第4話

 空を見上げ星を眺めていた。あれから少しした後、私はあの血生臭い部屋を出て、今は屋敷を囲っている林の木の下に座り、寄り掛かっていた。

 力なく足を投げ出し、何とはなしに夜空を眺めている。

 夜がだいぶ更けていた。もう真夜中を過ぎただろうか? 近くには誰の気配もなくただ月明かりだけが辺りを照らしていた。

――あれからすぐにロエンと呼ばれた男が戻ってきて私に服を渡してくれた。

 血の匂いが強く漂うその部屋にいたくなかったので、向かいにある空き部屋で服を着た。

 用意してもらった服は上下が繋がっていて、これを着て何か作業をするような服、いわゆるつなぎと言うやつだった。少し大きかった。

 着終えて部屋を出るとロエンが待っていた。

 ちなみに彼は部屋に戻っきて私に服を渡した時もずっと横を向き、私を見ないようにしていた。私が出てくると彼は――

「すみません。他にはドレスや給仕服しか見つからなかったもので。今はそれで我慢してください」

 そう言って申し訳なさそうに微笑んだ。

 それから彼は私をここへ連れてきて、「ここにいてくださいね」と言うと何処かへと、たぶん屋敷の中へ行ってしまった。別ン従う必要はないのだけれども、何をする気も起きなくて座ってしまった。中で何が起きているのか考えようとして、すぐに止めた。悲鳴もなにも聞こえないけど、答えなんてわかりきっていた。

 盗賊、実際に自分の村が襲われたことも出会ったこともないが、盗賊というものがどういった者たちなのかぐらいは知ってる。

 暫らく経った。どれくらいここにいたかは分からないが私はその間、逃げ出すことも無くただ座っていた。

 一日の間にいろんなことが起きすぎて、何も考えられなかった。小さいころからの癖で、周りの音に耳を傾ける。辺りは本当に静かだ。月明かりに照らされた夜は明るく、聞こえてくるのは風に揺られた葉と葉が擦れる音だけ。あまりにも静かで、穏やかで、屋敷の中であんな惨劇が起きた事なんて夢だったかのように思えてくる。いや、そう思いたかった。でも、確かに現実に起きた事なのだ。あの光景を確かに私は覚えている。思い出し、体が震える。

 少し風が出てきたみたいだ。身震いしながら風の通り過ぎて行く微かな音に耳を傾けじっとしていると、別の、何かが近付いてくる音が聞こえた。音のする方に視線を向けるとすぐに馬車がやってくるのが見えた。

 その馬車は荷物を運んだりするような、荷台が布などで覆われているような物ではなく、貴族が乗るような、かなり豪華な物だった。それも馬二頭に引かれていて、かなり大きい。

 馬車は私の近くまで来るとゆっくりと止まった。御者台にはロエンが座っていた。

「すみません。お待たせしました。中へどうぞ」

 馬車から降りると彼はそう言って微笑み、扉を開け私を中へと招いた。

 この時初めて彼の顔をよく見ることが出来た。

 驚くほど整った顔立ちをしていた。

 ダークブラウンの髪にエメラルドグリーンの瞳。髪は昼間ならもう少し明るく見えるかもしれない。

 月明かりに照らされたその顔はとても綺麗で、こんな状況でなければその顔の微笑みに、私はきっと赤くなってしまっていただろう。

 だが今は、全ての女性を虜にしてしまいそうな彼の微笑みにも、私は何も感じなかった。

 ただ質問する。

「…何処に行っていたの?」

「この馬車を拝借しに行ってました」

「…私は、どうなるの?」

「村までお送りします。朝になったら出発しますのでとりあえず中へどうぞ」

 そう言って彼はまた私を馬車の中へと招いた。

 今度は何も言わず、ゆっくりと中に入った。

 外見と同じく中もすごく豪華で派手で、広い。小さなテーブルも付いている。座席の座り心地はふかふかで最高だった。

 でもまた、その心地よさを楽しむことは出来なかった。そんな気持ちにはなれなかった。

 ドアが閉まり、ロエンも中に入ってきた。私の向かいに腰掛ける。

「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はロエンと言います。よろしくお願いします」

 そう言ってにこっと笑いロエンは自己紹介した。そして――

「貴女のお名前は?」

 と聞かれた。

「……シア。クランシアです」

「クランシアさんですか。いいお名前ですね」

「……ありがとうございます」

 どう対応すればいいのかわからなかった。先程からずっと、彼からは悪意のようなものは感じなかった。仕草も声も纏っている空気も、すべてが穏やかで。こんな感じのいい優しそうな人が本当に「盗賊」なのだろうか。あまり信じられなかった。いや、今日の出来事の何もかもを信じたくなかった。

「誰かから、そう聞きましたか?」

「……え?」

「彼が盗賊と言っていましたか?」

 どうやら声に出してしまっていたらしい。黙っていると

「……そうですね。確かに私たちは盗賊です。否定はしません」

 何とも言えない微笑みを浮かべ、彼もまた、認めた。自分が盗賊であると。彼がそう言っても驚きはしなかった。彼のような人が盗賊だなんて信じられないけど、初めから分かっていたことだ。

 最初に現れたあの男が自分を盗賊だと言っていた。その仲間である彼が盗賊でないはずが無いのだ。

「怖いですか?」

 そう彼は聞いてきた。

「……」

「信じてもらえないかもしれないですが、私達は貴女に危害を加えません」

 そう言うと彼は腰を浮かして扉に手を掛けた。

「夜が明けたら貴女を村まで送ります。それまではこの馬車の中で過ごして下さい。ここには誰も近付けさせませんので」

 彼が説明するのを私は黙って聞いていた。

「辛いかもしれませんが今は耐えてください。明日までの辛抱ですから」

 彼が外に出て振り返る。

「それでは私はこれで。おやすみなさい」

 彼がそう言って微笑むと扉は静かに閉められた。

 しばらく扉を見つめていた後、ぼふっ、と横に倒れ込んだ。足を抱え、顔を埋める。

 とんでもない一日だった。あまりにも衝撃的なことが多かった。起きた事の多くが強烈すぎて、何も考えがまとまらず思考が停止してしまう。

――何故私はこんなところにいるんだろう。

 ぎゅっと、足を抱える腕に力を込める。涙が零れそうになる目をぎゅっと閉じた。

 朝が、待ち遠しかった。

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月の見える夜 天月 四季 @tukibikaridou

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