俺達の冒険はここからだ! ~え、どこですかここは~
波津井りく
そいつらの名を知っているか
「こいつが十階層までの主、フロアモンスターか!」
「そうだね、火蜥蜴だよ。気を付けて行こうセルジュ……アーロ、お願い」
「僕が惹き付ける。セルジュ、モリヤ。二人は攻撃に専念してくれ」
挑戦者、
彼らは今、大地のダンジョン十階層の主へと立ち向かっていた。
──自然豊かなのはいいけれど、そればっかりの故郷の村を十三で旅立ち、冒険者となって早一年。
幼馴染、三人寄れば文殊の知恵と、互いに助け合いコツコツ経験を重ねて来た。
そんな俺達もようやく見習いを脱し、ダンジョンに潜る資格を得たのだ。
挑むのは大地のダンジョン。総階層数は百階とも、それ以上とも。
ダンジョンには十階層ごとにボスとなる強個体の主がいる。
無視して進んでも、その先のモンスターの強さに付いて行けず、挑戦が困難になり頓挫するだけ。
自分達が先へ通用する力量に届いたか知る為にも、しっかり挑戦しろと言われた。
そして大地のダンジョンは浅い階層ならダンジョン初心者が経験を積むには持って来いの、実に癖のないダンジョンのお手本みたいな場所だとも聞いた。
実際潜ってみればその通りで、徐々に気付き難く、解除が難しくなって行く罠。
段々と個体から群れで遭遇するモンスターとの戦闘に、多くを学ばせて貰った。
最初はマップを作成したり、以前かかった罠を解除する道具を揃えたりと、ろくに先へ進めない日々が続いたけれど……今の俺達は違う。用意は万端、気合いも十分。
今日こそ大地のダンジョン十階を突破してやろうと意気込んでいる。
現在の実力に見合った目標だと、ギルドの受付嬢も認めてくれたし。
十階層の主の打倒と突破を掲げ、足を踏み入れ三日かけて辿り着いた十階。どう見てもこれまでとは一味違うぞとばかりに通路の壁の色が異なっている。
それまでの味気ない砂色の景色は、彩度の低い赤の壁に。心なしか気温も高い。黒っぽい扉の向こうにいるモンスターは、それだけの熱量を発しているのだろう。
「先輩に聞いていた通りだったね」
一番か細い体格のモリヤがぷるぷるした声で呟く。魔法使いのモリヤは戦闘中詠唱が欠かせない為、喉の負担が大きい。
特に冬場は乾燥であっという間に声枯れを起こす。一番大きい水筒を持たせているが、大丈夫だろうか。心なしか緑の髪が萎れている気さえする。
そのぷるぷるもうダメそうなぷるぷる? まだ行けそうなぷるぷる?
「フロアモンスターは火属性、火傷に注意しろと言われたものな。二人共、薬は取り出しやすいところに入れている?」
上背があって一番体格のいいアルダーロは、冒険者登録してからずっと盾役を務めてくれている。アーロに救われたピンチは数知れない。不屈の男だ。
アーロが物怖じするのは女の子に対してだけだ、頼りにしている。女の子以外でならな。
「大丈夫だ! 今日こそフロアモンスター突破だぞ! 勝っても負けても糧になるが、どうせなら勝って帰るお!」
拳を突き上げて奮い立たせようとした俺に、二人の半眼が向けられる。
やめて、可哀想な目で見ないで。ちょっと最後噛んじゃっただけじゃん。許せ許せ。
「……ま、まあイイ感じに力が抜けたよ。ありがとうねセルジュ」
「絶対外すのに恰好付けたがる。この先ずっとその芸風で行くの?」
「芸風じゃねーし!!!!」
いいよもう! 行くぞ! と二人に背を向け、俺はフロアモンスター待ち構える十階の扉を開け放した。扉は重い。ダンジョンの壁と同じ岩盤……鉱石? で出来ている。
ギギギ、とゆっくり視界が開け、ぶわりと熱波を肌で感じる。空気が沸いてるみたいだ。フロア中央には赤々と輝く姿が見える。
炎を宿す蜥蜴がうつらうつらしていた。鱗の内側で炎が揺らめく度、
「……!」
ぱちりと瞼を開いたモンスターは欠伸をし、そのままの口でいきなり猛火を吐いて寄越した。扉に当たって弾け、ボアッと吹き散らされる熱量。その姿に違わず。
***
攻撃に専念してくれ──
言われた通り二人して盾を構えたアーロの背に隠れ、じりじりと距離を詰める。
ぷるぷるしていたモリヤの声も、今は抑えめにしっかりと聞こえる。
もうすぐ詠唱が完了、同時に俺が飛び出す手筈。槌を構え腰を落とし、ダッシュに備える。
「……泥濘の地!」
ずりゅっと火蜥蜴が体勢を崩した。大の男でも足を取られる深さで、火蜥蜴の体長よりも広い円形の範囲が泥と化したせいだ。赤い鱗が泥に塗れ汚れると同時、俺は駆け出した。
仕事は単純、走って行ってぶん殴る!
デタラメに乱射される火の玉を辛うじて掻い潜り、必死で避けたつもりが熱気だけでまあまあ焼け焦げ、あっという間に服をダメにしつつ俺は大きく槌を振りかぶった。
「でぇりゃあああああ!」
細長い胴体に渾身の一撃!
火蜥蜴は身体をくの字に曲げ煙の輪を吐き出す。背骨がひしゃげた。
叩き込んだ衝撃で足元を覆う泥が跳ね、同心円状に汚いクラウンを作る。
すぐさま跳び退り、もう一度槌を構える。金色の髪にも服にもびちゃびちゃな泥が滴るが、視界が無事ならそれでいい。
「今だモリヤ」
「水よ穿て!」
高くに現れた水球が勢いよく火蜥蜴の身体を叩いた。
体表面の温度が急激に下がったからか、大量の水蒸気が発生し、赤い鱗の色がくすんだ。火蜥蜴の悲鳴がする。突撃するなら、今!
「もいっちょおおおおおお!」
トドメの一撃!
ドカンと打撃音を響かせ、火蜥蜴の生体反応が消えた。
念の為頭部に軽く槌を押し込み……よし、無反応。
「完勝だ!」
ばっと振り向いた俺の顔に、二人も思いっきり破顔した。
終わってみれば圧勝だった。しこたま準備し情報を集め、真面目に打倒を志した成果だ。
「やったな」
「勝ったー! 勝ったよ皆ー!」
「うおああああ気分最高ー! 俺ら天才ーっ!」
三人抱き合って燥ぐのも仕方ない、いや当然だと思う。
訳もなく円陣組んでぴょんぴょんしている俺達の足元が、不意に光った。
「え?」
──次の瞬間、俺達は見たこともない黒い土壁に四方を囲まれた、未知の階層に飛ばされていたんだ。
「て……転移罠は……卑怯だろ……?」
茫然と零した俺に、青い顔した二人も大きく頷いた。
ランダム転移は初心者殺し過ぎるだろ……火蜥蜴の呪いか何かか。
「……とりあえずさ、ここがどこか、何階層かを調べたいよね」
「上手く行けばここらを探索してる先輩の冒険者に、救助を頼めるかもしれない」
「だな……」
えらい勢いで脱力してしまった俺達は、一先ずモンスターが近くにいないことだけを確認し、壁に背を預け座り込んでいた。モリヤは既にぐったりだ、分かる。
真剣勝負の一戦を終えた直後だったんだ、休まずにいられるかってんだ。
あー、気分が腐れてく。勝ったのに負けた感すらある。油断したぜクソが。
アーロは焦げた黒髪の毛先を弄っている。千切るべきか放置すべきか迷っている顔だな。やめなさい後でチョキチョキしてやっから。お前根っこが雑だから。
「火蜥蜴、回収出来なかったから素材も取れないね……」
「丸損だな。冒険者ならこういうこともある」
「くっそー……めちゃめちゃ腹立たしいー!」
後頭部を壁にガツンガツンぶつけても痛みが蓄積するだけだった。
合理的でなくとも、暴れなきゃやってられない時が男にはある。爺ちゃんも言ってた。
その昔婆ちゃんにプレゼントしようと、希少な魔法石を使った指輪を鴉に空から掻っ攫われた時、山を一つハゲにする勢いで山狩りして、見事取り戻したらしい。
……いやまあ本題は、その山と鴉に夢中になってる間ライバルに先を越されて婆ちゃんがそいつと付き合い初めちゃった後の話で。
それからの爺ちゃんは恐れ知らずの冒険者として名を馳せたんだと。
八つ当たりと失恋の痛手が爺ちゃんを一人前の狂戦士……もとい、冒険者に押し上げたそうな。恋ってそんなにも人を変えるものなんだね。
……にしたって暴れ過ぎじゃない? 運命の神様に弄ばれ過ぎじゃない?
「今食料どれくらいある?」
「一日一食、頑張って切り詰めても五日分あるかどうかかなぁ」
「水も心許ないぜ。慎重に、でも冒険者らしく腹括ってくしかないな」
「……だな」
身体を休め覚悟を決めた俺達は、黒い壁に手をついて立ち上がる。
どうあれ、未知なる階層を自力で踏破するしかないのだ。
何が出て来るかも分からない。気配を殺し、足音と息遣いをひそめて移動する。
曲がり角だ。後ろにハンドサインを送る。
いざという時のカウンター用にモリヤが小さく詠唱を始め、警戒すべき後背はアーロに任せて角からそっと顔を出す。
敵はいた。が、足音はしなかった。それもそのはず。
通路に聳えているのは石像のモンスター、ガーゴイルだった。
正式にはリビングスタチューと聞いたが、ガーゴイルの方が断トツ覚えやすかったので、俺達の間じゃ専らガーゴイルだ。
頑健な上に毒の爪や石化光線など状態異常攻撃を主体とした難敵だ。そいつの奥に階段が見える。俺はそうっと顔を引っ込めた。
「不味いな……どう考えても五十階層以下だろここ。石化や呪いの対策はないぞ。状態異常系のアイテム、軒並み高くて揃えられる程買えねーし」
「相性がよろしくないな。僕の盾でも石像に直接殴りかかられたら割れる」
「こっちから手出ししなければ襲われないのはよかったね」
「でもこのままかくれんぼ睨めっこってわけには。食料が尽きる」
「誰かが通りかかってくれるのを一日だけ待って、その間に攻略法を考えるとしよう」
アーロの提案はもっともだと、俺とモリヤで顔を見合わせ頷いた。
「だな」
「うん」
無策では挑めない。三人で結論付け、交代で見張りながらその日は眠ることにした。敵襲もなく、まとまった睡眠時間を確保出来た点だけは幸いだった。
「どうにかしたいよなー……あの
恨めしげにじーっと階段とガーゴイルを睥睨するも、時間だけが無情に過ぎて行く。
「せめて戦うんじゃなく、ガーゴイルをどこかへ誘導させられればいいのにね」
水分補給を控えているからか、モリヤの声がぷるぷるを通り越えボソボソになりつつあった。いかん、早く地上に戻らないとモリヤが声枯れしてしまう。
「誰かが囮になれば。まあ僕が適任だろう、やってもいい」
「待て待てアーロ。お前は潔いとこが美点だが、死に急ぎ感が凄くて一番囮に向かない。捨て駒プレイはやめよう。俺達は全員で生きて帰るぞ」
「別に死ぬ気はないんだが……」
「セルジュの言う通りだよ。考え直そう? アーロはしっかりしてるから大丈夫枠に見せかけて、第一の犠牲者枠の才能があるよ」
「それ才能と違くないか……」
二人で熱く説得に当たり、アーロに渋々囮案を撤回させた。
いやもしかしたら渋々じゃなくて、納得行かないというモンモンだったかもしれない。
「……なあ、俺一個思い付いたんだけど!」
「え……そんなの通用するかなぁ?」
「いやダメで元々。やるだけやってみよう」
ひそひそと言い交わし、作戦を立てる。
モリヤがボソボソの声色でなんとか呪文を唱え、俺達の足元に泥濘が出来た。
それを三人で掬っては丸め、掬っては形を整え……
「よし、それっぽい!」
完成したそれを腕に抱え、俺達はガーゴイルに挑まんとフォーメーション・不意打ちの陣を取った。分かりやすく言うと俺だけ飛び出て二人は角に隠れたままだ。
眼前の俺に反応し、それまでぴくりともしなかった石像の目に赤い光が宿る。
見せてやるぜ石像野郎! 俺は爺ちゃん譲りの恐れ知らずな冒険野郎だヒャッハァァァアア!
「これを見ろ! ガーゴイル!」
自分で自分を鼓舞し、単身躍り出た俺の腕の中には小さな石像……否、泥で捏ね上げた像、子供ガーゴイルちゃんだ。
「この子を助けたくばそこを──……」
バチュン!
秒と間を置かず石像の目から光線が放たれた。
ダンジョンの壁はヒビ一つ入らないが、俺の耳の薄皮一枚が物凄く痛い。
とんでもない殺意を感じる。殺意の高さだけで風呂が沸きそう。
え、ちょ、お前らに子供愛護精神高めなんて事前情報ありましたっけ?
「ほわーっ!?」
バチュンバチュンと迸る石化光線。
死ねとにかく死ねロリコンに人権はないと言わんばかりの乱射。
下半身が四角柱の台座なのにガコガコ動き回る根性がやべぇ。
怖いやばいめっちゃ怖いなんだこれ、子供を人質にされるとモンスターってこんなキレるの!?
「ばっ、おまっ……そんな勢いで撃ちまくったら子供諸共死ぬわーっ!?」
子ガーゴイルちゃん人質作戦が想像以上にキマってしまったが為に、俺は立ち回りもくそもなくひたすら命懸けで逃げまくった。
回避回避ちょっと掠った回避ィィィ!
「モリヤー! モリ、モリー! 作戦強行今すぐ助けてぇー!?」
「泥濘の地!」
ドボッと台座部分から斜めに傾ぎ、石像の重たい身体が泥に沈んだ。
すかさず詰め寄ったアーロが盾で上から押さえ付ける。
「でかしたあああぁぁ!」
俺も子ガーゴイルちゃんをぽいと放り転身、恨み辛み怒りを込めて殴打する。
愛用の槌が唸り、会心の一打が石像の横っ腹に刺さった。
赤い目が光る兆候、アーロが泥を掬いガーゴイルの目に浴びせ目潰し。
被った泥が直後の石化光線で固まり、見る間に硬質な石となる。
「あらまあ武骨なアイマスクだこと。お似合いだぜ!」
ガーゴイルは自身の能力によって、武器である目を失った。
「今だボコれボコれえええええ! めちゃめちゃ怖かったわコンチキショー死に晒せえええええ!」
「アーロ、避けてね! 水よ穿て!」
ドッカンドッカン槌をフルスイングで叩き込み、水の弾丸でガーゴイルの石像ボディがひび割れる。俺は渾身の力で捻りの利いたトドメの一打を喰らわせて、最後はもげるようにゴロリと──
重たい石像をへし折ってやった。
「はあ、はあ……モンスターのくせになんとしても幼子を助ける、みたいな漢気と倫理観発揮しやがって……負けたぜ。あんたには人として負けたわ」
「それな」
「惨いよ……人間の醜さの最も邪悪な部分を体現したかのようだったよ……」
「フォローしてくれる!? 俺のメンタルも大惨事よ!?」
俺の心の何かだけが多大なる犠牲を払い、なんとか格上の強敵を撃破することが出来た。失ったものは……もう、取り戻せないのだろうか……人間性的な。
「セルジュ、しっかりして。素材だよ素材」
「お、おう。核じゃん、すげぇピカピカしてる」
「僕らだけで核が残るくらいのモンスターと戦ったんだな……」
「思えば遠くへ来たもんだなぁ」
「遠くっていうか、深くだよね」
素材部位として指定される爪と、赤く丸い核を回収してコキコキと首を鳴らす。
本当は眼球も回収したかったが、この有様では諦めるしかない。残念だ。
「階段の途中で休むとしよう、お疲れ様セルジュ」
「マジ死ぬ程疲れたぁー、もう走れない無理ぃー」
「分かった分かったってば。お水飲む?」
「……ちょっとだけ」
「そこでちょっとと思い留まれるのがお前の美点だな」
「なんか急にフォローデレが来ると照れちゃう。お前らが美少女じゃないせいで秒で去ったけどな」
「ただの情緒不安定な人では?」
軽口を叩き合い三人階段に腰を下ろして休憩する。
勝つには勝ったが楽観の空気ではない、むしろ自分達の貧弱さを痛感した。
こんなやり方、何度も出来ることじゃない。次の勝算だってない。
「このまま格上と戦い続けたら、遠からず装備がダメになるな」
ガーゴイルと競り合い、傷みが見て取れる盾に溜息を吐くアーロ。
「魔力も回復しきれないし……連戦はちょっと」
そうだな、モリヤの声が一段とガラガラジンジン路線だわ。死なないで声帯。
「有り合わせのものを活用するしかないよなぁ」
「ああ、先に入った誰かの落とし物……いや、遺物だろうと、使わせて貰おう」
「そうだね」
しんみりするのは明日は我が身の実感があるから。
冒険者とはそういう稼業だ。
「絶対生きて帰ろうな」
「ああ」
「勿論」
もしもの時は……その時はその時で、三人でいられれば俺はいいや。
***
「銅級冒険者パーティー、三本の矢はその後消息不明のままか?」
「はい、ギルドマスター。彼らはフロアモンスター打倒を目指していましたから、もしかしたらそれで……」
「そうか。規則通り一定期間を置いて帰還報告がなされなければ死亡者リストに載せ、書類上の処理を頼む」
残念ではあるがよくあること。
冒険者が戻らないのも死んでしまうのも、この界隈ではただの日常。
業務報告に過ぎなくとも、やはり苦いものが胸を塞ぐ。
事務仕事を担う受付嬢ならばいずれ慣れることだ。自身にそう言い聞かせ、そろそろ中堅と呼ばれる任期をこなす
「若い奴が死ぬのは、嫌なもんだな」
「……ええ本当に。彼らは若手の中で期待していただけに。残念です」
苦笑いを浮かべ報告は済んだと一礼し、ギルドマスターの部屋を後にする。
少しばかり気が滅入るのも無理からぬことよね。
誰だってほんの何日か前まで挨拶を交わしていた相手がぶつりと消息を絶ったら、同じようになると思うの。
いつも通りの席に着き、依頼書を手に来る冒険者を出迎えていると、ダンジョンの方から轟音がした。鼓膜どころか全身を叩く音が。地震と爆発と鉄砲水が一度に起きたかのよう。
「な、何!?」
「おいなんだアレ!?」
わらわらと野次馬が集い呆けた顔で天を指差す。
ドドドと高く吹き上げる泥混じりの水の柱に虹が架かり、水飛沫が辺り一帯をずぶ濡れにしているではないか。
「嘘でしょ……何あれ……?」
あんぐりと口を開けたまま立ち尽くす。
天を衝く泥水柱の上に黒く四角い板が持ち上げられ、その上に人影があるのだ。
そいつらはわあわあと騒ぎ、何やら助けを求めている……ような?
「死ぬ死ぬ死ぬこの高さからダイブはマジ助からない奴ー!」
「誰があ゛あ゛あ゛あ゛……だずげでぐだざいぃぃぃ……っ」
「怖っ!? モリヤもう声出さない方がいいアンデッドと誤解されそう!」
「扉を盾にするまではよかったが、筏にするのは無茶だったな。櫂もないし」
徐々に水量が衰え、くるくると木の葉のように成す術なく水に弄ばれながらそいつらは地上に舞い戻って来た。ベチャッ! と。
誰も弓矢を使えないのに、パーティー名は三本の矢。色物枠と見せかけて存外下準備が丁寧でそれなりに仕事ぶりを評価されていた、若手のホープ達が。
「うげあー……最後まで泥に塗れて終わるこの徹底した泥オチ感……誰か呪われてるだろ絶対」
「セルジュだな」
「ゼル゛ジュだよ゛」
「なあ友情って言葉知ってる? 俺が今一番必要としてるものなんだけど」
「な、何……何事ですかこれはっ!?」
思わず大声を出してしまったのも仕方ないと思うの。
だってこの子達放っておくと無限に喋るし、永遠に話題が帰って来ないんだもの。
「あ、すいませんっした! 遅くなりましたがダンジョン踏破……は諦めての途中帰還、ご報告します!」
「何がどうなるとこんな帰還になるんですかぁ……その板だか岩だか、どこから持って来ちゃったんです!」
「これはダンジョンの階層主の部屋の扉で、今俺達のメイン盾でして。いやあ、話せば長くなることながら……」
「ではとりあえず後にしましょう!」
ずぶ濡れなのに泥塗れという酷い有様の彼らを一先ず風呂に入れ、詳細を聞き出そうと呼び出……す前に気絶同然で寝入ってしまった姿に溜息を吐く。
ギルドマスターに指示を仰ごう。踵を返し三歩進んだ後、仕方なく引き返す。
「……」
まあ毛布くらいはかけておいてあげないとね、可哀想だもの。
「一体どこでどんな大冒険して来たのかしら」
大地のダンジョンは初心者向けの極めてスタンダードでストレートな、順当に経験を重ねて行けるダンジョンのはずだ。
己の力を過信して突き進むパーティーでもない彼らに、ここ数日何が起きたのか。
少しだけ面白そうだと逸る気持ちを抑えながら、聞き取り用の用紙をめくった。
……よし、たくさん聞き出せるな。
そうして後日、用紙いっぱいに書き出した話が、後に英雄の称号に至った偉大なる冒険者達の──……若かりし日の武勇伝となることを、この時はまだ誰も知らない。
俺達の冒険はここからだ! ~え、どこですかここは~ 波津井りく @11ecrit
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