第9話
「よう夢咲!」
「はははは羽月くん!?」
少女漫画の新刊コーナーを物色していた一羽に声を掛ける澪里。
一羽は酷くうろたえた様子で手に持っていた漫画を棚に戻す。
「奇遇だなって……どうした?」
「いや……なんでもないよ!」
一羽は顔を真っ赤にし、視線を左右に泳がせている。
「えっと……その……これは~次の演劇の脚本に使う小道具で……その~決してこういう恋愛漫画が好きな訳じゃ……」
「俺何も言ってないけど」
「あっ……」
語るに落ちるとはこのことか。
一羽は観念した様子で両手を挙げて見せた。
「実は昔から少女漫画が大好きなんだ」
最近ハマっている漫画の最新刊が今日発売で、特典目当てでアニメイートにやってきたらしい。
そのようなことを少し恥ずかしそうに一羽は言った。
「あはは……やっぱり変だよね。私が少女漫画なんてさ。羽月くんの中の私のイメージを壊しちゃったかな?」
「いや、そんなことはないよ」
澪里の中の一羽のイメージ。格好良くて頼りになって、少しお調子者で。
(それで、俺の前で少しだけ可愛いところを見せてくれる……)
そんな女の子。
それが澪里の中の夢咲一羽のイメージだった。
「寧ろ夢咲の好きなものがひとつわかって嬉しいよ」
「ほんとうに?」
「本当本当」
心の中で「やっべ、かわい過ぎ」と呟きながら頷く。
「よかったぁ」
澪里の言葉を信じたのか、安心したように笑う一羽。その目尻にはほんのり涙が浮かんでいた。
「嫌われたかと思ったよ」
「おいおい、俺が夢咲のことを嫌う訳ないじゃないか。だって――」
「え……だって?」
「あっ……と」
口を紡ぐ。
そして、しばらく無言で見つめ合う二人。
「だって……何?」
潤んだ瞳で聞き返してくる一羽。
(うわぁ、反則だろなんだその表情……)
ゴクリと。
自分の唾を飲み込む音が聞こえる。
周囲の音が遠のいて、意識が目の前の少女に吸い込まれるような感覚に陥る。
(いけるか? 今ここで告白しちゃってもいいのか?)
ずっと秘めてきた思いが溢れ出しそうになる。
(いい……よな?)
そして「好き」の言葉が口から飛び出そうとしたその時。
「あ、ちょっとすみません」
通りすがりの女子大生が申し訳なさそうに二人の間に割って入って、棚にあった本を手に取った。
澪里はそこで、ここが本屋であることをようやく思い出す。
(あ、あっぶね……こんなところで告白とかマジでないわーいや本当にあっぶなかったー)
空気を読まずに割って入ってくれた女子大生に心の中で感謝する。
そして、そこでようやく周囲の人たちから注目されていることに気付く二人。
「えっと……さっさと買って外出ようか」
「うん……そうだね」
冷静になった一羽は欲しかった新刊を買って外に出る。
「店に迷惑になるところだったな」
「あはは……怒られなくてよかったね」
「なぁ夢咲?」
「ん、なんだい?」
「夢咲がハマってるっていうその漫画、今度読ませてくれよ」
「え、興味があるの!?」
「まぁ……」
澪里は漫画を殆ど読まない。
ただ夢咲が夢中になるものが気になったのだ。
「わかった! 今度学校に持っていくよ」
後日会話するきっかけが作れた為か、一羽も嬉しそうだった。
「助かる。漫画なんて殆ど読まないから、結構楽しみだ」
「え、漫画読まない? またまた~。わざわざアニメイートに来るくらいだから、羽月くんも結構な漫画好きなんじゃないのかい?」
「いや本当に漫画はあまり……あっ」
そこでようやく手に持っていたブツのことを思い出す澪里。
「これは……いや……違う」
「あれれ~? もしかして、エッチな漫画だったのかな?」
「違うって」
悪戯っぽくニヤッと笑う一羽を見て、このまま逃がしてくれるつもりはないのだと悟る。
「じゃあ見せてよ? 大丈夫大丈夫。どんな本が出てきても、私は羽月くんを嫌ったりしないからさ」
「いやそういう訳じゃなくてだな」
「私だけ恥ずかしい秘密ばバレるのも不公平だし、ここは羽月くんも性癖のひとつでも晒してイーブンに行こうじゃないか」
(夢咲のちょっと可愛い秘密とドスコイ☆パラダイスが釣り合う訳ないだろ!?)
そんな風にもみ合っている内に袋を奪われる澪里。
「あはは、そんな絶望的な顔しないでよ羽月くん。男の子がエッチな漫画を持っているなんて普通だから。私はそのあたり寛容だよ? えっと何々……『ドスコイ☆パラダイス』あにきだらけのだいうんどう……かい? ズブリもある……よ?」
両手で顔を被う澪里。
そして青ざめた一羽はそっとドスコイ☆パラダイスが入れられた袋を澪里に差し出した。
「……ごめん」
「待って! 弁明させて! 今日起こったことを一から言い訳させて!」
一羽の中のイメージを修復するまで二時間掛かった。
学園一のカッコいい系女子が僕の前でだけすごく可愛い 瀧岡くるじ @KurujiTakioka
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