「ありがたき幸せ」


 仰々しく諭吉を両手で掲げる遥に手を振りながら答えた。


♢♢♢♢♢


「来月には返せるって言っておきながら3ヶ月経ったんだが? 弁明があれば聞くだけ聞いてやるけど?」


「……だって、これ返したら正平との関わり減っちゃうもん」


「あん? 電車の音がうるさくて聞こえない!」


「だ・か・らっ! ちゃんと返すからもう少しだけ待ってってば! 来月にはちゃんと返すから」


 俺の手を振り解こうと細腕をブンブンと振り回す遥。


「お前、先月もそう言って———」


「お前、何やってるんだ! 女の子が嫌がってるだろ!」


 遥に睨みを効かせていたところ背後から声がし、直後に頬が熱を帯びた。


「柴崎さん、大丈夫? とりあえずここは離れよう」


 颯爽と現れたイケメンは遥の腕を引っ張りながら商店街へと駆け込んで行った。


「はっ?」


 頬を押さえながら呆然とする俺の肩に、ポンと誰かの手が置かれた。


「キミ、ちょっと話聞かせてもらえるかな? 通行人から女子高生が暴行受けてるって通報があってね」


 制服姿の警察官が貼り付けたような笑顔で話しかけてきた。


♢♢♢♢♢


「はあはあ。あ、あのっ! 手離して下さい」


 走ったせいで乱れた息を整えながら先行する男子に話しかける。よく見ると同じ学校の制服で、ネクタイの色から上級生のようだ。


「ああ。ここまでくれば大丈夫だろう」


 私の背後を見ながら笑顔を向けてくる男子。たしかクラスの子がサッカー部の2年にイケメンがいるって言ってたっけ? この人が噂の人だよね?


「柴崎さん、大丈夫だった? ケガはないかい?」


 パッと手を離し、胸に手を当てながら乱れた呼吸を整える。

 その行為につられてイケメンの視線は私の胸に釘付け状態になっている。


「あ、あの。私、暴力なんて振るわれてませんけど? ただのと思ってもらって結構です。それより先輩、さっき正平のこと殴りませんでした?」


 一瞬のことでハッキリと覚えてはいないんだけど連れ去られる瞬間、正平が頬を押さえながら倒れ込んでいた映像が朧げながらも浮かんできた。


「しょうへい? ああ、さっきの暴漢かい? 申し訳ない、柴崎さんの危機だと思って咄嗟に身体が動いてしまったよ」


 なんてことないように話す先輩に、私は怒りを覚えた。


「美少女を助けたいと思うのは男のサガってやつだからね。あの場面に出くわしたらみんなキミを助けようとすると思うよ」


「私は暴力なんて受けてません。それにカレは私の大事な幼馴染です。暴漢なんかじゃありません」


「……なるほど。俺は勘違いしてしまったのかな? でもキミが困っていたことには変わりない。ああ、ひょっとしてキミを助けた見返りを俺が求めるとでも思ってるのかい? はははっ、俺は善意でやったまでのことさ」


 台詞がかった言葉に怪しみながらも、私は正平の元に戻るべく、この場を離れようとした。ところでむんずと腕を掴まれた。


「なっ、離して下さい!」


「それでも、キミが是非と言うのであらば連絡先くらいは聞いておこうか!」


 さっきまでの爽やかな笑顔が剥がれ落ち、欲望に満ちた下卑た笑みを浮かべた。


「おや〜、はるかっちじゃない? こんなとこでどしたの?」


 イケメンの仮面の剥がれた男の背後から見知った顔のギャルがニヤニヤとしながら私に声をかけてきた。


真里亞まりあ!」


 切羽詰まった私の呼びかけに真里亞の表情が真顔になる。

 視線を私の顔から下げると眉がピクんと動き「なるほど」と呟いた。


「先輩? ちょ〜っとその手、離してもらえないかな〜? ウチの親友に汚い手で触れんじゃねぇよ」


 睨みを効かせながら近づく真里亞に気圧された様子の先輩。ただ、それも一瞬で女子にビビったのを気づかれたくないかのように無駄に大きな声で真里亞に反論をした。


「汚い手だって? 失礼なヤツだな。柴崎さんが暴漢から助けたお礼をしたいと言っているから仕方なくデートに行くところだけさ。何も悪いことなんてしてないだろう」


 よくもまあここまで嘘をつけるものか。


 女子2人相手ならなんとでもなると思っているのだろうか?


♢♢♢♢♢


「だから、何度も説明してますよね? 彼女は幼馴染で俺は暴力なんて振るってないって」


「そうは言ってもね? 通報があった限りは調べなきゃいけないんだよ。それにその被害者の女の子からも話を聞かなきゃならないしね? もし本当に幼馴染だって言うなら、その子をここに呼んでもらえないか?」


「ああ、そうですね」


 俺はポケットからスマホを取り出して遥に電話をかけた。


 するとすぐそばから軽快な着信音が聞こえた。


「スマホ落としてったぽいですね」


 落ちていた遥のスマホを拾い、俺の名前の表示された着信画面を警察官に見せる。


「確かに、さっき聞いたキミの名前が表示されてるね。しかも♡までついて。これがその被害者の女の子のスマホならば、まあ悪い仲じゃないのはわかるね」


「はっ? ♡?」


 改めて着信画面をみると、たしかに『正平♡』と表示されている。


 なぜだ?


「とりあえず、いま商店街の防犯カメラの確認に行ってるからちょっと待っててよ」


 街灯に取り付けられた防犯カメラを指しながら落ち着くように促された。


 数分後、防犯カメラの確認に行っていた婦警が戻ってきて確認したことを説明してくれた。


「カレが言っているように女子高生と揉めていたのは間違いないようでしたが、腕を掴んで逃げないようにしていたのみで暴力を振るってはいませんでした。それに女子高生は時折申し訳なさそうに謝ってるような素振りを見せてましたね。で、その後に同じ制服を着た男子高校生が現れてカレを殴りつけた上に女子高生を連れ去っていったようです」


「なるほど、ご苦労さん。まあ、これでキミへの疑惑は一応晴れたわけだがその女子高生と男子高校生からも話を聞きたいんだ。とりあえず幼馴染と連絡とれそうかい?」


 遥のスマホをみつめながら「自宅に行けば」とだけ答えると、警察官は後日でもいいので一緒に説明に来て欲しいと言って解放してくれた。


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