第6話 真剣に
数分後。
視聴覚室には女子のブレザーを着た澪里が立っていた。
「一羽の役は【真面目な男子生徒】で、告白相手は幼なじみの女の子という設定です。見た目が男子の羽月くん相手では、一羽が真の実力を発揮できないのではと思いまして。なので女子の制服を着てください」
と言われ手渡された制服(演劇同好会の備品)を速攻で着てきた澪里。
その様子を見た理子は笑いを堪えるようにメガネを光らせる。
「ふむ。まぁ期待はしていませんでしたが……くく。まぁ……可愛いんじゃないでしょうか」プッ
「夢咲のためならどんな恥も受け入れるさ」
「その心意気や良し。流石羽月くんですね」
「ところで狐塚さんよ」
「はい、なんでしょう?」
「この制服だけどさ、なんでサイズピッタリなんだ? 怒らないから言ってみ?」
「フッ。羽月くんにプライバシーなんてないんですよ。それにホラ、一羽を見てください。羽月くんの姿を見て滅茶苦茶やる気になっているじゃないですか」
「本当かぁ?」
一応鏡で自分の姿を見てきた澪里だが、そのクオリティの低さは理解している。
コスプレというのもおこがましい、ただの罰ゲームのような姿だ。
だが一羽の方を見てみれば、先ほどよりも真剣な顔をしている。
「ほら。役に入り込んでいるでしょう?」
「本当だ! 役者としてゾーンに入っている!?」
「ありがとう理子、羽月くん。今度こそちゃんと練習してみるよ」
カッコ良さを越えて最早セクシーさすら感じる一羽の表情に、この練習の成功を確信する。一羽の本気の演技が見られるならば、自分の恥などどうでもいい。
澪里はわくわくしながら先ほどの位置についた。
一羽扮する男子高校生の『好きです。付き合ってください』の台詞のシーンだ。
一羽が醸し出す雰囲気に呑まれ、まるで本当に告白される女子のような気持ちになってくる。
「好きです。ブチ犯したい」
「はいストップストップストップ!! 一羽ちゃんちょっとこっち来ようか」
トンデモないことを言い出した一羽を奥の部屋へと連れて行く理子。
「調子に乗った私も悪いですが、一羽も一羽でどうしました!?」
「ご、ゴメン理子。羽月くんがあまりにもスケベ過ぎたからテンションがおかしくなってしまって」
「私の悪戯のせいで親友に新たな性癖が目覚めた!?」
「でも襲いたいと思ったのは本当だから」
「欲望がタダ漏れですよ抑えて。私が言うのもなんですが、善意で付き合ってくれている羽月くんに申し訳ないですよ本当に私が言うのもなんですが」
「そ、そうだね……。ちゃんとしなければ……」
一通りの内緒話を終えた二人は、取り残された澪里のところへ戻ってくる。
「大丈夫? なんかとんでもない言葉が聞こえた気がしたけど?」
「あはは、ごめんね羽月くん。緊張し過ぎて台本の先の方の台詞がつい」
「なんだそっか……って先の方!? これ新入生の前でやる演劇だよね!? ちゃんと健全なヤツなんだよね!?」
「羽月くんは気にする必要はありません。さ、続きをお願いします」
「いや俺一応生徒会だから! 流石に見過ごせないから!」
「くすっ……あははは」
澪里が理子から台本を奪おうとしていると、その様子を見ていた一羽がくすくすと笑った。
「一羽?」
「どうした夢咲?」
「いや、楽しいなって思ってさ」
「楽しい?」
「うん。だってさ、理子と二人で演劇活動をしていると、どうしてもガチっていうか、専門的な話になるじゃない」
「確かにそうですね」
「でも羽月くんが混ざるとさ、なんだかドタバタしてハチャメチャで……楽しいんだ」
真剣に取り組む部活もいいが、こういう楽しいのも悪くないと一羽は思った。
「夢咲に楽しんで貰えたなら、こんな格好した甲斐があったよ」
「あはは、そんなに謙遜しないでよ羽月くん。結構可愛いよ?」
「はいはい、お世辞どーも」
「え? お世辞? 本当に可愛いけど?」
(え、なんか夢咲の目がマジなんだけど。え? え? マジで俺のこの格好可愛いって思ってるの? それはマジでどうかと思うんだけど)
一羽の捕食者のような目に震えつつ、澪里は指定の位置に立つ。
「さて、次は格好良く決めてくれよ? じゃなきゃ、新入生獲得・部昇格なんて夢のまた夢だぜ?」
「大丈夫。任せてよ」
その後、肩の力が抜けた一羽はカッコよく告白シーンを決め、澪里を魅了するのだった。
***
***
***
「うーん。やっぱり告白のシーンは要らないですかね……カットです」
「「えぇ!? あれだけやらせておいて!?」」
その後、台本は無事完成したという。
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