時は来た。彼女は見送るために、己を砕く。
扉を開くと、太陽の光が差し込んできた。
「……ココッテ、屋上?」
扉を開いた瞬間、外に飛び出していったライオンとヘビの変異体を眺めながら、タビアゲハが坂春にたずねる。
「屋上というよりは、城壁といった方がいいな……さて」
坂春は城壁の端まで進み、腰と額に手をあてる。
額に当てた方の手は、目線と水平線になるように立てて、周りを見渡す。
「……街、見エタ?」
「いや、反対側を見てみないとわからないな」
言葉通りに反対側へと坂春は向かって行く。
「……!! 見えたぞ!! あの方向だ!!」
坂春が指を刺した方向に、後からついてきたタビアゲハも一緒に見る。
城から大きく離れた位置に……わずかに、ビルのような形状の物が見えた。
「……結構遠イケド……イケソウ?」
「問題はそこだな。徒歩で向かえば、恐ろしく寒い夜の中で野宿する羽目になるだろう。なにか乗り物があればいいんだが……」
ふと、タビアゲハは後ろを振り向いた。
後ろでは、3匹の変異体たちがじゃれ合っていた。
1匹目は、ライオンの首の姿をした変異体。
2匹目は、水晶のように輝くヘビの変異体。
3匹目は、ヤギの首の変異体……
「アレ……? ナンダカ増エテナイ?」
いつの間にか増えていた面々に、タビアゲハは瞬きするように触覚を出し入れしていた。
そのヤギの変異体も、他の2匹と同じように、上から色を付けられていた水晶のように輝いている。
そのタビアゲハと背中合わせになる形で、坂春はまだ街の方角を見続けていた。
「……なにか……近づいてくる……ヘリか?」
そう呟いた瞬間、3匹は顔を見合わせる。
そして……
「!? ド……ドウシタノ!!?」
3匹一緒に飛び上がり、床に頭突きし始めた。
「……!?」「……」
その様子に振り返った坂春も、その様子に言葉を失う。
やがて3匹の足元に、ヒビが入り……
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!?」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!?」
床が崩れ落ち、2人と3匹は落ちていった。
その様子を見つめるかのようにやって来たのは、空を飛ぶヘリコプター。
搭乗口からは、軍人服を着込んだ複数の人影の姿があった。
「……いった……く? ないぞ?」
坂春は、落ちてきた空間の床を見ながら眉をひそめた。
氷のがれきが散らばった床は、波を打っている。
坂春が手で床を押し込んでみると、まるで巨大なグミのように凹んだ。
「……結構深イトコロマデ落チテキタミタイ」
タビアゲハはその触覚を、天井に向けていた。
天井には穴が空いており、空が見える。
「タブン、4階グライノ高サカナ?」
「ここは2階しかないから……今は地下にいるというわけだな」
ふたりが見上げた穴の数々はしばらくすると、
まるで再生するかのように、氷によって塞がれ、暗闇に囲まれた。
しばらくすると、懐中電灯の光がともされる。
その光に照らされた3匹の変異体を追い、ふたりは暗闇と氷の部屋を進んでいく。
やがて、3匹は扉の前で止まった。
坂春がその扉のノブを掴むと、タビアゲハと顔を合わせてうなずき、
ゆっくりと、扉を開いた。
凍り付いているはずなのにあっさりと開いた扉の隙間から、
青白い光が、漏れる。
そこにあったのは、モニターの前に立つ氷の彫刻。
モニターを囲むその彫刻のほとんどは、ライフル銃を手に持っている。
モニターに向かって銃を構える者もいれば、
逃げだそうとこちらに向かってくる形で固まっている者もいる。
その足元を、3匹の変異体たちはくぐり抜けていった。
「……!!!」
追いかけたタビアゲハは、武器を構える人影たちに囲まれていた、座り込むひとつの人影を見つけた。
それは、床にひざまつく女性の形をした、氷の彫刻。
周りの人影とは違い、なんの武器も持たないその女性は大きく手を広げており、
その腹には、黒く大きな穴が空いていた。
「……コノ穴ノナカ……誰カイル?」
タビアゲハの言う通り、その穴の中には翼のようなものが見えた。
するとすぐに、ライオン、ヘビ、ヤギの3匹が穴の中へと入っていき、
その翼を引きずり出した。
それは、翼の生えたミミズ。
ウロコがついた緑色のその翼は、まるで西洋のドラゴンのようだ。
「このモニター、凍り付いてもまだついているのか?」
坂春は凍った女性の後ろで輝くモニターの前に立つ。
モニターは氷の中で、文字を表示し続けていた。
「……そういうことだったのか」
モニターと女性、そして武器を構える氷の彫刻を目にして、坂春はうなずいた。
「このモニターは……数カ月前、街で起きた殺人事件について書かれている……産婦人科でとある妊婦の胴体が変異した。パニックになる妊婦を看護士たちが抑えたが、そのまま看護師を殺害し、妊婦は逃走してしまった。警察は妊婦を人に襲いかかる変異体として特定し、行方を追っている……」
改めて坂春は、凍っている人影たちを見つめた。
「腹が破裂した瞬間で固まっているこの女性が例の変異体だとしたら……他は彼女を駆除するために追ってきた警察だろう。同じ服装をした、玄関のシャンデリアのやつらもそうだ」
それを聞いたタビアゲハはもう一度、女性の腹を見た後、再開を喜んでじゃれ合っている4匹の変異体を見つめた。
「アナタタチ……コノ中カラ出テキタノ?」
同時に首を縦に振る変異体たちが、すべてを語っていた。
その時、4匹の変異体は一斉に入り口へと顔を向ける。
それとともに、なにものかが入ってくる気配がした。
「誰カ来ル……?」
「……!!」
不思議そうに扉を見つめるタビアゲハに、坂春は顔を青ざめる。
「……現地に送られた部隊の通信が途絶えたのなら……なにもせずに放置するわけがない……!!」
坂春はタビアゲハに目を向けていた。
坂春とともに行動してきたタビアゲハ。彼女の青い触覚の生えたその外見は人間とは呼べず、足元にいる4匹の変異体たちと同じ存在と言える。
即ち、この氷づけにされている人間たちの標的でもあるということ。
坂春はすぐに辺りを見渡し、別の扉を見つけると……!!
「こっちだ!!」「キャッ!!?」
タビアゲハの手首を掴み、扉へと駆け込んだ。
4匹の変異体たちも、慌てて駆け込んでいく。
その後ろでは、閉まった扉の隙間から、バーナーの炎が出てくる。
やがて、1本の線が入ったところで扉が蹴破られ、
中から多数の軍服を着た人間たちが上がり込んでくる。
軍服を着た人間が、もうひとつの扉を見てみると、
扉はひとりでに閉まり、氷によって完全に封鎖していた。
暗闇の部屋で、坂春は懐中電灯をつけ、後ろの扉を振り返る。
「入ってきた入り口が凍ってる……しかし、向こうの部屋には侵入してきた足音は鳴り止まない……!!」
その足元を、4匹の変異体たちが通り抜けていく。
「坂春サン!!」
「!?」
触覚のおかげなのか、光がないにも関わらずタビアゲハは部屋の奥を指さしていた。
坂春が懐中電灯を向けると、そこにいたのは……
首と尻尾がない、馬の胴体だった。
馬の胴体は光を照らしてきた坂春ではなく、下にいる4匹の変異体たちに首の断面を向けていた。
4匹の変異体は、馬の首の断片へと飛びかかり……!!
「ア!!」
ヘビの変異体は馬の尻尾の位置に、
龍の翼を持ったミミズは馬の背骨に、
ライオンと羊の変異体は首の断面へと、融合した。
その姿は……まるで……
「キマイラ……か……?」
それとともに、後ろから火花の散る音が聞こえてきた。
武装した人間たちが、向こうからガスバーナーでこじ開けようとしているのだ。
「坂春サン、乗レッテ言ッテイルミタイ……」
タビアゲハに促された坂春はうなずき、
ふたりでともに、キマイラの背中に乗った。
そして、キマイラは足を蹴り……
扉へと、走り出す。
後ろの扉が蹴破られたと同時に、そのライオンの頭を壁に打ち付ける。
その瞬間、壁にヒビが入り……!!
「――ッッッッッッッッッッッッッッッッケエエエエエエエエエエエ!!!!!」
タビアゲハのかけ声とともに、穴が空けられ外へと飛び出した。
それとともに入ってきた、武装した人間たちは一斉に銃を構えた。
しかし、その開いた穴の縁から、さらにヒビは進み、
部屋全体に……
いや、城全体にへと……ヒビは浸食した。
それとともに、部屋は一気に割れ、がれきたちが戸惑う人間たちの上に落ちてきた。
その前の部屋では、氷づけにされていた人間たちが溶けることもなく、バラバラになって崩れていく。
それは氷というより、正真正銘の水晶のよう。
そんな中、同じように凍りづけにされ、ヒビの入った……
腹に穴を空けた女性の首が、動いた。
目を見開き、太陽を見つめたまま、
涙を流し、笑みを浮かべる。
そして、
城とともに、砕け散った。
ガラスの廃虚とかした城の跡を振り返ることなく、キマイラは進んでいく。
先の見えない雪原の中を、
背中に乗せたふたりを、心としての頼りとしながらも、
自分の力で、夕日が照らす雪原を駆けて行った。
化け物バックパッカー、氷の城でライオンに舐められる。 オロボ46 @orobo46
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます