Fin Ch-5

 帰途につく途中、千里を呼ぶ声がした。


 ふと見ると、滝石が大きく手を振っていた。


 コンビニの袋を提げ、走ってくる。


 千里は言った。

「滝石さん・・・なんでいんの?」

「買い出しに行ったら見かけたもんで。張り込み中なんですよ」

「だったら早く戻りなさいよ」

「あのこれ、余分に買ったんですけど、食べます?」

「いらない」

「じゃあ、ちょっと話しませんか」

「張り込みはいいの?」

「少しぐらいなら大丈夫です。課長は待ってくれますよ」

「あいつか・・・なら、べつにいいかな」




 霊園近くの広場まで来ると、滝石が口を開く。

「彼はどうしてますか。本庁で取り調べを続けてるんですよね」

「諸星の話じゃ、反省してる様子が全然ないみたい。誇らしげに自供してるんだって」


 千里は語を次ぐ。

「まあ、そうじゃないかと思ったけどね」

「緋波さんは取り調べてないんですか」

「あんな奴、二度と見たくない」

「ですよね・・・・・・」


 犯人に対する怒りや憎しみは、まだ消えていないようだ。自然なことだろう。


 滝石は所感を述べる。

「とはいえ、犯人が逮捕できたんです。僕が言うのもなんですが、これで妹さんも浮かばれるんじゃないでしょうか」


 千里はうなずき、空を見た。安らかになってほしいと願うばかりだ。


 その後、滝石に問う。

「で、奴のビルの中はどうだったの?」

「証拠だらけでした。被害者の心臓だけでなく、被害者の所持品、手術器具、薬品。ほかにもたくさん。血だらけの手術台なんかもあって、まさにホラーですよ」


 千里は返す。

「あそこで全部やってたんだ」

「はい。それは確かです。ただ・・・・・・」

「ただ?」

「手術器具なんですけど、盗難に遭った物だというのはわかったんです。だけど盗まれた日時、あのふたりにはアリバイがあったんです」


 滝石は首を捻る。

「いったい誰が盗んだのか、別に共犯者がいたのか、調べても該当する人物がいなくて。全然わからないんですよねえ・・・・・・」


 千里にも腑に落ちない点があった。

「私も引っかかってるの。鈴乃の首の圧迫痕だけ、ふたりのものとは違う気がする」


 滝石が同調する。

「そのことなんですけど、彼を署で取り調べた時、供述が曖昧だったんですよ」

「鈴乃の事件?」

「ええ。彼の話した内容と、実際の遺体の状態とが一致してなくて」

「ほんとに?」

「はい。妹さんの場合だけなんです。供述が合わなかったのは」


 そこで推量した。

「とすれば、第三の犯人がいる?」

「わからない。でも、あいつは自分が殺したと言ってた。私の勘違いかも」

「まあ、彼は何人も殺してますからね。覚えていないという可能性もあります」

「だといいんだけど・・・・・・」

「とにかく、事件は解決できたんですから、ひとまず安心しましょうよ」

「・・・・・・そうね」


 くすぶる謎。


 消えずに残りそうであるが、今は新たな気持ちでいたかった。そのように思う。


 滝石が話題を変える。

「ところで、本庁はクレームの嵐だとか」

「らしいわね」

「ウチの署も大変ですよ。電話が鳴りっぱなしで」

「ご愁傷様」

「総監と室長は退官されるそうです。例の一件で引責すると聞きました」

「当然よ」

「検察の聴取を受けているとも聞いています」

「人生詰んだわね」

「これは噂ですけど、誰かがリークしたようです。その誰かって・・・・・・」


 千里は即答する。

「綿矢よ」

「やっぱり」

「あいつの真の目的は、あの親子を社会から葬ること。それで私を呼び戻した」

「どうしてわざわざ緋波さんを?」

「公的に抹殺したかったから」

「なら、べつに緋波さんがいなくても」

「ひとりでもやれたんでしょうけど、警視総監の人脈は広い。影響力もある。あいつだけじゃ太刀打ちできない。だから、私に事件の真相を暴かせて、正攻法で潰そうとした」


 頭に血が上る。

「あの野郎に一杯食わされた。鈴乃は二の次・・・いえ、三の次だった。妹や事件を利用して、私に捜査を命じたのよ」


 滝石に疑問が浮かぶ。

「でも、管理官も関わっていたのに、なぜ糾弾されてないんでしょう」

「あいつもあいつでコネがある。先手を打って、内密に処理したと思うわ」

「なんだか、ずる賢いですね」

「綿矢はそういうゴキブリみたいな奴。慈悲の欠片もない老獪ろうかいよ」

「けど、総監と室長を嫌う理由って・・・・・・」


 千里は答える。

「綿矢は昔、チームを持っていた。そこに私もいた。鈴乃の事件で私が入院した後、あの親子にチームを解散させられた。組織上の都合でね。あいつにとっての野望だったから、ふたりを憎んだ」


 滝石は感じたままを言う。

「はあ・・・意外と引きずるタイプなんですねえ」

「陰湿なのよ。あいつは」


 とりあえずは納得し、訊いた。

「ちなみに、緋波さんはどうされるんです?一課に復帰ですか?」


 千里は首を振る。

「病院でしばらく休むわ。これでも私、治療中の身だから」


 すると、滝石は姿勢を正し、右手を差し出した。


 柔和な表情で言う。

「またいつか、お会いしたいと思っています」


 さらに付け加える。

「できれば、事件以外で。変な意味じゃないですよ」


 その手をじっと見ていた千里は、やがて緩やかに掴んだ。

「いつか・・・ね」


 晴れやかな笑顔の滝石は、腕を上下に強く振った。まるで子どものようだ。


 そんな飾り気のない仕草につられ、千里も笑顔になった。


 初めて見せる純粋な笑み。明るい笑み。優しい笑みに、滝石の心は弾んだ。




 しばらくして、張り込みに戻った。覆面パトカーの運転席に乗り込む。


 助手席の小野寺が叱る。

「遅えよ。何やってたんだよ」

「すいません。緋波さんと会ってたもんで」

「えっ!?」


 思わず辺りを見回す。

「なんだよ。いねえじゃねえかよ」

「どうぞ。ご注文のメロンパンです」

「おっ、あったのか」

「それと、カフェラテ」

「抜かりねえなあ」

「でしょう」


 したり顔になる滝石だった。




 神田川沿いの閑静な一本道。千里は独り、歩いている。


 隣に視線を向けると、姉と共に歩く鈴乃が、にこりと微笑んだ。


 誰にも見えない妹。自分だけにしか見えない妹。千里は笑顔を返す。


 小鳥のさえずり。川のせせらぎ。空気が和む。




 淡い光が輝き、鈴乃が消えてゆく。天に導かれるように。


 ふと立ち止まるが、寂しいとは思わない。胸は満ち足りている。


 穏やかな笑みを浮かべ、冥福を祈る。千里は歩みを進めた。




 鈴乃が死んだ時、自分の世界は終わったと感じていた。


 しかし、そうではなかった。


 世界は続いている。


 妹に約束しよう。これからも生きていくことを。


 そして、独りであって独りでないと。


 千里は微かに、けれど確実に、人間らしさが戻りつつあった。

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ACE /one who madness イトウマサフミ @MasafumiIto

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