第8話



 強盗達は、突然現れた魔王を見て息を呑んだ。


「な、なんだこいつ?!」

「なんでこんな所に魔物が?!」


 魔王の存在は、強盗達に知られてはいなかったらしい。


 意気込んだ魔王は店内に入ろうとしたが、その足が止まった。

 その表情には、逃げた事への後ろめたさが滲み出ている……。


 しかし、大きくブフー! と首を振ると右手を掲げ、その手からオレンジ色の布をバサァと軽やかに広げた。


 広げたのは泥で汚れた、アットホームマートのエプロン。

 それを慣れた手つきで首回りに取り着けた。


「な、な、なんだ?」

「こいつは一体、何がしたいのか??」


 魔王の一挙一動に動揺する強盗達。


 魔王はチラリとレンジを見た。そして、申し訳なさそうにペコリとお辞儀をした後、強盗が盗んだポーションの入った布袋をジッと見つめ、ニッタぁ!! と極上スマイルを見せた。


「いらぁっしゃいませ~!! お客様ぁ、ポーション、温めですかぁ~?」


 魔王は、ポーション入りの布袋を指差した。


「……はっ? あ、温め……?」

「はいぃ~。温めですねぇ~。お預かり致しますぅぅ~~!!」


 有無を言わさず、魔王は強盗から布袋を奪う。

 袋から大量のポーションを取り出し、数え始める。


「こちらのポーション、42点のお買い上げですとぉ、合計30万エムですぅ~」


 と、実際のポーションの金額よりも高額……つまり、奪った金額を差し出す様に、ボスへと手のひらを差し伸べた。

 ボスは一瞬怯んだものの「この化け物!」と短剣で魔王の手のひらを切りつけた。


「オウマさん!!」


 ランカが駆け寄ろうとするが、魔王が左手で「待て」とランカを引き止めた。


 手ごたえを感じたと思ったボス。

 しかし、短剣は魔王の手のひらからビキビキとヒビが入り、終いにはボロボロと粉になってしまった。


「な、なんだ〜? こいつ?!」


「30万エムです〜(ニタぁ!)」


 他の強盗達も魔王の至る所に剣を突き立てるが、傷一つ与えられない。


「ひ、ひいぃいい!?」

「こいつ強過ぎる!」


「30万エムでぇす~(ニタぁ!!)」


 それでもスマイルを崩さず、お金を請求する魔王。


 流石のボスも魔王が只者ではない事に気が付いたらしい。

 自分たちの分が悪いと理解すると奪った金を放り投げ「て、撤収!!」と尻尾を巻いて逃げて行ったのだった……。





 ◆





 店内に静寂が流れた。

 

 その中、魔王だけがエプロンの裾を揉み揉みしながら、レンジの元へとやって来た。


「あ、あの、俺……その……」


 逃げた事を謝ろうとしたのかもしれない。だが、その声はお客様からの、魔王に対する称賛の声で掻き消えてしまった。

 予想外の歓声に、ただ戸惑う魔王。


 そんな彼の腕にそっと手を添えたランカ。

 潤んだ目で魔王を見上げた。


「……ありがとう。私達とお店を守ってくれて……。本当に、ありがとう」


 ランカの言葉に苦笑いする魔王。

 まだ心から喜べない様だ。


 だからこそ、アットホームマートの店長であるレンジが伝えなければと「オウマさん」と声を掛けた。


「オウマさん、この七日間の試用期間、お疲れさまでした。それでは、採用合否の結果をお伝えします。僕は貴方を……――」
















 ◆







 ここは北の森。


 夜も更けた暗闇の中、ダンジョン帰りの男女の冒険者がお腹を空かせてトボトボと歩いていた。


「……お腹空いた……」

「町まで、まだ三時間はあるぞ」

「お腹空いたよぉ……」


 そんな力尽きかけた二人の耳に、わずかに一つの声が響いた。


「…………ねえ、聞こえた?」


「うん、聞こえた。いらっしゃいませ、って声」



 二人は耳を澄まし、声に導かれる様に足を早める。森を抜け、繁みを掻き分け、辿り着いた先には、ランプに照らされたオレンジ色の店があった。


 空腹で今にも倒れそうだった二人。思わぬ休息の場を発見したその喜びは、この上ないだろう。



「ねえ、こんな所にお店があるよ! 食べ物あるかな?!」


「ああ、良かった、行ってみよう!」



 空腹の二人は心踊らせ、光差し込む入口の先へと吸い込まれていったのだった……。







「いらぁっしゃいませ~~!!(ニタぁ〜!!)」



「「……ぎょえぇっえええええええーー?!」



 ー完ー




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