ユーミン
西しまこ
第1話
久しぶりにユーミンを聴いた。午後のリビングに懐かしい音楽がいっぱいに広がっていく。懐かしい。全部口ずさめる。昔、ユーミンを聴いていたときはまだテープで聴いていた。CDになってからも聴いていたけれど。荒井由実のころから好きだった。
ふいに涙がこぼれた。
朝、不機嫌に出かけていった息子のことを思ってだろうか。進級がかかっているのに少しも勉強しない息子。どうして勉強しないのだろうか。
わたしが高校一年生だったころ、母が男と家出をした。母が家を出た当日は学校を休んだ。忌引きだと大人が学校に電話したため、先生に「どなたが亡くなったの? それによって忌引きになる日数が違うんだ」と言われ、答えに窮した。わたしは忌引きだという理由で休まされたことを知らなかったのだ。
あの日の前の夜、父と母が話し合っていたことを知っている。「お前は世間知らずだから」という父の言葉と母が泣いている様子は忘れたことはない。
母は男と一緒に家を出たのだ。わたしたちを捨てて。
数か月、わたしたち子どもの上の方でいろいろな思惑が渦巻いていった。わたしは母の男と会ったことはない。でも漏れ聞く話によると、ろくでもない男のようだった。
結局母は戻ってきた。そしてわたしたちは新しい家に引っ越して、何事もなかったように暮らし始めた。そう、「なかったこと」にして。
わたしは、わたしこそ家出をしたり非行に走ったりしてみたかった。けれど、リスクを考えるとばかばかしくて出来なかった。お金も何もない十代の女の子が、何が出来るというのだ。家出をして酷い目に遭うのもわたし。非行少女になって人生棒に振るのもわたし。そんなことをするにはわたしは頭が回りすぎたのだ。結局、わたしは勉強をして気を紛らわした。勉強している間はよけいなことは考えずに済んだから。でも。
母は男と一緒に家を出たのだ。わたしを捨てて。
そうだ。わたしは結局のところ「なかったこと」になんて出来ていないのだ、少しも。三十年以上経った今でも、ふとしたことでこうして意識の表層に顔を出す。
「学校楽しい? 家がこんなんで、学校が楽しくなかったら最悪だものね」
母のこの台詞もきっとずっと忘れられない。棘のようにわたしの心臓に刺さったままだ。
あの頃、わたしは学校で無視されていたんだよ。友だちはうまく作れなかった。でも言えなかった。だから勉強していた。そのうち友だちも出来たけれど、でも学校という場所はとても苦手だった。勉強が出来たから、それなりに過ごせただけ。
家出をすればよかったのかも、とはときどき思った。
頭で考えたりせず、思うままに行動すればよかったのかもしれない。でも出来なかった。
今、息子はあの頃のわたしと同じ年だ。とても不思議な気持ちになる。どうしてああも物事を、自分のこととして考えられないのだろう。先を考えて行動出来ないのだろう。
……もしかしてわたしが、家出をすれば、自分だけのことを考えた行動をすれば、母のように男と一緒に出て行けば、息子は勉強をするようになるのだろか。
家出が出来る人間になりたかった。
わたしはこぼれ落ちる涙を拭い、思考を遮断した。
ユーミン 西しまこ @nishi-shima
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