第3話 人気投票
放課後。
黒板には大きく『2-Aで彼氏にしたい人ランキング』と書かれており、下にはクラスの男子たちの名前も書いてある。
「これは何?」
入出してきた一羽が穏やかに尋ねる。
にっこりと笑っていた一羽に圧を感じたのか、女子たちは青ざめた表情をしながら取り繕うように言葉を絞り出す。
「えっとこれはその」
「なんていうか……」
どうやら授業中にクラスの女子たちで手紙を回し投票を行っていたらしい。
そしてその集計をここでやっていたというわけだ。
女子たちの言葉を聞いた一羽は呆れたようにため息をついた。
「こういうので盛り上がる気持ちはわかるけど、同じ事を男子たちがやっていたらどう思うかな?」
「う~ん」
「まぁ気持ち悪いよね」
「ちょっとムリだわ」
優しく問いかけた一羽に女子たちはそう答えた。
「そうでしょ? 男子だってきっと、気分は良くないと思うよ。だからこういうのはやめようね?」
「う、うん」
「そうだね」
「これからは気をつけるよ」
「あ、ちょっとキミたち!」
女子たちは捲し立てるように言うと、駆け足で去って行った。
誰も居ない教室にぽつり、一羽だけが残される。
「まったく。黒板をこのままにしていくなんて……困った人たちだな」
散らばったチョークをあるべき場所に戻しつつ、一羽は改めて黒板を眺める。
『八神茜 8票』
『
『鳥田礼明 2票』
・
・
・
そして女子である自分に4票も入っていることに苦笑い。
「なるほどね。それで私には投票用紙が回ってこなかったというわけか」
ナチュラルに投票される側にされていたらしい。
「そうだ、羽月くんは!?」
片思いの相手である
「まさか私の羽月くんに投票してる子はいないよね!?」
とんでもないことを口走りつつ澪里の名前を確認。その名の下には票数を示す正の字が一本も書かれていなかった。つまり0票ということになる。
「な、なんということだ。このクラスの女子は誰も羽月くんの魅力に気付いていないのか!?」
と一人憤慨する一羽。
票が入っていたら入っていたで「わ、私以外の誰が羽月くんを狙っているんだ!?」とうろたえるのだから恋する乙女は複雑だ。
「そっか。このクラスでキミのことが好きなのは私だけか」
熱の籠もった声で呟くと、手にしていたチョークを黒板に伸ばす。
そして『羽月澪里』の名前の下に線を一本引いた。
「ふふ、これでキミを独り占めだ……なーんて」
「夢咲……?」
「ふぁあえ羽月くん!? どうして」
「いや、クラスの女子たちが慌てて走って行くのが見えたからさ。
澪里は黒板に目をやって女子たちが何をしていたのか気付いたようだ。
そして大きくため息をつく。
「しょうもないな」
「うん、しょうもない」
澪里の言葉に「あはは」と同意する一羽。
「それにしても凄いな夢咲。4票も獲得してるじゃないか」
「そこは素直に喜んでいいのか疑問なんだよね」
「人気者ってことだろ? なろうと思ってなれるもんじゃないし、やっぱりスゲェよ」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておくよ」
「それでそれで、俺は……おっ! マジか一票入ってる!?」
そんなに意外だったのか、大きな声で驚く澪里。
「そんなに嬉しいの?」
「嬉しいに決まってるじゃんか! こんなの滅多にあることじゃないぞ」
「ふーん」
「な、なんだよその顔は。『たった一票でそんなにはしゃぐなんてまだまだね』ってことか?」
「はは、まさか。いや、恋愛とか興味なさそうな羽月くんがあんまり喜んでいるから意外に思っただけだよ」
一羽の言葉に「別にそんなことはないぞ」と言いながら、少しそわそわした様子で澪里は黒板を見る。
「でも、誰が俺に入れてくれたんだろうな」
「気になる?」
「え?」
「気になるの?」
一羽は澪里の目をジッとのぞき込む。
吸い込まれそうになるくらい綺麗な黒い瞳に思わず見惚れる。
それを悟られないようになんとか言葉を絞り出す澪里。
「ゆ、夢咲は知っているのか?」
「……」
「……」
しばしの沈黙。
そして。
「ううん、知らない」
「な、なんだよ~びっくりさせるなよ」
「あはは、ゴメンゴメン。ちょっとからかっちゃった」
「心臓に悪いって」
「だからごめんって」
「よし。それじゃこれ、さっさと消して帰ろうぜ」
「そうだね」
一羽は黒板消しを手に取る。
そして『羽月澪里』の文字と自分の投じた一票を名残惜しそうに眺めた後、勢いよく消した。
こんなこそこそと隠れた投票ではなく。
いつか堂々と自分の気持ちを彼に伝えたい。
そんな決意と共に。
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