2222年、明けない冬
高黄森哉
真っ白な世界
窓の外には、真っ白な世界が広がっている。時は、2222年。その昔、人類は人口爆発からくるエネルギー問題を解決すべく、様々な海洋発電装置を発明して、それを無計画に設置していったのだが、その結果、海流は衰え、海の熱循環システムも、それにともない弱化してしまった。つまり、地球を保温する機構を潰してしまった。こうして、地球に氷河期が訪れたのである。氷河期が始まって、四十年目になる。
私は、家の中で、ニュースを見ていた。今日の気温や、食料の配給時刻、地球の気候に関する今後の展望などが主なトピックである。また、子供の自殺が増えていることが取りざたされた。彼らの考察によると、寒さと日照時間が、子供の精神に、悪影響を与えているのではないか、とのことだった。
ニュースが終わると、次に、朝のドラマが始まる。夏の風景なので、このドラマはセットで撮影されたということが分かる。こういった、夏のドラマは非常に人気である。氷河期が始まってから四十年、まだ、夏を知るもの達は、人口の過半数を占めているのだ。
「ねえ、夏って、どんなだったの。ドラマみたいなの」
七歳になる夏を知らない娘が、私の袖を引っ張った。
「暑かったよ。暑くて、入道雲が、空に立ち上ってた」
「夏の空は、今の空よりも、ずっと青かったって本当。もし、そうなら、それはどういう原理なの」
「嘘だよ。夏の空は、今の空くらいの青さだよ。あれは脚色だよ。脚色とは、つまり嘘だよ」
私は、窓の外に広がる、冬の空を眺めながら、そう答えた。むしろ、冬の空は、夏の空よりも青いような気もする。
「どうして、昔の人は、昔の空は青かった、っていうの」
「分からない」
嘘だった。私も、夏の空がずっと青い、という印象を持っている。しかし、それは印象でしかないはずだ。
「ねえ。夏には必ず、ドラマみたいなことが起こったの。もし、起こったなら、お父さんにも、夏にドラマがあったの」
「起こらなかった。夏だからといってドラマが、まるで夏を題材としてドラマみたいに、巻き起こることはなかったよ」
「じゃあ、どうして夏のドラマは、いつもドラマチックなの。冬のそれとは違って」
「そのほうが、みんな見てくれるからだよ」
「ねえ。どうして夏は来ないの。どうして、私に夏はこないの。お父さん」
娘が泣き出したので、私はテレビの電源をオフにした。娘は、娯楽主義的社会の犠牲者だろう。明らかに、我々の娯楽の害を受けているからだ。
ありもしないドラマ仕立て夏を押し付けられて、その、ありもしないドラマ仕立ての夏が、自分たちの世代だけに来なかったことに対して、不公平を覚えている。だれにだって、来なかった夏なのに。欠落した不満は、永遠に解消されることはないのである。それは、虚構の夏だからだ。仮に、明日、夏が来たとしても、解決することはないのだろう。
私は、朝食を食べ終わると、散歩に出かけることにした。外は、一面、雪景色である。昔は、この地域に、こんな積雪はなかった。私たちは、毎年、ホワイトクリスマスを願ったものである。ホワイトクリスマスには、ドラマがあってしかるべきと、信じていたからだ。
子供たちが雪合戦や野球をしている。こんなに寒いのに、近所の子供たちは、外で遊びたがった。むしろ、こんなに寒いから、外に出たがるのかもしれない。
私は、まだ夏があった子供時代、公園にいけど子供はいなく、人と言えば、土日に開かれる、ゲートボール老人会くらいだ。子供はみな、家の中に引きこもり、ゲームに精を出したものである。私も、友達とゲームをして過ごした。それは怠惰であり、子供らしくなく、萎んだ思い出だ。
「ねえ。おじさん。夏の話をしてよ」
少年に声を掛けられる。
「夏は暑かったよ。暑くて、入道雲が空に立ち上ってた」
「ふうん。じゃあ、春はどうだった」
「おじさんには、春がなかった」
「昔は春があったんでしょ」
「春はあったよ。でも、おじさんにだけ、春が来なかったんだ」
私はそこまで話して気が付いた。私もまた、娘と同じだ。私も、娯楽主義的社会の犠牲者だ。私が子供の頃、私の周りには、砂糖菓子のような青春小説が、恥ずかしげもなく陳列されていた。その砂糖菓子を沢山食べて育った子供は、やがて糖尿病になってしまう。病気の私は、糖尿病に冒されて失明した目玉で春を探し、壊疽した足から滲出液をまき散らしながら、そこまで駆けていった。そうこうしているうちに、冬がやって来て、その冬は明けることはない。春はもう、やってこないのだ。
2222年、明けない冬 高黄森哉 @kamikawa2001
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