恋の魔法のネックレス

小倉さつき

魔法のネックレス

淡いバラのような桃色の石。

玉虫の翅をそのまま貼り付けたような、虹色の輝き。


ここに来ると、いつも見とれてしまう、それ。

わたしの目線を奪うのは、とあるネックレスだ。

それはチェーンの先に、片手に収まるほどの小さい宝石がついたシンプルなデザインのアクセサリーだ。けれど、その宝石は香水瓶の形をしている、ちょっと変わったもの。

ピンクの瓶に、虹色の石が真ん中につけられたそれは、まるで魔法少女の使う変身アイテムのようで。

初めて見た時は、魔法少女に憧れる幼稚園児だったから、これを使えば自分も変身できるのだと周りに言って回るほどはしゃいだものだ。

小学校も卒業間近になり、魔法少女は空想のものだという現実を知った今ではその頃の自分が恥ずかしくて仕方ない。


魔法少女は存在しない。

魔法なんてものも現実にはない。

現実なんてそんなもので、夢のような世界じゃない。


そう理解してしまった今でも、もしかしたら、と期待を抱いてしまうのが、このネックレスだった。

この宝石は、魔力を持っている。

そう言われたら信じてしまいそうな魅力が、この輝きにはあるのだ。

叶えたい望みを実現させてくれるような、力があると。

虹色の輝きが、私の意識を曖昧にさせる。


「ゆーいちゃん、イタズラはだーめよ~」

「わああ!!」

唐突に真後ろから話しかけられ、大声を上げて後ずさる。

「……おどかさないでよ、伯母さん」

いつの間にか、私の背後には伯母ーー私の母の姉ーーが立っていた。伯母は私の反応がよほど面白かったのか、うふふ、とまだ笑っている。

「やーねえ。ここは私の部屋なんだから、いてもおかしくないでしょ。勝手に入ってる侑依ちゃんが悪い子なだけ」

正論を返され、ぐっ、と言葉につまる。

伯母はこの部屋の主だ。というより、この家自体が伯母の家だ。私は今伯母の家に、両親と共に遊びに来ている客の立場である。

身内とはいえ、客人が勝手に部屋に入り込むのは悪いと叱られてもしょうがない。

私は素直に謝る。

「……ごめんなさい」

「いいのよ。侑依ちゃん、昔から私のコレクション見るの好きだものねえ。忍び込むのもこれが何度目かしら」

うぐ、と私の喉から変な音がした。忍び込んだのは今日が初めてじゃないとバレていたとは。

「壊すわけじゃないし、本当にただ楽しそうに見てるだけだって知ってるもの。入ってもいいか、聞いてくれればいつだって許してあげたのよ?」

伯母の部屋はちょっと特殊なものが集められている。年季の入った食器だとか、古びたドールとか、変わった形のお酒の瓶とか。いわゆるアンティーク、というものらしい。コレクションには骨とか大きい石もあって、ちょっとした博物館とか美術館にいる感じがする。実際、高価なものや壊れやすいものもあるらしいので「お触り厳禁」なところもそれっぽい。

「それに、お目当てはいつも『これ』だものね?」

伯母はしゃら、とネックレスのチェーンを持ち上げる。

「懐かしいわね~。『魔法のちからで華麗にへんしん!マジカルゆい!』だっけ?」

「ぎゃーーーーー!!!」

伯母はネックレスを持ち、呪文と共にポーズを取る。魔法少女ごっこにハマっていた時にさんざんやっていたやつだ。黒歴史でしかないそれを未だに覚えられていて、しかも完璧にコピーできるほどの記憶力まで発揮されてしまった。

恥ずかしすぎる。あの頃の記憶をスッパリ忘れてしまいたい。

うずくまってぶるぶると震える私に、伯母は近づいて耳打ちする。


「魔法少女にはなれないけど……魔法を使うことは、できるよ?」


「……へ?」

この伯母は何を言い出すのだろうか。これ以上の黒歴史を掘り出してくるつもりだろうか。

身構えていると、伯母は例のネックレスをかざし、ピンクの香水瓶のチャームが揺れる。虹色の輝きが、私の目の前で煌めく。

「これはね、魔法のネックレスなの」

催眠術でもかけるように、伯母はネックレスをゆらりゆらりと動かす。その度に虹色の石が光を反射して、きらきらと光る。

その様は、まるで、魔法をかけるよう。

「このネックレス……正確にはこのピンクの宝石がね、恋心を応援してくれる特別な魔力を持ってるの。告白する勇気をくれたり、仲良くなれるチャンスをくれたり。そういう魔法が使えるようになるの」

「……魔法の効果、ちっちゃすぎない?」

「そうね。ほんのささやかな効果しかないわねえ。でも、そのちっちゃい助けが、大きな支えになるんじゃない?」

伯母はウインクをする。子供だと思ってからかうのもいい加減にして、といつもの私なら即答できただろう。けれど黒歴史をさんざんほじくり返されて、てんやわんやのままの頭は冷静さが欠けている。何より、どうしても聞き逃せないフレーズがあったのだ。

ーー恋心を応援してくれる、魔法。

その言葉で浮かぶ、同級生の顔。もうすぐ卒業で、別々の学校に進学することになってしまう彼。

特別仲がよかったわけでもなければ、友達と呼べるほどの交流があったわけでもない。

かっこいいな、と思ってただけ。だったはず、なのに。卒業という別れが近づくにつれて、気持ちが大きくなっていって。

「……ほんとに、応援してくれるの?」

この気持ちが恋なのかはわからない。けれど、言葉にして伝えないと、きっと後悔する。そんな気が、ずっとしていた。でも話しかける勇気がなくて。

そのたった一歩を、後押ししてくれる存在がいたならば。

「もちろん」

伯母は優しく微笑むと、ネックレスを私の首にかける。

「きっと侑依ちゃんの助けになってくれる。これはしばらく貸してあげる。

あ、念のために言っておくけど、誰にも見せちゃダメよ? 特にお友達には、ね。魔法の効果が無くなっちゃうから」

それに魔法が使えるなんて、他の子に知られたらまずいものね、と伯母は笑う。先程の聖母のような雰囲気はどこへやら、いつも通りのいたずらっ子のようないつもの調子に戻っていた。

私はそっと、ピンクの宝石に触る。魔法が使えるなんて、ただの冗談に決まってる。よくて、おまじない。それだけのはずなのに。触れているだけで、なんだか心がぽかぽかして、勇気をもらっているような、不思議な感覚がする。

「伯母さん、ありがとう!」

宝石を握りしめ、私はお礼を言う。

これがあれば、なんだってできる。どんな結果になっても、怖くない。そんな前向きな気持ちでいっぱいになる。

私は小走りで部屋を出ていった。体がそわそわして、落ち着かない。体が今すぐにでも彼に会いに行こうとしてるみたいだ。ここは伯母の家だから、彼のところには行けないけれど。

すぐには会えないってわかってるのに、うずうずが止まらない。じゃあ、次に会う時のために準備をしよう。何て言って話しかけよう、何の話をして盛り上がろう、どんな言葉でーーこの気持ちを伝えよう。

ネックレスの宝石を握りしめるたびに、どんどんやりたいことが増えていく。たった一歩を後押しする魔法の道具なのに、どんな相棒よりも頼りになる、そんな気持ちでいっぱいだった。


***


可愛い姪っ子が出ていった部屋の中。先程のやり取りを思い出し、自然と頬が緩んでしまう。誰かに恋してるのがバレバレな感じ。まさに青春だなあ、とほほえましくなってしまう。

「……姉さん、また侑依にちょっかい出したでしょ」

姪っ子と入れ替わるように部屋の入り口に立っていたのは、私の妹。つまり、姪の侑依ちゃんの母親だ。妹は眉を寄せてぶつくさと文句を言い始める。

「さっき侑依が着けてたネックレス、あれ姉さんのコレクションでしょ? いくらもうすぐ中学生だって、あんな軽々しく高価なもの渡さないでよ」

「大丈夫。確かにあれは宝石だけど、そんな高価なものじゃないし」

そう。ここにある私のコレクションは、確かにアンティークが大半を占めている。だが全てが特別高価なものというわけではない。掘り出し物でお安く手に入ったものもあれば、拾ったも同然のものもある。あのネックレスは、祖母から譲り受けた品なので、金銭的価値はなおさら知るよしもない。

物の値段などその一端に過ぎない。肝心なのは物の主が、対象へどれほどの価値を見出だしているか、だ。

「それに、侑依ちゃんには『お友達に見せちゃダメよ』って言ってあるし。約束はきちんと守る子だから、誰かに見せびらかして自慢したりしないでしょ」

姪にかけた「誰にも見せるな」という言葉はからかい半分、忠告半分で言ったものだ。特別高価ではないにせよ、本物の宝石が付いたアクセサリーであることは変わりない。誰かに言いふらしでもすれば、盗難なり破損なり、何かしらのトラブルになるだろう。

幸い、姪は賢い子だ。今頃はもうネックレスは鞄にしまったか、服の内側にでも隠して見えないようにしているだろう。それでも妹はまだ納得していない様子で、不満を漏らしている。

「にしたって、本物の宝石を子供に……」

「いいの。あれは、魔法の道具なんだから」

「はあ?」

「あれは、恋を応援してくれる魔法のネックレスなの。侑依ちゃん、今好きな男の子がいるみたいだから、ちょっとだけお手伝いがしたくてね」

「……本気で言ってるの?」

妹の顔が、怒った表情から呆れた表情に変わる。その顔は侑依ちゃんとそっくりで、やっぱり親子ねえ、なんて頭の片隅で思う。

「姉さん、魔法が現実にあるなんて本気で信じてるの?」

「信じるか信じないかは本人次第よ。私は信じてるけど。

……少なくとも、可愛い妹の淡い恋を叶えてくれるってくらいには」

「なっ……!」

「『好きな人がいるんだけど、告白する勇気がないの。おねーちゃん、どうしたらいい?』って。確か今の侑依ちゃんくらいの歳だったわねー。あの時も私があのネックレスの魔法を教えてあげたのよね。懐かしいわあ」

目を閉じて、昔を思い浮かべる。あの頃の妹は無邪気で、魔法も素直に信じるような可愛げのある子だった。今や夢見がちの欠片も無くなってしまったが。時の流れは残酷だ。

「……確かに、姉さんにそんなこと言ったかもしれない。けど、それは子供の頃の話で……」

「うんうん。今も魔法の効果があるとは思ってないわあ。だってあれはあくまで『恋心を後押しする』だけのアイテムだし、初恋の男の子と両想いになって、大人になって結婚もして、あんな可愛い娘が産まれるまでラブラブになれる、なんてながーーーーく効果があるアイテムじゃないもの。

……だから不思議なのよねえ。こんなに効果があるなんてびっくり。あれ、もしかしてもう効果が切れてて、義弟くんにだけこっそり見せてる甘えんぼさんなところは、魔法の効果じゃないのかな?」

ねえねえ、とわざと妹の顔を覗き込むようにして言うと、妹は先程よりも顔を赤く染めてぱくぱくと口を動かしている。なんだかリアクションが侑依ちゃんに似てる気がする。こんなところでも親子らしさって出るのね。

「と、まあ、魔法の効果は人それぞれ。信じるか信じないかも自由。今はとりあえず、淡い恋の行く末を見守ってあげましょ」

ぱん、と両手を合わせて話を切り上げる。これ以上からかうのはさすがに妹が可哀想だ。それは本意ではない。

私はただ、信じたいだけだ。姪の恋が叶うことも、妹夫婦が幸せであることも、魔法が存在するということも。




物の価値はどこにある?

値段? 希少性? それとも歩んできた歴史?

きっとどれも正解で、どれも不正解。

物の価値は、ひとつじゃない。

魔法が存在するか、しないか。それと同じ。

あなたが信じる価値で、物の価値は変わる。

そして物に込められた魅力も変わる。


さあ、あなたなら、どんな風に見る?

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恋の魔法のネックレス 小倉さつき @oguramame

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