第3話新入生の日常



「あっ、おはようございます! こんなところで会うだなんて奇遇ですね」


 朝。

 寮の自室から朝食を食べにロビーに降りると卯ノ花がめちゃくちゃいい笑顔で絡んで来る。


 常識的に考えて、待ち伏せだろう。

 男女で寮が分かれているのにロビーで会うとはそういう事だ。


「おはよう。卯ノ花さんはもうご飯食べた?良かったら一緒にどう?」


 何にも気付いてない振りをしつつ話を振ると嬉しそうに食い付いてきた。


「よろしいんですか? 実はわたしもそう提案しようと思ってたんです!」


 という事でロビーからすぐそこ。

 寮の一階にある食堂に入った。


 今俺達新入生男子が入寮している寮はグレードでいうなら男子寮の下から二番目の豪華さなわけだけど、正直俺のような一般的な価値観を持つ庶民からすればこの寮に備わっている食堂ですらも若干気後れするレベルだ。


 磨き抜かれた床は曇りひとつなく、開放感のある食堂内は閉塞感をまったく感じさせない。映画か何かで見た高級ホテルのレストランみたいな雰囲気だ。

 料理を作っているのも給食のおばちゃんなどではなく、コック帽を被ったそれっぽい人達だ……低ランクの寮でこれなのだから高ランクの食堂はどうなってしまうのか想像も出来ない。


 原作では流石に食堂の雰囲気や料理人まで描写されていない。

 原作知識はこの世界で生き抜く為に様々な恩恵を齎してくれるがあくまでダンジョンや戦闘、学内の覇権争いにスポットが当たっている為日常生活の解像度は決して高く無かった。


 そんな事を頭の片隅で考えつつも卯ノ花と雑談をする。内容は昨晩の歓迎会での話や1-1のクラスメイトの話など、無難な内容に終始しており本題に入る為のジャブみたいな感じだった。


 俺は軽めにホットドッグとポテト。

 卯ノ花は焼き魚定食をそれぞれ受け取り席を探す。


「うーん、どこに座りましょう? 良い席が空いていると良いのですが」


 卯ノ花は惚けているが、俺の鍛え抜かれた知覚はこの男子ばかりの食堂で浮きまくっている女子二人組……卯ノ花の取り巻きを認識していた。


「「…………」」


 いや、俺じゃなくても誰もが気付いていた。

 周囲の男子も「女子ふたりで何故ここに……」と興味津々にチラ見している。

 ふたりも当然見られている事に気付いている様子でおろおろしている。耳や首筋が真っ赤に染まってて観ていて面白い。


「あはは……バレちゃいましたね」


 俺の視線を辿った卯ノ花が気まず気に苦笑する。


 そちらに足を向けると取り巻きコンビは脱兎の如く逃げ出した。レベル10前後にしては中々のスピードだ。


「そんなに込み入った話でもないんですよ。昨日折角新歓でお話をしましたのに、うっかり連絡先を交換するのを忘れていましたから、善は急げと会いに来たわけです」 


 という事らしい。

 多分本人の意思というよりは周りに促されてだろうけど。卯ノ花は積極的に男子と連絡先を交換するタイプには見えない、むしろ真逆と考えた方が自然だ。


(策謀の匂いがするな。何を意図してかは知らないけど)


「そうだったんだ? もちろん良いよ。というかごめんな? 気が回らなくて。 本来は男である俺から聞くべきだったんだけど」


 我ながら白々しい。

 名家のお嬢様に連絡先を聞くとかヲタク男子にはレベル300になるより厳しい試練なんだが。相手から聞かれなければ連絡事項があっても誰かを間に挟んだやり取りになっていたはずだ。


 互いにスマホをかざしチャットアプリで連絡先を交換した。前世も含めて学校の知人とこういうやり取りをしたのははじめてで少し感慨深い。


 卯ノ花も大事そうに両手でスマホを握りしめて画面を凝視していた。その胸中にはどのような感情が渦巻いているのか。


「ふふふっ、ありがとうございます」


 卯ノ花は笑う。

 しかし、その笑顔は作り物めいていて。


「クラスは違いますが仲良くしましょうね、鳴海くん」


 その後、ふたり仲良く登校し教室の前で別れた。ステータスやレベルで解決しない問題は苦手だ。寝ないでダンジョンに潜っても疲れない身体なのに、不自然とドッと疲れた気がした。



◆◆◆◆


 高校生になってまずすべき事は何か?


 レベリング?

 敵対的な同級生の排除?


 それも確かに大事だけれど。


 前世でも今生でも共通するものと言えば……


「バ、バカな……! ほ、本当に本物だというのか……?!」

「はい、俺の使い魔は優秀でして……校長先生がちょうどお探しと小耳に挟んだものですから、それはちょうど良いと馳せ参じた次第でして……」

「いや、待て、私は一度騙されている……しかし、私の鑑定は本物と判定している……ぐぬぬ」


 そう。

 権力者への賄賂である。


 原作知識さえあれば……校長をはじめとした要人の求めるモノをピンポイントで差し出す事など容易に可能。


 まさに知識チートの本領発揮である。


 普通の高校生は賄賂なんて贈らない?


 実際になった事が無いので想像だけど、前世でもやってる奴はやってると思う。


 女子高生が身体を使って体育教師に……とか!ソースはちょっとエッチなネット広告漫画。


 若さを求めて悪魔と契約、逆に利用されて大惨事などという事件を原作で起こした校長からすれば……若返り薬はまさに幾億の金銭よりも価値のある品だろう。昔偽物の若返り薬を飲んで負った副作用を帳消しにする為のエリクサーも添えてみた。


「いくらでもお調べになってください。こちらに後ろ暗いところなど何ひとつないのですから。存分に調べ、納得して服用なさってください」


 若返り薬はもちろん本物だ。


 ゲームでも登場している。


 校長が起こした事件の解決直後にレシピを発見出来るあたりに製作者の性格の悪さが垣間見える。


「……何が望みだ?」


 校長がサファイアブルーの薬液から視線を上げ、こちらを見据える。


「具体的に何かを求めて来たわけでは無いです。ただ、俺みたいな生徒は学生はもちろん教師からも嫌われますから……分かりますよね?」


 校長は鼻を鳴らした。


「小賢しい奴だ。だが、予測出来るトラブルに備えるのは、探索者として優れた資質とも言える」


 校長は手振りで退室を促した。

 俺は一礼した後に軽やかな気分で校長室を出た。


(若造に利用されるのは面白くないけど、賄賂の内容には概ね満足といった所かな)


 これだけで関係を築けると思うほど馬鹿ではない。相手は学園都市霧雨という魔都で校長にまで上り詰めた怪物だ。


 だが、最初の挨拶としては悪くない手応えだったんじゃないだろうか?


 あとは薬効が確認されてから。

 校長さえ味方につければ教師対策はほぼ万全、優雅なスクールライフの為にも避けては通れない課題だった。


◆◆◆◆



 第一高校のふたつの校舎に挟まるようにしてそれはあった。


 前世の世界的に有名なゲームの初心者が最初に建造する豆腐ハウスのように、巨大な真四角の岩にぽっかりと穴が空いている。


 至天の迷宮。

 第一高校の敷地内に存在する唯一のダンジョン(公式設定)である。本当は他にもあるわけだが、この世界ではまだ認知されていない為そんな感じに言われている。


 第一高校はそれなりに長い期間運営されてきたわけだが、いまだに踏破者は0。

 最高到達深度は18階層で、原作では主人公が初めての完全踏破を成し遂げる筈の迷宮だった。


 ダンジョンの周りは活気に満ち溢れていた。少しでも到達階層を伸ばして、よりハイグレードの寮に移らんと野心に燃える在校生から、まずは腕試しと真新しい装備に身を包んだ新入生たちもぞろぞろとダンジョンに吸い込まれていく。


 思えば随分と遠回りしたものだ。

 やっとゆるシカの本編。

 メインのダンジョンに潜る時が来たのだ。


 今は放課後、しかも校長との顔合わせなどもあったので本格的な探索はまた次回だが、ずっとここを目指して努力してきただけに高揚感が抑えきれない。


 時折生徒間でいざこざが起きるのを遠目に見ながら、ダンジョンに足を踏み入れる、その瞬間を静かに待った。



 至天の迷宮の第一層はオーソドックスな石造りのダンジョンだった。

 床や壁は灰色の煉瓦を積んだ様な構造をしており、誰もがダンジョンと聞けば連想するようなステレオタイプな見た目をしている。

 学生が大量に行き来する事を考慮してか道幅は広く、天井は遥か彼方だ。四車線の道路をふたつ並べたぐらいといえばスケール感が伝わるだろうか?


 組まれた煉瓦の狭間から漏れ出る不思議な光が内部を照らしている為ランタンやライトなどの光源は必要ない。本当に仄かな明かりにしか見えないのだが不思議と遠くまで見通せる。


「おいで」


 軽く声を掛けつつ手をかざす。

 すると地面に昔描いた召喚陣が出現し、ふたりのかわいい使い魔が現れる。


「えへへ、おはようございまーす」


 早速元気いっぱいにリアがどーんと飛び込んで来る。手を広げて出迎えると見事に胸の中に着地した。ぐりぐりと頬をすりつけて甘えてくる淫魔を撫でているとジト目エルフもぎゅっと服を掴んでくる。


「……おはよう、マスター。今日はたくさん潜る?」

「今日はちょっとだけかな」

「そう……」


 ソフィアは不満そうに呟いた。


 最近は入学の準備などであまりダンジョンに入れていなかった。連日潜っていた時に比べ一緒に居る時間が減ったので寂しいのかもしれない。


 ソフィアはクールな見た目に反して甘えんぼだからな。実はリアの方が聞き分けが良いくらいだ。


 リアが胸元から顔を上げ甘えた声で提案する。


「ねえ、メーちゃん出して! 久々に乗りたい!」

「ちょっと、あの子の名前はマトン三号よ」

「……やだ、かわいくないし、ソフィアちゃんはネーミングセンスが残念過ぎるよ」


 かわいいわよね?!と見上げてくるソフィアを黙殺してインベントリからアイテムを取り出す。

 ボボンッという音と体高1.5mほどの大きな羊が現れる。軽く頭を撫でてやると愛嬌たっぷりに「めぇ〜♡」と鳴いた。


 ゆるシカには乗り物系アイテム、通称マウントが存在する。オンラインゲームではよくあるアイテムだけど、ダンジョン探索モノのゲームでは結構珍しいかもしれない。


 種類も結構豊富で一部の特殊な壁や毒沼無効のクロウラー(芋虫)型や速度重視の馬など見た目はもちろん性能も様々……これで簡単に手に入るなら良かったのだがボスからエグい確率でドロップするモノばかりなのが玉に瑕だ。


「えへへ〜メーちゃんだいすき! ぎゅーっ!」


リアが誰よりも早くぴょんっとその背に飛び乗りふかふかの羊毛に頬擦りをする。

 柔らかい羊毛に包まれて、とても気持ち良さそうだ。


「マスター、わたしも」

「ほいほい」


 ソフィアをお姫様抱っこして羊に乗る。

 使い魔のレベルは主人のレベルに依存する為魔法使いである事を差引いても自力で登るのは容易な筈だがそれを指摘するのはあまりにも無粋だろう。


 羊毛を手綱にしてメーちゃん(仮)を発進させる。ドコドコドコドコと短い足とは思えない足運びでダンジョン内を爆走する。



「うおおお!マウント?!」

「マウントとか何処の金持ちだよ!」

「金持ち死ね!」


 通りすがりの学生から罵倒と魔法が飛んでくる。使い魔コンビの雰囲気がガラっと変わり殺気立つ。


「反撃するな、手を下すまでもない」


 強めに命じるとソフィアは不満そうにワンドを下ろした。リアは武器こそ下ろしたが魔法を放った女子の方向を無言で見据えている。


「リア、おいで」


 呼びかけるとリアは高速で走る羊の背を平時と変わらぬ様子でてくてく歩き、俺の腕の中でスンッと不満そうに後頭部で胸板にぐりぐりしてくる。


 リアには攻撃してくる=敵対勢力=殺す相手というシンプルな価値観が根付いている。

 命令に忠実ではあるが「あたしは不満です」とはっきり意思表示しているのだ。

 自分の中で不満を溜め込まずきちんと伝える。それは俺に対する信頼故の行動なんだと思う。


 とはいえこればかりはリアのわがままを聞き入れてやるつもりはなかった。

 あの程度の事で逐一生徒を殺していたらこの学校の九割の教師、生徒を殺害する必要があるだろう。

 実害は無いし、あの程度なら見逃す必要がある。もちろん、真正面から敵対的な行動を取ってくればその限りでは無いが。




 至天の迷宮、第一層。

 このダンジョンの最初の階層である表層域は当然それ以降の階層に比べ出現する魔物の強さは低く、またドロップするアイテムもゴミ同然のものが大半だ。


 だが、何事にも例外がある。

 今、俺達の前に居る存在もまたその例外のひとつだった。


「GRUUUUUUUUUUUUUU」


 開けた大広間の中央部には魅惑的な金銀財宝の山が出来ていた。しかし、その財宝に手を出そうという一高生は存在しない。

 何故なら、あまりにも場違いな守り手が存在するからだ。


 見上げるほどの巨躯。

 爬虫類を思わせる瞳は濁った黄色をしていて瞳孔は縦に割れている。

 全身をびっしりと覆う赤黒い鱗は小賢しい学生達が通路から逃げ撃ちするスキルなど何の疼痛もなく理不尽に弾くほど強靭だ。


 ボルケーノドラゴン。

 そのレベルは驚愕の65。

 この至天の迷宮のラスボスよりも高いレベルであり、ゲームの通常プレイでは大分後半にようやく倒せるレベルの強敵である。


 こいつはいわゆる「最序盤から簡単に挑めるけど倒せるのは最終盤の強敵」若しくは「視界には序盤からずっと入ってたけど入手するのは最終盤の宝箱」みたいなゲームのテンプレ的存在のひとつだ。搦手を使っても序盤で討伐したりするのは多分無理だと思う。




 だから、入学までにレベルを70以上まで上げておく必要があったんですね。




 というわけでいざ開戦。

 正面から突っ込んでいく。

 横たわる姿勢からゆっくりと身を起こしたドラゴンと目線が合う。


 無造作に振りかぶった剣を縦一文字に一気に振り抜く。たったそれだけで大型トラックさえ片手で持てそうな巨躯のドラゴンが身体をくの字に曲げて吹き飛ばされる!


 ドゴオオオオオッという第一層にあるまじき大音響を鳴らしながらドラゴンが壁に突っ込んだ。レベル差補正は相手がハムスターだろうがドラゴンだろうが同等に作用する。


 2レベル違えば厳しい戦いを強いられて、3レベル違えばサシで勝つのはほぼ不可能。

 5レベル違えば集団でも圧倒されてしまう、それがゆるシカの仕様であり理なのだ。



 「KRURURURURU……」



 埋もれた身体を引き抜いたドラゴンは先程までの威圧感は何処へやら?怯え、警戒した様子でこちらを見据えている。


 それでも、苦し紛れに必殺の魔法を放とうと翼を広げたが、結局それが形になることは無かった。


 壁を走り、天井で静かに様子を伺っていたリアが垂直に落下する勢いも乗せた無慈悲な一撃でその首を刈り取ったからだ。


 首を刈られ、何が起こったのか理解出来てない様子のドラゴンは、数度石畳をバウンドした後、黒いモヤとなって消えて行った。



 それと時を同じくしてドラゴンの巨躯も共に消え、代わりに無数の素材と宝物——ドロップアイテムへと変じる。



 リアはしばらく残心したのち、全てが終わったと悟ってにっこり微笑みながらダブルピースをキメる。


「えへ〜大勝利〜!」


 駆け寄ってくるリアを優しく撫で、誉めておく。そうしているとソフィアがドロップアイテムを魔法で運搬して来たので中身を確認する——うん、どれもこの世界では貴重なアイテムで、素晴らしい値段で売れるだろうが……レア枠は引けなかったみたいだからまた明日だな。ボルケーノドラゴンは毎日復活する。


 じゃあ後は宝物を根こそぎ奪って解散……とはならない。まだここでやるべき事があるのだ。


 宝の山をザッと眺めて、それを見つける。

 何の変哲も無い鉄の剣。

 それを手に持ちソフィアに命じる。


「誰もこの宝の山に近づけるな、触ろうとしてきたら攻撃して良い」

「マスターはどこに行くの?」

「本物の宝を探しに行くのさ」



 鉄剣以外、何の宝物も取得せずに宝の山を登る。そして、それを天辺に逆手で突き刺した!

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