第4話 誘惑

理子(りこ)『演劇の練習を手伝って頂けませんか? 視聴覚室で待っています』



 帰ろうとしていたスマホにRAINのメッセージが届く。

 

 差出人は同じクラスの狐塚理子きつねづか りこ

 夢咲一羽の親友で、演劇同好会の副部長をしている。


 丸いメガネときっちり切りそろえられた前髪が特徴の真面目そうな女の子だ。


 だが大人しい見た目とは裏腹に「今年こそ演劇同好会を部活に昇格させる!」と息巻く、熱い面も持ち合わせている。


 おそらく練習というのも、来週開かれる新入生部活勧誘会で披露する寸劇のだろう。


 昨年、演劇部同好会立ち上げに一枚噛んだ身としては協力したい気持ちは山々なのだが。


「今日は溜まった仕事を片付けたいんだよな」


 会長ぼうくんにより、澪里の仕事は自動的に溜まっていくシステムとなっていて、休めば休むだけ自分で自分の首を絞めることになる。

 学生の身でありながらすでに社畜のような生き方をしている男である。


澪里『ゴメン。今日はちょっと無理かも』

理子『そうですか。残念です↘↘』


 そんな言葉に続いて、泣いているキャラクターのスタンプまで送られてきた。案外可愛い性格をしている。

 真面目な見た目とのギャップにときめきが止まらない。


「なんて冗談は置いておいて。そろそろ生徒会室に行きますかね……ん?」


 立ち上がると、たった今ポケットに仕舞ったばかりのスマホからRAINの通知音が鳴った。

 開いてみると、また理子からだった。

 

「むっ……なんだこれは!?」


 送られてきたのは写真だった。

 衣装だろうか、男子の制服を着た夢咲一羽が滅茶苦茶キメ顔で写っている。


「は、可愛すぎる。場所は……視聴覚室……ということは、今撮ったばかりの写真ということか!?」


 固唾をがぶ飲みしながら写真を保存する澪里。

 そして、激しく脈打つ心臓の音を聞きながら、冷静に考える。


(今視聴覚室に行けば……このカッコいい夢咲を見られるのか? いやしかし……)


 途端に生徒会長の顔が浮かぶ。生徒会の仕事をしなければという理性が頭の中で働く。

 

 ――ぴろん。


理子『演劇の練習を手伝って頂けませんか? 視聴覚室で一羽が待っています』


澪里『……ッ!?』


理子『写真より生の方がカッコいいですよ?』


澪里『是非お手伝いさせてください』



 理子の方が一枚上手だった。

 教室を出て視聴覚室へ向かう澪里の頭の中から、生徒会の仕事のことは消えていた。

 

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