第7話
その日、二条学園では体力テストが行われていた。
澪里は順番待ちの最中、体育館の壁に寄りかかりながらクラスメイトの西野とダベっていた。
「はぁ体力テストダルいな」
「そうだなー」
「あれ。なんか西野……お前ちょっと足太くなってない?」
「お、気付いちゃった?」
見てみると、クラスメイトの足が昨日見た時より一回り太くなっている。
なんか血管も浮き出ている。
さながら恐竜を思わせる狂人な足。
「今日体力テストだからさ。脚力系の種目に山張ってきたんだ」
「いや止めた方がいいよ山張るの。体力テストは全部やるから」
「え」
などと話をしていると、女子たちの「キャー!」という歓声が聞こえる。
「何かと思ったら夢咲か」
「女子は今、反復横跳びやってるみたいだな」
「夢咲運動神経もいいからな」
どうやら反復横跳びで一果が凄い記録を出したらしい。
「あはは。応援ありがとう!」
と、沸く女子たちに爽やかに対応していた。
美しい汗と涼しいイケメンスマイルに女子たちはメロメロだ。
一方一果は慣れた様子である。
「それじゃあ、ちょっとクールダウンしてくるよ」
一果はそう言って体育館の外へと出て行った。
「……夢咲もしかして」
その後ろ姿に嫌な予感がした澪里はこっそりとその後を追った。
***
***
***
「……ってて」
体育館裏に移動した一果は段差に腰掛け、右足首をさすっていた。
先ほどの反復横跳びの際にひねってしまったらしい。
「まいったな。次はシャトルランがあるのに」
なんとかならないものかと考えていると、そこへ澪里が現れた。
「よっ!」
「羽月くん!?」
「その様子だと、本当に怪我したみたいだな」
「あはは……大したことないって。次のシャトルランも、凄い記録を出して見せるよ」
「……」ジッ
澪里の疑うようなジト目に目を逸らす一果。
澪里は中学時代サッカー部だったが、怪我が原因で引退した経験がある。
現在サッカー部ではなく生徒会に所属しているのは、既に選手生命が終わったからだ。
だからこそ、怪我には人一倍敏感だった。
「ちょっと見せて貰うぞ」
「へっ……うえええ!?」
澪里は一果の靴を脱がせると、続けて白い靴下を脱がせた。
(あわあ羽月くんそんな無理矢理脱がせるなんて!? うう恥ずかしい……臭いとかしたらどうしよう。足臭いとか思われたら凄くショックだ)
と乙女のように恥じらう一果だが、そんなことお構いなしの澪里の表情は物凄く真剣だった。
(は、恥ずかしいけど……恥ずかしいけれど! 素足を触られて……凄く幸せな気分だ)
「ねぇ羽月くん。私の足、臭くないかグエー!?」
「ああ、悪い。こっちの方向にひねると痛い感じか」
急に足を動かされて思わず女子のものとは思えない悲鳴をあげた一果だったが、澪里は気にした様子はない。
「よかった。軽い捻挫ぽいな」
「わかるのかい?」
「まぁ一応中学までサッカー部だったからな。でも、ちゃんと保健室にいかないと駄目だぞ。プロに診てもらった方がいい」
「えぇ……」
「えぇじゃないだろ。甘く見て悪化したりでもしたら、演劇にだって支障が出る。怪我を舐めちゃだめだ」
「……っ!? そうだよね。ゴメン、心配してくれてたのに」
「まぁ、あれだけキャーキャー言われてたら期待に応えたくなるのもわかるけどな。ここは自分の身体を優先してくれよ?」
「うん。ありがと」
(優しい! 今日は羽月くんが超優しい! 好き! 超好き!! ……も、もうちょっと甘えてもいいかな? いいよね?)
そんな邪なことを考えつつ立ち上がった一果は、少しフラついてみせる。
「大丈夫か夢咲!?」
「う、うん……大丈夫だよ」
もちろん演技である。
だが演劇経験者の表現力故か、その仕草は思ったより深刻な感じで澪里に受け取られる。
「やっぱりちゃんと看てもらった方がいいな。恥ずかしいかもしれないけど、ちょっと我慢してくれよ夢咲」
「え、一体何を――うわああああああ!?」
なんと澪里は一果を抱き抱えた。俗に言うお姫様抱っこというやつである。
(ええええええええええ!? 羽月くん以外と力持ち……そっか、元サッカー部)
「よしっ、このまま保健室まで行くぞ!」
「待って! 恥ずかしいから! 悪かったから! さっきのは演技だから! じ、自分で歩かせて!」
「駄目だ、我慢しろ!」
(ちょええええ!? ……で、でも悪くないかも……寧ろ、イイ)
怪我で体力テストを受けられなくなってしまったが、その分不意の幸せを体感した一果だった。
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