私の懺悔録

大田康湖

私の懺悔録

 私はこれまで50年以上生きてきたが、ずっと清廉潔白な人生だった訳ではない。今回は今まで自分のエッセイ等では語れなかった過去の過ちについて懺悔したいと思う。


 小学生高学年のことだ。当時私の住んでいた会社の寮は周りを一周できるようになっており、隣り合う敷地には銭湯があった。一度入ってみたいと思っていたが、我が家では銭湯に行く機会がなかった。

 もちろん銭湯の入口は道路に面していたので見えないが、裏庭には犬小屋と大きな煙突があり、寮の塀際にはびわの木が生えている。実が成ると塀の向こうからでも採れそうな近さだった。


 私は運動が苦手で、走るのも嫌いだった。運動会シーズンになり、親は少しでも走力が上がるよう、私に寮の周りを早朝マラソンすることを命じた。確か10周がノルマだった。嫌だったが親には逆らえない。私は毎朝早起きして着替えると、寮の周りを走った。


 銭湯の裏庭との境を通る道はかなり狭く、泥棒よけだろうか砂利が敷き詰められていた。ある日、銭湯の犬にちょっかいを出したくなった私は、砂利を一個掴むと犬小屋のある辺りに投げ込んだ。ところが、返ってきたのはガラスの割れる音だった。塀の向こうで見えないが、どうやら建物の窓ガラスを割ってしまったらしい。焦りまくった私はダッシュでその場を離れ、寮の反対側まで駈けていった。

 反対側で少し時間を稼ぐと私はその日のマラソンを切り上げ、何事もなかったように家に帰ってきた。親には怪しまれなかったが、私は(もし窓ガラス代を弁償することになったらどうしよう)と密かに怯えていた。


 その日か数日後だったか、母親が私に尋ねてきた。

「あなたがマラソンしていた時間に隣の銭湯で窓ガラスが割れたそうなんだけど、何か知ってることない?」

 母親の口ぶりから、自分が原因だということは分かっていないようだと思った私は、あえて隠すことにした。

「そういえば、銭湯の方で音がしたと思うけど、離れていたからよく分からないな」

 母親はそれ以上追求せず話を切り上げ、その後の動きもなかった。恐らく銭湯が自前でガラス窓を直したのだろう。私は早朝マラソンもそのうちにしなくなり、結局中学一年で引っ越すまで銭湯と絡むことはなかった。しかし、自分が嘘をついたという負い目はずっと心にのしかかっていた。


          ○


 寮の近くには駄菓子屋もあった。毎週日曜にお小遣いをもらうと、弟を連れて開店したばかりの店に行き、お小遣いの上限まで駄菓子を買っていた。


 やはり小学生高学年のことだ。私は週に三日そろばん教室に通っていた。教室から帰る頃には夜になり、闇の中に駄菓子屋からの明かりが漏れている。夕飯前の店内には客の子どもたちもおらず静まりかえっていた。

 駄菓子屋は中央に商品が積まれた棚で仕切られており、店主はいつも棚の向こう側に座っていた。毎回通るうちに、私は店主に気づかれないように店に入り、商品を取れるのではないかと考え始めた。つまり万引きである。


 ある日、ついに私は万引きを決行した。忍び足で店内に入り、棚の前に置かれたケースから10円のチョコレートを一つ取ったのだ。すぐに外に出たが、店主は気づいていないようで何も動きはなかった。

 万引きが成功してしまったことから私は調子に乗り、その後も数回万引きを実行した。万引きをするきっかけとして、「スリルを味わうため」という理由を挙げる人がいるが、実際経験した私には理解できる。


 しかし、数回目にとうとう店主から万引きの現場を見とがめられ、逃げられないと観念した私は店主に謝った。大人になった今だから考えられるが、常連客が万引きをしていたという事実を知って店主はどう思ったのだろうか。

 そろばん塾の帰りということもあり、私は財布を持っていなかった。結局、翌週日曜のお小遣いでチョコレート代を払う約束をした。親にまで話が及んだのかは覚えていない。ともかく翌週の日曜日、いつものように駄菓子屋に行った私は万引きした分のお金を店主に払い、その後は一人の客と店主の関係に戻った。

 中学一年生になり、引っ越したことで駄菓子屋とも縁は切れたが、私はこの一件から二度と万引きや盗みには携わらなかった。苦い経験である。


 私は大人になった。時代も変わり、Googleマップでかつて住んでいた町の現況を気軽に見られるようになった。寮の周辺は様変わりしており、銭湯も駄菓子屋もない。寮も5年ほど前に取り壊され、跡地は住宅地になった。

 私が黙っていれば、かつてこの町で起こった小さな事件は誰にも知られず埋もれていくのだろう。卑怯かもしれないが、この機会に懺悔ざんげさせていただきたい。


                                  終わり

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