第2話  夕日と雑用


「えーちょっと無理信じらんなーい」

「絶対増田の嫌がらせだよねー」


 放課後。二条学園校舎の裏口に、女子生徒の声が響いた。


 入り口には大きなダンボールが6個積み上げられている。


 嫌そうに騒いでいるのは澪里たちと同じクラスの女子生徒だ。


 日直だからと数学の増田先生に呼び出された二人は「これを教育準備室まで運んでおきなさい」と命令されたのだ。


「ちょ重っ。ムリムリムリ、全然持ち上がんないし」

「押していく?」

「段差が無理」

「あ~」


 二人の間に悲壮感が溢れる。


「ってか部活どうしよう~」

「新入生獲得のための作戦会議じゃん」

「ってかこれ今日中に終わる?」


 再びダンボールの山を見て途方にくれる二人。


「お困りのようだね」


 その時、二人の背に声がかけられた。


「あ、貴方は!?」

「夢咲さん!?」


 そこにはジャージ姿の夢咲一羽の姿があった。


「話は聞かせてもらったよ。ここは私に任せて、部活に行ってきなよ」


「で……でも」

「これかなり重いですよ?」


「あはは、大丈夫大丈夫。私は普段から鍛えてるから。ちょっと力持ちなんだよね」


 女子生徒二人は顔を見合わせる。


「そ、それじゃ……」

「甘えちゃいます」


「うん。行ってらっしゃい!」


「キャー助けて貰っちゃったね!」

「ヒーローみたいだったぁ。カッコいいね」


 キャッキャしながら去って行く女子生徒を見送ると、一羽はダンボールを持ち上げようとする。


「くっ……これは……キツいな」


 ダンボールはびくともしなかった。


「こうなったら……はあああ!」


 一羽はより腰を落とし持ち上げようとするが――


「はいはいストップストップ! そんな持ち方したら危ないぞ夢咲」

「その声は……羽月くん!?」


 廊下側を振り返ると、そこには業務用の巨大な台車を引いた澪里が立っていた。


「どうしてここに?」

「ん? 数学の増田が女子に荷物運ぶの手伝えって言ったの、聞いてたんだよ」


 数学の増田先生は女子嫌いで有名で、こういった力仕事を敢えて女子に任せ、困っているのを楽しんでいるヤツだと澪里は知っている。


 だからどうせ力仕事だろうと思い、学校所有の台車を取りに行ったのだ。


「予想は当たったみたいだな。これで一気に運んじまおうぜ」


「で、でもこれ凄く重いよ!? 中身、問題集みたいだし」


「多分大丈夫だと思うぞ? よっと!」


 澪里はダンボールのひとつを軽々持ち上げる。


「か、カッコいい……」


「ん? 何か言ったか?」


「ううん。ただ力持ちだな~って」


 そんな話をしている内に、6つのダンボールを台車に乗せ終わる。


「流石! 手際いいね!」


 一羽が小さくパチパチしながら褒めてくる。可愛らしい仕草で褒められてまんざらでもない澪里は照れくさそうに笑った。


「さて、それじゃ押していくか」


「手伝うよ」


「助かる。流石に一人じゃちとキツい」


 人の減った廊下は静かで、少しだけ寂しげな雰囲気を感じさせる。差し込む夕日でオレンジ色に照らされた廊下を歩く。

 二人、台車を押しながら。


「それにしても、お人好しだよな夢咲は」


「友達が困っているのを見たら、ついね……」


「相変わらず優しいな。けど、無理はよくないぞ?」


(まぁ。夢咲のそんなところが好きなんだけどさ……)


 困っているクラスメイトが居たら、ちょっとカッコつけながら現れて、助けてしまう。

 そんな夢咲一羽に憧れているのだ。


「あはは、耳が痛いね。流石に今日はちょっと反省したよ。あっ。でもお人好しっていうなら、それは羽月くん。君もだよね?」


「え?」


「君だってあの二人を助けようと思って行動したんだろう?」


 そうなのだ。結果だけ見れば今日の出来事は澪里が一羽を助けたというもの。

 しかし、本来澪里が助けようとしていたのはクラスメイトの女子二人なのだ。


(私だから助けてくれた訳じゃないんだよね……うぅ、ちょっとだけ妬けるな)


 それがとても切なくて、少しだけ意地悪なことを言ってしまう。


「あっ。もしかして羽月くん、あの二人の内どっちかのことが好きだったりして」


 澪里がもし「うん」なんて返事したら泣いてしまうかもしれないのに。そんなことを言ってしまう。


「違うよ。俺、生徒会だからさ。だから、それだけだよ」


 澪里はコネではあるが、生徒会の副会長として活動している。

 仕事は主に雑用。 


 なので、こういった仕事には慣れているのだ。


「あはは、何それ。やっぱり羽月くんもお人好しだね」


 半年前。

 一羽が友人と二人で演劇同好会を立ち上げようとしたとき。


 顧問も決まらず生徒会と揉めていた時、味方になってくれたのが澪里だった。


 まるで自分のことのように頑張ってくれた姿に胸を打たれた。


 そしてあの時も似たようなやり取りをして。


 少しだけ寂しくなったのを覚えている。


(そうだ。私はあの時から、ずっと君のことが……)


 台車を引く澪里の背を見る瞳に熱が籠もる。


 差し込んだ夕日の熱を吸って熱くなった顔を見られないようにしながら。


「このまま時間が止まってしまえばいいのに」と思う。


 二人だけで歩くこの瞬間が愛おしい。


 いつまでも。いつまでも、一緒にこうして歩いていたかった。

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