都市伝説『うわがき』
語部マサユキ
都市伝説 『うわがき』
こんな噂を知っているだろうか?
真夜中の午前2時、とある公園の外灯のないベンチに座り、タバコを一本吸う。
そうすると黒いフードで顔を隠した死神が現れると。
死神はある資格を持った者に言う。
「私にも一本くれないか?」と。
そしてタバコをあげると死神は『ある物』を対価に願いを叶えてくれる。
学校で噂になってから何人か試してみたそうだ。
だけど、当然ながら何も起こらなかった。
それどころか喫煙がばれて停学処分になった同級生も何人かいる。
まったく、ただの噂だろうに……姉ちゃんにこの噂を話したら一笑されたしな。
場所が違うのか、それとも……『資格』って奴が問題なのかな?
『死神』に交渉できる『資格』……ろくな物じゃない気がしてくるのは俺だけだろうか?
花崎和也
*
2022年 10月某日
とある県道沿いにある、せいぜいベンチとブランコがある程度の錆びれた公園。
街灯も何もないというのに、一人のスーツ姿の女性が座っていた。
手持ちのスマートフォンの画面に“緊急ニュース速報”の文字が躍っているのを一瞥して。
『国会議員、白昼堂々暗殺、犯人は都内に潜伏中と思われる、都内一帯が封鎖、厳戒態勢が敷かれる』
「あいも変わらず、この国の対応はドン亀レベルだな~」
突然掛かった男性の声に女性は振り向きもしないで右手で抜いたナイフを振う。
しかし男は首元にナイフ突きつけられた状態にも関わらず、怯える様子も無く言葉を続ける。
「……そして相変わらず殺し
「……お前か」
一応は敵ではない事を確認した彼女……死桜は一つ息を吐いて、ナイフを納めた。
「やれやれ、視認もしないで喉笛を狙うとは」
「戦いにおいて相手の視覚を奪うのは常套手段。それに攻撃されたくないなら気配を殺して近寄るな。私は臆病なんだと前にも言ったはずだぞ」
「よく言うぜ」
そう言って肩をすくめて見せているのはこの国、つまりは日本においての殺しの仲介屋。
一見すると何処にでもいそうな作業服の親父にしか見えないのだが、死桜だけではなくあらゆる殺し屋がこの男の情報で日本における情報を得ている。
「しかし、連中は夢にも思うまいな。まさか犯人は都内に潜伏どころか既に隣県の名も無い公園でスマフォをいじってるなんてな」
仲介屋は「ククク」と含みのある笑いを洩らした。
何故なら厳戒態勢を敷いた都内の隣県、それも県境を超えた先の県道にある公園なのだから。
「お前の言った通り、この国の対応は遅い。人の命や凶悪犯の対応よりも『責任を逃れる事』が大事な国だ。だからこそ仕事がしやすい」
「ククク……ちげえねえ」
男はそこまで言うと間近にあったベンチに明らかに札束が入っている封筒をドサリと投げ置いた。それは別にこの男が行儀が悪い訳でもなく、ましてや死桜をなめている訳でも無い、むしろ逆である。
最大限敬意を払い、尚且つ警戒しているからの行動である。
殺し屋たちは基本的に誰からも物を直接受け取る事を嫌う人種だ。
物を渡す、その行動の何処に自分を殺す行動が含まれているのか分からないからだ。
「今回の報酬の五百万、前金と合わせて一千万だな。しかし本当に良いのか?」
「……なにがだ?」
「今回のターゲットは相当な大物だぞ?正直な所もっと吹っかけても良いくらいだ。依頼人も金額に目を丸くしたくらいだぞ?」
「別に……いつも通りの仕事だったし、いつも通りの手間ひまだったし、いつも通りの人間の命を散らしただけだし……ソレだけの事だろ?」
「……そうか」
数々の殺し屋連中を見てきた仲介屋であったが、未だにこの死桜という女にはゾッとする。
報酬が誰であっても一律なのは拘りでも何でもない、ただやる事が全て一緒にしか見えていないだけ……喜びも悲しみも無くただ仕事をこなしているだけなのだと理解して。
仲介屋は依頼料を置くと、さっさと公園から出て行き見えなくなった。
その事を確認すると、死桜ベンチに腰をかけて懐からタバコを一本取り出した。
そして起用に片手でジッポライターでタバコに火を付け、紫煙をくゆらせ始める。
うまいとは一度も思った事のないのだが、彼女は殺しを仕込んだ師匠から『仕事の後は気持ちを落ち着けるために何か決まった事をしろ』と教えられていた。
だから師のまねでタバコを選んだに過ぎなかったのだか。
「成功報酬の後のタバコが格別……そんな事を言っていたな」
実は死桜はタバコの他にも色々試してはみたのだ、酒に食い物、甘い物。
しかしどれもが死桜『格別』を与えてはくれない、むしろ『より不味い』気分にさせる。
結局タバコに戻ったのは『普段から不味いと思っているものなら変わらずに不味いと思うだろう』そんな後ろ向きな気持ちからだった。
「格別か……そもそも“うまい”って感覚はどんなものだったかな」
「……紫煙が導く絶望の正体は君か?」
「!」
突然前触れも無く真横から聞こえた声に、死桜は迷う事無く正確に声を掛けたその者の喉笛を瞬時に抜いたナイフで横に薙いだ。
一見相手が何者か敵か味方かも確認していない無差別な攻撃のようだが、死桜とっては明確な区別をした上での行動である。
要するにさっきの仲介屋と同じ、殺し屋である自分に気配を感じさせずに近付く事が出来る者は自動的に一般人ではあり得ないのだ。
しかし、確実に喉笛を捕らえたと思ったナイフの切っ先に手応えは無かった。
『かわされた!?』
そう思った時、死桜は初めて声を掛けてきた人物を完全に視界に納めた。
背格好は中肉中背のようだが、性別も年齢も良くは分からない。
なぜならその人物は頭から目深にフードの付いた黒いマントのような物を被っているのだ。
そして不思議な事に声を聞いているのに、その者が男か女かも判断が出来なかった。
「だれだ、貴様……」
死桜は抜いたナイフを片手に体を横に構え、さらにもう片方の手で腰に仕込んだ拳銃の安全装置を外す。
だが警戒色を強める彼女に対して黒いマントを被った者は(俗称・黒尽くめと呼ぶ事にする)警戒も驚きも、ましてや喜色すら感じない平坦な声で言った。
「流石、殺し屋死桜、一瞬の動きで相手の喉笛を掻き切る……本来であれば“あの議員”のように我も絶命していただろう」
「……そうかい」
死桜は黒尽くめの言葉が終わらないうちに、瞬時に腰から拳銃を引き抜いて引き金を引いた。
サイレンサー付きの中から3発の銃弾が発射される。
至近距離での銃弾、漫画じゃあるまいしかわす事など不可能な攻撃、だからこそ、死桜は目の前のそれに言う。
「何者、いや……」
死桜は自分の言い方に納得が行かず、一回首を振って言い直した。
「何だ……お前は」
それは至近距離で発砲されて、それでも平然と目の前に立っている黒尽くめに対しての死桜の素直な気持ちであった。
一瞬防弾チョッキでも着ているかと思ったのだが、一流である殺し屋のスキルがそれはあり得ないと断言する。なぜなら目の前の黒尽くめのマントには弾痕が無く、尚且つ“着弾した音”すら聞こえなかったのだ。
そんなモノが人間であるはずは無い。
「こんな至近距離で銃弾が当たらない人間がいる訳が無い、貴様はいったい何なのだ?」
「そうか、君には我が人間に見えぬか」
黒尽くめは顔も見えないのに確かに笑った、いや嗤ったのは分かった。
「自己紹介してもいいが、我は“こういう存在”という事で納得しては貰えぬかな? 少なくとも現在君に危害を加えるつもりは無い」
「…………」
そんな事を言われて信用する殺し屋はいない、死桜は更に警戒の色を強める。
だが黒尽くめは何をする訳でもなく、無造作にベンチに腰掛け死桜に語りかけた。
「……逆に我も聞いても良いだろうか?」
「なに?」
「至近距離での銃弾、それは君にとっては必殺の一撃の一つであろう? 必殺の一撃が“気配も立てずに接近する正体不明の者”を仕留められない、それは君にとっては一大事のはずだ」
「それが?」
「どう考えても不利、君の実力ならば既に“自分の力が我には及ばない”可能性、すなわち自分が殺される見積もりすら立てているだろう?」
「…………」
まるで心の内を読まれているかのよう……確かに死桜は戦闘になる事を想定して、自分が勝利する算段を今の所一つも思い付いていなかった。
銃を突きつけているだけで、それがアドバンテージになっているとも思っていない。
「だが、そこまで戦力分析を正確に行っているのに、戦闘前の高揚も我に対しての憤りも恐怖も何もない。汗一つ流さないばかりか瞳すら動いていない」
黒尽くめの言う通り、死桜は邂逅から現在に至るまで、動いているのは殺し屋の技法で鍛えた体のみ、その他の表情や感情、心拍数すら変化無く正確に脈打っている。
最初から何事も起こっていないかのように。
「自分の生命の危機に瀕するほどの不利、その事を理解した上で動かない心。君は本当に生きた人間か?」
黒尽くめのその言葉に死桜は己の武器、銃とナイフを懐にしまって隣に腰掛けた。
それは決して警戒を解いたという意思表示ではない、単純に警戒しても無駄、つまりは警戒する事を諦めたポーズ。
死桜は吸殻を吐き捨てると再びタバコに火を付けた。
「アタシが生きているように見えないか。そんな風に言えるって事はアンタ、アタシの同類か何かか?」
「いいや、命を左右する者と言えばそうかもしれないが。君と同業かと言われると少し違うかな? 精神的に死んでいるのは一緒だがな」
くくく、と自嘲めいた黒尽くめの笑いを死桜は憮然として睨んだ。
「じゃあ何が違うって言うんだ?」
死桜の質問に黒尽くめは本当に何でもない事のように、本当にさらっと答えた。
「なぜなら、私は本当に生きていないのだからな」
「……」
普段の死桜であれば『ヤク中の戯言か何か』と切り捨てて無視しただろう。
だが現実に目の前の黒尽くめは銃弾が当たらないという芸当を見せ付けている。
戯言と決め付けるのはさすがに憚られた。
「ふむ……ならばアンタは亡霊か死神の類って事で良いのか?」
「死神……か。少々ニュアンスは違うのだが……君が呼びたいように呼ぶがいいさ」
そう言う黒尽くめに死桜はベンチにもたれ掛かって紫煙を一気に虚空へと吐き出す。それは喫煙行為というよりは溜息のようであった。
「で? その死神様はアタシに何か用事なのか?殺しの依頼なら仲介屋を通してくれ、面倒事は嫌なんでアタシは仕事を直には請け無い事にしているから……それと、私の殺害が目的ならお好きに……抵抗しても無駄そうだ」
それは人の命に何も思っていない、もっと言えば“自分の命の値を極限にまで低く見積もっている者ならではの、誰にいつ殺されようとも何も思わない者特有の言葉であった。
しかし黒尽くめの言葉は死桜の予想を大いに外していた。
「なに……タバコを一本貰えないかな?」
「……は?」
「そうすれば君がこの世で最も嫌いなヤツの人生を『うわがき』してやろうじゃないか」
死桜は咥えていたタバコを間の抜けた声と共に落した。
*
2002年 6月某日
その日、とある町でちょっとした2つ事件があった。
一つはショッピングモールに仕掛けられた爆発物発見騒ぎ。
謎の人物からのタレコミにより爆発物は未然に処理され事なきを得たのだが、『もしも』爆発していたら少なくとも数百人の犠牲は免れなかっただろう。
そして犯人たちは何か内輪もめでもあったのか、発見時には全員が喉笛を切り裂かれて絶命していたらしいと全国ニュースにも取り上げられる程だった。
そしてもう一つが幼稚園から少女が脱走したという事件。
規模にしては爆発物騒ぎよりは小さいが、彼女の両親にとっては何よりもの大事件で……顔を青くして探し回る様子は痛々しいの一言であった。
そんな事になっているとは露知らず、当の本人である少女は最近見つけた人気のない裏山の祠に一人隠れていた。
そこは少女の両親も友達も知らない秘密の場所。
普段の行動からも、まさかそんな場所にいるとは思わない大人たちは的外れの捜索をしていて、彼女を発見する事が出来ずにいた。
ただ一人の……死の臭いすら纏わせる怪しげな女以外には……。
「やっぱり……ここにいた」
「……え? お姉ちゃんだれ?」
「私は……貴女のママの…………お知り合いかな? パパもママもすごく心配してるよ? その……帰ろう?」
「やだもん!!」
見知らぬ、それも怖い雰囲気のする女性に面食らっている様子の少女だったが、ママの知り合いと聞いた瞬間にムッとしてそっぽを向く。
「パパもママも、私の事なんてどうでもいいんだもん! 私なんていなくてもいいんだもん!」
そう言ってしまう少女の姿に……女性は、死桜は彼女の頭の中が手に取るように分かった。
分かってしまった。
それは今日彼女がプチ家出を決意した理由。
妊娠中の母、仕事に家事に忙しくなったパパ。
かまってもらえなくて不満を募らせたあの日の事。
特に今日は自分にとって大切な日であったのに、それでも主役になれない苛立ち。
死桜は知っている……この少女はこの日両親に、そしてお腹の中にいる弟にすら抱いてしまった感情を一生涯かけて後悔する事になると言う事を。
死桜は極力優しい目をしてみる。正直な所自分でも優しい目になったか自信は無かったのだが、それでも精一杯の表情を取り繕った。
「“桜ちゃん”……今、パパもママも、そして生まれてくる弟も嫌いだって思ってるだろ?」
「え!?」
「最近パパもママもかまってくれない……一緒にいてくれない。生まれてくる赤ちゃんの事ばかりで私の事なんかどうでもいいんだってさ」
そう言われた桜ちゃんの顔は“何で?”ではない“どうして知っているの?”といった驚愕の表情であった。
「……そんな事、ないもん」
少女は……桜ちゃんは不満げに死桜を睨みつける。
だけど頭の中は他人に図星を指された恥ずかしさと認めたくないが渦巻いている。
その事を分かった上で死桜口を開いた。
自分のようにならないように。
「パパもママも……忘れてなんかいないよ。今日が桜ちゃんのお誕生日だって事を」
「え?」
「桜ちゃんをびっくりさせようとして黙っていただけ。ちゃんとパパは欲しがってた髪飾りを用意してるし、ママはケーキと大好きなカレーを作って待ってる。それがどういう意味だか……分かるよね?」
幼い頭の中で新たな情報、やがてその情報が理解に及んだようで桜ちゃんは「……うん」と一言俯きながら小さく言った。
更に戸惑った顔を見せてはそわそわと落ち着きが無くなる桜ちゃん、途端に拗ねていた事すら忘れて家に帰りたくなったのだろう。
死桜はニッと笑ってみせる。
「じゃあもう一度聞くよ、パパとママは好きかい?」
桜ちゃんは死桜の意地の悪い質問に俯きながら、でもはっきりと答えた。
「……大好き」
「よし、良い子だ」
死桜は真っ赤になって俯く幼子の頭を乱暴に撫でた。
そして、慌てて隠れていた祠から出て山を下って行く姿を見送りつつ……死桜はさっきまで少女が隠れ潜んでいた祠の前で行儀悪く座り込んだ。
「ふふ……何だ、こんな人間らしい台詞が言えたんだ……私にも」
呟く死桜の右手には桜の装飾をした髪飾りが握られていた。
幼い日に父にねだった髪飾り……誰もいなくなった家に残されたリボンの付いた小箱の中にあった誕生日プレゼント。
静まり返った台所に用意されていたケーキとカレー。
幼いながらもその意味を理解して死にたくなる程後悔したあの日の出来事。
拗ねて幼稚園から脱走何かしなければ……そのまま家に帰っていれば……大物政治家の陰謀で起こった爆発事件にバカ娘を探し回る両親が巻き込まれなければ……復讐の為に殺し屋などに身を堕とす事も無かったんじゃないか……。
いい加減意識を保っている事が困難であったにも拘らず、死桜はこみ上げてくる笑いが止まらない。
なぜならタバコがうまい、こんなに美味いタバコを吸った事は一度も無かったのだから。
死桜は一頻り笑うと横も見ないで言った。
「なに? 最後の一服に付き合ってくれるの?」
死桜の座るベンチの隣にはいつの間にか黒装束の人物が座っていた。
あいも変わらずに脈絡なしにいきなりの登場なのに死桜は驚きもしない、むしろ当たり前に思っていた。
「選択したのだな」
「ああ……」
黒ずくめに言われた『うわがき』と言う言葉の意味、死桜はその事を正確に理解していた。
殺し屋として生きてきた自分。
その自分が出来上がる切欠となった少女の脱走に爆発事故に巻き込まれる両親。
自分が最も嫌い、最も憎む死桜になったその事件を“無かった事”にした場合に何が起こるのかを。
「確かキリストさんの教えじゃ……自分を殺す行為が最大の罪だって言ってたっけな」
「………」
「でも、どうやらアタシは天国どころか地獄すら行く事が出来ない、だろ?」
殺し屋の人生の切欠を無かったことにする、それは即ち“殺し屋として生きた自分”を死桜として生きて来た人生を無かった事にする事。
死桜は既に自分の体が意識と一緒に消えかかっている事を実感していた。
上書きされた道の先には自分は存在しえない……なぜなら手元に持ったタバコ以外、透けて見えるのだから。
だが死桜は自分が無かった事になる事が嬉しくて仕方が無かった。
「クク……あんなクソみてえな殺し屋人生も、こんな最後ならちょっとは意味があったのかもな」
存在が希薄になりながらも笑う死桜に黒ずくめは言った。
「一本、貰えるか?」
「ん? はいよ……」
死桜は新しいタバコではなく、自分の吸いかけのタバコを差し出した。
黒ずくめもそのまま受け取って紫煙を燻らせる。
「なあ、桜ちゃんは……私はどんな大人に……なるのかな」
少し間があってから黒ずくめが一言「さあな……」と言った時、隣にはもう誰もいなかった。
まるでそこに最初から何も無かったかのように、誰もいなかったように何もなかった。
だが黒ずくめは誰かに向けて言った。
「少なくとも、クソッタレな人生ではないだろうさ」
*
このまえ、わたしは ママにちょっとだけ にているおねえさんにあった。
おめめがとってもこわいおねえさんだった。
でも、ちょっとさみしそうなおねえさんだった。
ママにおねえさんのことをきいたら「そのひとはおんじんよ」っていってた。
おんじんってなんだろ?よくわからないから こんどパパにきいてみよう。
またあえないかな?
おねえさんにいわれたとおり、きょうもかずくんとなかよくあそぶんだ。
おねえさんともいっしょにあそびたいな~。
はなさき さくら
・
・
・
朝日がまぶしいとある日、シャッターを開けた女性が目を細めて『今日もいい天気になりそうだな』そんな事を考えていた。
そこは町の花屋さん、お得意様も多い中々の人気店である。
そうこうしていると女性は店先に隣接したライトバンに色とりどりの鉢植えを積み込み始める。
本日はイベントがあるらしく、早朝から配達の仕事が入っているのだ。
お気に入りの桜の髪飾りを付けた女性は、積み込みが終わると「ん~」と伸びを一つして車に乗り込んだ。
「さ~て、今日は配達が多いからな~、頑張って行かないと」
気合と共にキーを回してエンジンスタート。
だが、いざ出発って時に窓からコンコンとけたたましい音が鳴り響いた。
女性は溜息を一つすると、窓を開けつつ音の原因、見慣れた少年に声を掛けた。
「なによカズ君」
カズ君と呼ばれた少年はガクラン姿で合掌のポーズをする。
「さく姉悪い! 遅刻しそうなんだよ!」
「またぁ~? どうせゲームで夜更かししたからでしょ?」
ジト目で言われた少年カズ君は気まずそうにポリポリと頬を掻いた。
「いや~だってさ……世界の平和が掛かってたし……」
少年の言い訳にもなっていない言い訳に女性は「ふ」と息を吐いて窓を閉じる。
「だったら平和の為の尊い犠牲も付き物よね……。がんばってね~」
「だーーー!待って待ってさく姉ちゃん!帰ったら店手伝うから頼むよ~」
拝み倒す弟、女性は再度溜息を付くと首で助手席を示した。
『乗れ』って事らしい。
「サンキュー!」
何だかんだで弟に甘いさく姉ちゃんである。
自分でも自覚はしているのだが、こればっかりは性分のようだ。
嬉々として車に乗り込む弟に“花崎桜”は母親譲りの優しい目で言った。
「ちゃんとシートベルトしなさいよ」
ライトバンが花屋の店先から走り去ったそこには、黒いフード付きのマントでも被っているような妙な人物が紫煙を燻らせながら佇んでいた。
店先にいたというのに道行く人々も、今までここにいた姉弟もその存在に気が付かなかった。
「殺し屋死桜の人生……『うわがき』完了」
呟いた言葉の意味、それを理解できる者もこの世の何処にもいなかった。
都市伝説『うわがき』 語部マサユキ @katarigatari
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