第8話 尋問を受ける
二条学園生徒会室。
得にこれといった権力を与えられている訳でもない生徒会が仕事をするこの部屋には、重苦しい空気が流れていた。
「春よね~」
「ですね……」
生徒会長の言葉に澪里は相づちを打つ。その表情は引き攣っていた。
一際大きなデスクに頬杖をつきニッコリ笑う生徒会長。
男子ならば思わず頬を染めてしまいそうな愛くるしい笑顔だが、澪里にはその背後に中指を立てた般若が見える。
二条学園生徒会長、
澪里より一つ年上の三年生。
亜麻色のウェーブがかった長い髪と抜群のスタイルを持つ美少女。見取れてしまうほど整った顔立ちは多くの男子を狂わせる。
夢咲一果が女子人気ナンバーワンなら、八代悠里はダントツの男子人気ナンバーワン。
明るく朗らかで人懐っこい性格の悠里は、多くの生徒から慕われている。
だが、それはあくまで表の顔である。
「あ~春だわ~」
「あの……」
笑顔のプレッシャーに圧された澪里は手っ取り早く先を促す。
「会長、用件があるなら早く言ってくれます?」
自分の担当する仕事は特になく、そのまま帰ろうと思っていた澪里だったが、RAINにメッセージが届いたのだ。
短く、
悠里『しごと』
と。
「会長なんて酷いわ澪里くん。いつもみたいに悠里お姉ちゃんって呼んでちょうだい?」
「いやいつもはそうやって呼んでるみたいなこと言うの止めてもらっていいですか!? ほら他の人たちが不審者を見る目でひそひそ話始めちゃったし! 違うから! 全然そんな風に呼んでないから!」
生徒会長である八代悠里は澪里の幼なじみで、同じマンションの隣の部屋に住んでいて親同士も中が良い。
父子家庭の澪里は、中学までよく八代家で夕飯をごちそうになっていたりと、昔から家族ぐるみの付き合いがあった。
小学校くらいまでは優しい理想のお姉ちゃんだった悠里だったが、中学くらいから徐々にその【姉】属性に変貌が見られた。
弟をパシリ扱いする暴君的なタイプの姉へと暗黒進化してしまったのだ。
それは高校に入ってからも続く。
昨年生徒会長に当選した悠里は副会長に澪里を選出。(二条学園は生徒会長のみが選挙によって決められ、残りのメンバーはその会長が選出するシステム)
「男の子がいると緊張しちゃうし~」と生徒会の黒一点となった澪里は力仕事をすべてやることになってしまっている。
とまぁそんな訳で、澪里にとって頭が上がらない存在、それが生徒会長、八代悠里なのだ。
「うん。ちょっと欲しい本があるんだけどね。私、今日はこのあと予定があって駄目なのよ~。だから本屋さんで買ってきて、家まで届けて置いてほしいの」
どうやら来年の学校案内パンフレットのインタビューのようなものがあるらしい。
「なんだそんなことか……って、それなら会長が帰りに自分で買いに行けばいいのでは?」
悠里の言う本屋さんとは、澪里たちが使う最寄り駅前の文鎮堂書店のことだろう。
だったら自分に頼む意味があるのかと疑問に思う澪里。
「あぁ、違うのよ澪里くん。私が頼んだのはレアな本でね。行って欲しいのはアニメイートなのよ。アクリルスタンド付きの限定版があるのよね」
「げぇ……」
悠里のよく行くアニメイートの場所を思い出しゲンナリする澪里。
電車は反対方向だしここから30分はかかる距離だ。
「はぁ……悪いけど自分で行ってくださいよ。生徒会の仕事ならともかく、そんなパシリみたいな真似絶対に嫌……ん?」ピロン
話している最中にRAINの通知音が鳴った。正面の悠里が笑顔で「見てどうぞ」のジェスチャーをしたので、恐る恐る画面を覗く。
RAINを送ってきたのは悠里で、その内容は画像が一枚。
悠里『【澪里が一果をお姫様抱っこしている画像】』
「……」
「春よね~。ねぇ澪里くん」
「なんですか」
「うちの学校は特別男女の交際を禁止している訳ではなけれど……こういうのは良くないと思わない? ちょっとくっつきすぎよねぇ?」
「……。おっしゃる通りです」
「こんな画像がうっかり広まったら変なウワサが立って、相手の女の子にも迷惑がかかると思わない?」
「……。おっしゃる通りです」
「ところで私が管理している学園名義のツイッター、フォロワーが2000人くらいいるんだけど……」
「アニメイート行ってきます!!」
澪里はバッグを掴むと、物凄い勢いで生徒会室を出て行った。
***
***
***
「どうにかタイムマシンで会長を小学生時代に戻せないものだろうか」
初恋だったかもしれない理想のお姉さんだった頃の悠里のことを思いつつ、アニメイートに到着する。
そして女性向けフロアを一周し頼まれていたものを手に取り、素早くレジに移動する。
「……っ!? い、いらっしゃいませ」
「これ一冊購入で。あ、レジ袋もお願いします」
「申し訳ございません。こちらの商品は転売対策のため、購入する際にタイトルを読み上げて頂いておりまして……」
「えぇ……」
澪里は引き攣った顔でイケメン同士が見つめ合う本の表紙を見る。別段難しい日本語が書いてある訳でもないし、タイトルの読み上げが転売対策になるとは思えない。
だが買えずに帰ったら悠里にどんな恐ろしい目に遭わされるかわからない。
澪里は覚悟を決めて本のタイトルを読み上げる。
「ど……【どすこいパラダイス☆】」
「お買い上げありがとうございました~!」
心なしか嬉しそうな店員さんの声。
(これ新手のセクハラじゃね?)
と不満に思いつつも会計を終える。周囲の女性客からのそわそわした視線から逃げるように女性向けフロアと飛び出した。
そして少女漫画(一般向け)売り場が並ぶ二階へ降りると、そこで知っている顔を見かけた。
(あれは……夢咲?)
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