最終話 重すぎる愛は魂を殺す

 朝起きたら、枕元にれいがいなかった。

 二日連続で起床に付き合ってくれたのに、今日はつれない。


 僕は目をこすりながら洗面所へ向かった。お湯を出して顔を洗う。


「ん……?」


 顔を洗っていると、指に何かが引っかかった。何かネチョッとして気持ち悪いものが。


 僕は顔を上げて目を開いた。

 すると、そこには大量の髪の毛があった。黒くて長いちぢれた毛髪が、洗面台いっぱいに散乱していた。

 最初はなかったから、僕が顔を洗っている隙に出現したものだ。


 ――ドンッ!


 鏡に何かがぶつかる音がして、心臓が跳ねた。


 ビックリしたぁ~。

 こんな気味の悪い状況で大きな音がすれば、さすがに驚かない人なんていないだろう。


 あ、整いそう! 「気味が悪い」と「君が悪い」をかけて謎かけ作れそう。


 いや、それどころではない。鏡に真っ赤な手形が付いている。


 ――ドンッ!


 いままさに目の前で手形が付いた。二つ目だ。

 いる……。

 近くに、玲が、いる……。


 鏡に顔を近づけてよーく見ると、手形の赤は血だった。


 ――ペロッ。


 これが、玲の血の味。錆みたいな味だ。


 僕は血の手形に自分の手を合わせる。


「ふふっ。玲にゃんの手、ちっちゃいね」


 返事はない。

 僕は手形をそのままにして、朝食を食べに行った。



 その晩、僕はウッキウキでベッドの中に入った。

 また玲に会えるだろうか。会いたいなぁ。

 幽霊としての玲は見た目がすっごく怖いけれど、本来の彼女がかわいくて健気けなげなことは知っている。

 だから彼女がどんな姿で現れようと、僕は玲を愛せる。


 いつの間にか眠っていた僕は、ふと目を覚ました。

 目の前に玲の顔があった。


 思わず叫びそうになった。

 そんなに僕を驚かせたいのか。お茶目さんだね、玲は。


 でも、これはまたとないチャンス。

 僕は口を尖らせて玲に口づけをした。

 もちろん感触はないが、座標的には間違いなくキスをしたはず。


 玲は終始無表情だから、照れていたとしても分からない。

 無表情にしては怒っているような雰囲気が見て取れるが、それはきっと気のせいだろう。

 僕がこれだけ愛情を向けているのだから、少なくとも悪い気はしていないはずだ。


「うぐっ!」


 玲がまた僕の首を絞める。今度は両手だ。

 今度ばかりは本気か? しかも、僕の体は金縛り状態で首から下が動かない。


 いや、動かすぞ、僕は。今日は玲にサプライズがあるのだ。ぜひとも見せたい。僕の本気の愛を。

 だから体を動かさなければならないんだ!


「れぇ~い~にゃ~ん~!」


 僕は起き上がった。力ずくで。

 玲を想うあまり、金縛りを跳ねのけて、現実でも幽霊の力に打ち勝って、僕は上体を起こした。


 そして、玲にサプライズをする。


「じゃーん!」


 僕はそう言って、布団の中から抱き枕を引っ張り出した。

 元は鈴音ミーアの抱き枕だが、玲の顔写真が貼り付けてあるし、玲と同じ白のワンピースを着せているし、そしてなんと言っても、洗面台でかき集めた玲の髪の毛を顔写真の上の部分にい付けているのだ。

 これはもう玲本人と言ってもいいのではないか。


「玲にゃん、僕がどれだけ君を愛しているか見ていてよ」


 そう言って、僕は抱き枕に抱きつき、玲の顔写真に何度も口づけをした。

 縮れた髪を手櫛てぐしでといてやり、白いワンピースの上から体を優しく撫でまわす。


「玲にゃん、好きだよ。愛してるよ。君は僕だけのものだ。僕も君だけのものだよ。玲にゃん。好きだ。玲にゃん、玲にゃん、好きっ、好きぃいいっ、大好きっ、愛してるっ!」


 僕が抱き枕の玲を愛でていると、何やら後方で光りだした。


 そちらに視線をやると、玲が光に包まれている。

 玲が頭を抱え、クネクネと身をよじって苦しんでいる。


「どうしたの? 玲にゃん? そうか、ごめんね。こっちは本物じゃないよね。君が本物の玲にゃんだよね。ごめんね、ごめんね! 誤解しないで。僕が愛しているのは本物の玲にゃんだよ!」


 玲を包み込む光はますます強くなり、しまいには玲が蒸発して消え失せてしまった。


「え、玲にゃん? もしかして、成仏したの? 成仏って感じではなかったけれど、ねえ、どこに行ったの? そんな……僕を独りにする気? それは駄目だよ。許さないよ。絶対に許さないから。そんなことをしたら、幽体離脱してでも追いかけて、お仕置きするからね! ねえ! ねえって!」


 その後、玲の霊は二度と現れなかった。


 ついでに言うと、僕が幽体離脱することも叶わなかった。


「誰かぁ~。誰かぁああ! 僕の愛を受け止めてよぉおおおおおお!」


 ――ドンッ!


 壁が薄いせいで、隣室から壁を叩かれた。



   ―おわり―

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ストーカー幽霊 VS. 厄介ガチ恋ヲタク僕 日和崎よしな @ReiwaNoBonpu

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