第8話 野蛮vs野蛮

「さて。まるで『第一話から最終決戦』みたいな展開だ。物語ならラスボスに一度は負けてもここから頑張ってリベンジしよう的な流れもありだが、今回の負けはバッドエンドだ。ここでアストレイアを失えば極論魔法館は存続できない。魔法館の終わりは実質この世界の終焉だ。これまでのすべての犠牲が無駄になる」


 クリスが高らかに唱えるのはきっとこの世界の魔法使いたちの歴史の話。戦い抗い繋いできた今を、守るための意義。


「動けるドールは起きておいで」


 シデは長らくここ魔法館に住み込みで働いている。ドールはいつだってドール。動き出すことなんて夢のまた夢。前の主がノエルを目覚めさせた時だって劇的な目覚めなんてなく、ぼんやりとしたまま過ごしていた。自我を取り戻してなお、未だ戦えないと本人が言っている。


 クリスが他の眠ったままのドールに呼びかけている。いや無理だ。ありえない。ありえないと思うが、まさかと期待してゾクゾクする。


 稲妻が数回、どんどん近付いてくる。


「クリスさん。あの男が来ますわ」


 怯えて震える翼ある乙女の手をそっと包んでクリスは笑った。


「君が安心してまた笑えるように。全力で迎え撃つとしよう。大丈夫、心が躍るから。きっと皆助けてくれるよ」


 今にも気絶してしまいそうなアストレイアの髪を撫でた。


「わたくしはあの男には逆らえないのです」

「うん」

「正確には、直接的な行動『平手打ち』『振り払う』『蹴り飛ばす』などに制限がかかる呪いをかけられています」


 きっとこれまで何度も平手打ちや振り払うを実行したい場面があったのだろうな、けれどそれを果たせなかった。繰り返される屈辱に耐えてきたことがうかがえる。


『愚かな妹』


 稲妻の音と低い声。


『みつけたぞ』


 背の高い男が空に浮かんでいる。しかしその背中にはアストレイアのような翼はない。顔も全然似ていない。冷酷そうな冷ややかな眼差し。武骨で威圧的。


『俺から逃げられると思ったか』


「わざわざ遠方よりお越しいただいたところ恐縮だが、お帰り頂こうお兄様」


 クリスの言葉は魔法館の外にも響いた。


「彼女はもう僕の花嫁だ」

『……虫螻め』


 数秒男は沈黙しやがて両腕を構える。


『ならばこの世界ごと焼き払い皆殺しにするまでよ』


「クリスさん。あの男は野蛮なのです。本当にいくつも世界を滅ぼしてきた悪神なのです」

「大丈夫だよアストレイア。僕の魔法が君を守るから」


 魔法館を包んでいた魔法のシールドが一時的に広がり辺り一帯を覆った。男が自在に雷を操って攻撃をしてきたが、どこにもダメージはない。ただビリビリと振動衝撃が走っただけだ。


『ふん。この世界の雷ごときでは貧弱だな』


「僕の魔法防壁はそうやすやすと崩せないよ」


『守ってばかりでいいのか。壁があるうちに攻撃をした方がいいだろう』


 ノエルとヴラドが歯を噛み締めた。クリスが広範囲を守っている。攻撃をするなら自分たちしかいない。ただ本当に戦うべきか実感が伴わない。まだ何も理解が追いついていない。


『花嫁……婚姻の契約か。そんなものに意味はない。相手を殺してしまえば破棄できる。お前は俺の子供を産むんだアストレイア』


 淡々と述べる。そこには感情や慈悲は一切ない。乙女はその場にしゃがみ込んで耳を塞いだ。


 本当に意味がわからない。あの男は何を言っているのだ。いや理解したものを解釈違いで飲み込めないといったところか。じわじわと怒りのような感情が湧いてくる。ノエルにとって久しい熱。腸が煮えくり返るような、胃がムカムカするような、心と体が一つである実感。魔法。魔法とはどう扱うものであったか。思い出せ──。


「女の子を泣かすなんてぜんぜんイケてない」


「おはようオクターヴ」

「クリスは相変わらず鬼だな」


 長身の魔女が颯爽とした足取りでやってきた。


「オク、ターヴ……」

「この館にいたのか……?」

「今度は誰っすか」


 愕然としているノエルとヴラドにシデが教えを乞う。どう見ても今目覚めたドールという感じではない。ずっとスタンバってた現役臭。


「寝てるドールの頭ん中にガンガン情報を流し込むの鬼畜すぎ」

「呼ばないと君は後で拗ねるだろ」

「ハハ、確かに」


 オクターヴはクリスとやり取りしたあとアストレイアをじっと見つめた。


「ふうん。悪くない」


 軽々と抱えた軽さに驚いてオクターヴはアストレイアを逆に落としそうになりながら笑った。


「思ってた以上に羽根だね」


「あなたは」

「あたしはオクターヴ。安心していいよもう泣かさないから。泣かさせないから」


「クリスがパパであんたがママ。ドールは皆あんたのベイビーってこと。あたしは魔法使い史上最凶と恐れられたおっかない魔女だけど、ママの言い付けは守れるイイコだよ」


 つまり。



 ──「きます。すぐにでも。みつかる。そうしたらもう皆様、全力で魔法を使ってよろしいので、あの男だけは、本当に、ころしていただかないと」──


「ちゃんと。ママのお兄ちゃんを殺してあげるよ」


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天星アストレイア 叶 遥斗 @kanaeharuto

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