化け物バックパッカー、氷の城でライオンに舐められる。

オロボ46

止まった氷の中でも、その獅子は人影を揺らす。生まれてきた意味を抱えて。



 扉のドアノブに触れた瞬間、その人物の手はドアノブから離れた。


 そして、改めてその扉に……ゆっくりと触れる。




 目の前にそびえ立つのは、氷でできた扉。


 その氷によって反射されるのは、ふたりの人影。


 そして、足元に広がる一面の雪。




 雪の上は、ただ夕焼けばかりが見えていて、建物は見当たらない。


 ふたり分の足跡だけが、はるか彼方へと続いていた。




 男性の体格をした人影は、ドアノブを再び握りしめた。




 その後ろで、ローブを着た人影はその扉がついている建物を見上げた。










 それは、氷に包まれた城。









 一面を水晶のように周りを反射する、中世を思わせる形のその城には、










 雪はひとかけらも、乗っていなかった。











「ワア……中マデ……凍ッテル……」




 高くかすれた、奇妙な声がホールに響いた。




 その声は城に巣くう化け物でないことは、奥からではなく玄関から聞こえてきたことからわかる。


 その声の主……ローブの人影は、ホールの天井に飾られたシャンデリアの下で周りを見渡し1回転していた。


 黒いローブを身にまとい、フードを深く被っているために顔がよく見えないローブ。その裾からはみ出た、影のように黒い手とその先の指に生えているとがったツメ。その手を見ると、女性的な印象が強い。


 幼い少女のように無邪気にホールの内装を見て回るこの人影……氷に包まれているこの中でローブ1枚という姿にもかかわらず、寒がる様子は一切見られなかった。


 背中には、黒いバックパックが背負われていた。




「しかし……まさか遭難することになるとはな。吹雪が起きていたらこの城さえ見つからなかったことを考えると、運は悪くなかったわけだな」




 その横で男性の人影は、手袋を付けた手で肘をこすり合わせていた。


 黄色いダウンコートを見に包み、頭はショッキングピンクのニットキャップ、首元には派手なサイケデリック柄のマフラーが巻かれ、青色の手袋を手にはめている。

 髪は白髪で、そのシワからこの男性は老人であることがわかる。

 そして、顔は怖い。声も含めて確かに人間ではあるのだが、いわゆる強面のような怖さがある。




「“坂春サカハル”サン、寒クナイ? ココッテ、カナリ寒ソウダケド」


 ローブの人物が老人にたずねる。

 薄着にもかかわらず寒さを感じていない様子だが、その口から吐かれる白い吐息は、老人のものよりも大きい。


「……外よりはマシだ。風が吹いていないんだからな」


 坂春と呼ばれた老人は、入ってきた扉を見つめながらつぶやき、再びローブの人物に顔を向ける。


「“タビアゲハ”、とりあえず寝られそうな部屋を探すぞ……」




 しかし、タビアゲハと呼ばれたローブの人物は答えなかった。


 ただ、上にあるシャンデリアへと、目を奪われている。


「タビアゲハ、一体なにを……」


 同じように上へと視線を向けた瞬間、坂春の顔がこわばった。





 ぐらぐらと、シャンデリアが揺れはじめる。


 そのシャンデリアをよく見てみると、先端が人の形をしていた。




 それもそのはず、5つに別れた先端に、5人の人間が突き刺さっており、




 それが氷づけにされて、まるでひとつであるかのように見せていたのだ。




 それぞれの人影の腰には、ライフル銃や無線機といったものが見えていた。




「……アノシャンデリアノ上……ナニカイル……?」




 そうタビアゲハがつぶやいた瞬間……!!




「タビアゲハ!! 下がれッ!!」「キャッ!!?」


 坂春に引っ張られ、タビアゲハは尻餅をつく。

 その勢いで、頭を包んでいたフードが下りた。




 やがて、ゆれるシャンデリアの上から……




 なにかが落ちてきた!!




「……!!」「……」


 落ちてきたものは、くるりと、坂春とタビアゲハに方向を向けた。




 それは、ライオンの頭。




 首だけのその姿についている茶色い毛並みは、なびくことなく、シルエットにそって切り取ったよう。


 まるで、水晶の上から絵の具を塗ったかのように、輝いていた。




 そのライオンの頭は、じっとふたりを睨むと、


「!!」「アッ……!!」


 タビアゲハへと飛びかかり……!!!




 顔を、ペロペロとなめはじめた。




「ウ……ウウ……冷タクテ……クスグッタイ……」




 青白く輝く舌になめられる、タビアゲハの顔。


 その影のように黒い顔のまぶたから生えるのは、眼球の代わりの青い触覚。

 肩までのウルフカットとともに、ライオンの舌から逃れようと動かす顔に合わせて揺れていた。




「……敵意は……ないのか?」


 坂春が恐る恐る近づくと、ライオンの首に一瞬だけ睨まれる。

 しかしライオンの首は、すぐにタビアゲハの胸の中へ体を埋めてしまう。体を震わせながら。


「ナンダカ、怖ガッテイルミタイ?」

「……その可能性があるな。コイツが変異体なのであれば、同じ存在であるタビアゲハの側なら安心ができる……ということか」


 つぶやきながら、坂春はシャンデリアを見上げた。


「しかし、このままでは危険かもしれない。あのシャンデリアに吊されている人間を凍らせたのがソイツでないにしても、別のヤツが潜んでいるかもしれん」

「人間ヲ襲ウ……変異体ガ……イル……?」


 ライオンの変異体を守るように抱きしめ、タビアゲハは立ち上がった。


「ああ。とりあえず身晴らしのいいところを探すとするか。ここから逃げ出すとしても、街がある場所を見つけておかないとな」




 そう言って、左に見えた扉へと進んでいく坂春。

 タビアゲハはその後を追っていった。











 城の中にある、一室。


 そこに飾られていたのは、カラフルなカーペットに天井から伸びたクマのモビール。


 そして、木製のベビーベット。


 子供部屋と思われる部屋の扉が開かれ、


 ふたりと1匹が入ってきた。




 先頭を歩く坂春は、警戒を怠らないように鋭い目つきで周りを見渡し、


 タビアゲハはそのひとつひとつの装飾を眺め楽しむように微笑み、


 ライオンの変異体は懐かしさを感じているような、氷のひとみをしていた。





「こんな城に、子供部屋があるなんてな……」

「ネエ……キミハシッテル? 前ニ住ンデイタ人トカ、ココヲ凍ラセタ変異体ノコトトカ」


 坂春の背中に立つタビアゲハに尋ねられたライオンの変異体は、その胸の中で左右に回転した。首を振るその様子からは、タビアゲハの言葉を理解しているようだった。




 その時、ライオンの変異体はとある場所を見つめて、硬直した。


「……?」「どうかしたか?」




 その場所は、ベビィベッドの下。


 ベッドの足から、細長いものが顔をのぞかせていた。




「ア――」


 それを見たライオンの変異体は、その細長いものに向かってタビアゲハの胸から飛び出し、


 同じように細長いものも、ライオンの変異体に向かって飛びかかった。




 それは、水晶のように緑色に輝く、ヘビ。


 そのヘビはライオンの変異体に絡みつくと、ライオンの変異体が床を転がり、部屋中を駆け巡りはじめた。




「……これは……争っているのか?」

「ウウン……ナンダカ、ジャレ合ッテイルミタイ」




 坂春とタビアゲハが困惑するように違いの顔を合わせていると、


 水晶のヘビが、なにかを思いだしたように背を伸ばし、ライオンの変異体から離れていった。


「……ドコカニ案内シヨウトシテル?」


 扉の前で飛び跳ねるヘビに、その側へ転がって行くライオンの変異体。




「あのヘビの変異体が……なにか知っていると言いたいのか?」




 タビアゲハは、どこかワクワクしているようにほほえんだ。




次回 後編

12月11日(日) 公開予定

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