第5話 演劇の練習
「えぇ!? 羽月くん!?」
視聴覚室に入った澪里を出迎えたイケメン――もとい夢咲一羽は物凄く驚いた様子だった。
男装一羽を目の保養に楽しむ暇もなく、
「えっと……狐塚に呼ばれて来たんだけど。ってか狐塚お前、夢咲に俺が来るって伝えてなかったのかよ」
「そうですね。その方が面白いかと思いまして」
「お前なぁ……」
どうやら狐塚理子は外見が真面目でまともに見えるだけで、中身は悪戯好きなようだ。
「あ……あわ……」
「えっと、俺は何をすればいい?」
口をぱくぱくさせて何も言わなくなってしまった一羽をスルーし、理子にどうすればいいのか尋ねる。
「掛け合いの相手役を頼みます。いつも通りです」
「わかった」
実は、このように演劇の練習の手伝いをすることはよくあるのだ。
演劇同好会のメンバーは部長:夢咲一羽。副部長:狐塚理子。そして名前だけ貸した幽霊部員:羽月澪里の三人だけ。
実質演劇をするのは二人だけなのだ。
大体の場合、男役を一羽が。そして女役を理子が担当することになる。
だが脚本や演出を兼ねている理子は、時折演劇を第三者視点で見る必要がある。
そんなとき、理子の代役として澪里が呼ばれるのだ。
澪里にとっても立っているだけでオッケーなので楽なのと、一羽の演技を間近で見られるということで、悪い話ではない。
そここで客観的に得た情報を使ってさらに脚本や演出を修正・強化していくのだ。
「ではその辺に立って。そうそう。はいオッケーです。それでは一羽、はじめてください」
理子の指示した位置に立つ。
それに向かい合うように立つ男装一羽。
「あの、その……大丈夫か?」
「羽月くん、静かにしてください」
「でもさ……夢咲めっちゃ顔赤いんだけど?」
理子は大丈夫と言ったが、まだ何もしていないのに赤面している一羽が心配だった。
澪里を前にすると動揺することの多い一羽ではあるが、これはちょっと普通じゃない。
「もしかして……」
ふと思いついた澪里は、理子が持っていた台本を取り上げる。
そこに書かれていた一羽の台詞は……。
『オレと付き合ってくれ!』だった。
「なるほどこれか……夢咲が緊張しまくっている理由は」
普段練習するときはここまで緊張しない。絶対台詞側に問題があると思った澪里の考えは当たっていた。
「一羽が悪いんです。相手役はマネキンで澄まそうとしていたのに『マネキン相手じゃ雰囲気でないよね~』なんて言うから」
「だから狐塚は俺を呼んだと?」
「はい。羽月くんの前で真っ赤になって貰って、先ほどの発言を反省してもらいたいと思いまして」
「少々やり過ぎではないかね?」
「ですが、お好きでしょう? こういうの」
大好きです! と心の中で叫ぶ澪里。
「すーはー。うん。かなり落ち着いてきたよ」
澪里と理子がコソコソ話している間に、ようやく一羽が落ち着きを取り戻したようである。
「しかし不味いな……」
「羽月くん? 何か問題でもあるのですか?」
「ああ。演劇とはいえ、イケメンモードの夢咲に告白なんてされたら、最悪俺の心臓は止まるかもしれない」
「仮にそうなったとしても、後悔はないのでは?」
「言われてみれば確かに。問題ないな」
問題なかった。
澪里と一羽は再び相対する。
「それじゃ、行くよ羽月くん」
「おう!」
一羽は一度大きく深呼吸をしてから、ゆっくりと台詞を吐き出す。
「おりゅとちゅきあって!」
「ぐはっ……」
噛んだ。噛み噛みだった。
なんという破壊力。一羽の台詞は演技としては0点だったが、逆にそれが澪里にクリティカルヒットした。
「羽月くん!?」
「大丈夫……致命傷だ」
「駄目だ頭をやられている……刺激が強すぎたか」
「あわわ……ゴメンよ羽月くん。せっかく来てくれたのに」
「お、落ち込まないでくれ夢咲。練習ってのは失敗するためにあるんだからさ!」
「は、羽月くん!」
鼻血が垂れそうになるのを抑えながら精一杯の虚勢で笑う澪里を見て、一羽は安心したように微笑んだ。
「次はちゃんとやってみせるよ」
「頼むぜ夢咲」
「うん」
二人の熱いやりとり。
それを見た理子がメガネをキラリと光らせた。
「ふむ。良い考えが浮かびました。羽月くん、もう一肌、脱いで頂くことはできますか?」
「嫌な予感しかしない……」
澪里の心配を他所に、理子は思いつき……ではなく、良い考えとやらを語り始めた。
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