最後の花火1 カフェシーサイド

帆尊歩

第1話 最後の花火1 カフェシーサイド「柊」

「眞吾君早くしてね」と遙さんは優しく、脅してくる。

「あの」

「なに」

「僕は、砂掻き要員として雇われたんですよね」

「そうよ」

「だったら、なんで臨時のテーブルセットの設営をさせられるんですか?」

「なんか問題があるの」

「イヤ問題があるというか」

「奉公先に人手がなければ、手伝うのが丁稚の人の道というやつでしょ」

「いつからうちは江戸時代の大店になったんですか、ていうか二人しかいないんだから 、せめて番頭にしてくださいよ」

「うるさいな。番頭になるには丁稚、手代と上がっていかないといけないの。さっさと設営してね。日が暮れたら、お客さん来ちゃうんだから」

「はい、はい」

「はいは一回」


僕がこの塩浜海岸のまるで海の家のような、カフェシーサイド「柊」で働き出して一ヶ月。夏も終わり、閉めるのかと思ったら、常設だという。

今日は秋の花火大会で、夏以外では最もお客さんが来る日らしい。

このカフェは二十代後半の柊遙さんが一人でやっている謎のカフェだ。

一ヶ月前、砂掻き要員募集というこれまた謎の求人があり、応募すると、出て来たのがこの遙さんだった。

「あの」

「はい質問ですか」

「はい。あの、砂掻き要員って何するんですか?」

「そのものずばり、砂を掻くの」

「砂を掻く?」

「うちね、半分は海岸線なんだけど、半分砂浜の上なのよ。一応高床式みたくはしているんだけれど、砂って風で結構流れるのよね。三メートルくらいの高さは確保しているけれど埋まったりしたら恐いじゃない。だから砂を掻いてほしいの」

「埋まる?砂を掻かないと埋まる」

「そう」と遙さんは、かわいらしく言う。

お前は「砂の女か」というツッコミは無論言えるわけもなく、ちょっと考える。

「明日の十一時で良いかな」

「あ。はいっ。それは採用ということですか」

「えっ?あ、言っていなかったっけ」


結局は、砂掻き要員とは言いながら、何でもやらされている。

今日だってテーブルの設営だ。

実際遙さんは謎が多い。

なぜこんな所にカフェ、家賃は、資金は、お客さんが来ないのに、どうやって僕のバイト代を出している。

イヤそもそもあなたは何者。

謎が多すぎて、どこから聞けば良いのかわからなくて、一ヶ月が経ってしまった。

「眞吾君、そろそろお客さん来るよ」という遙さんの声。

確かに海岸線にはビニールシートがひかれたり、場所取りをしている人が来始めた。

沖にはおそらく、花火を上げる業者の人の船が固定されて準備が整って行く。

「でもなんだか眞吾君も謎が多いよね」お前に言われたくないわいと思う。


今日第一号の客がやってきた。

「良いですか」と良く言えばはかなげな美しい声。

悪く言えば蚊の鳴くような。

か細い声の女性が、店に入って来た。

花火大会の夜にはあまりに似つかわしくないワンピースに、小さなスーツケースを持っている。

「どうぞ」と遙さんは、その女性を一番奥の席に案内した。

それから日が暮れて、花火大会が始まった。

こんな店でもかなり忙しく、僕と遙さんは忙しく接客をした。

ふと見るとさっきの女の人は花火も見ずに、コーヒーを飲みながら、たたずんでいる。

誰かを待っているかのように。

僕は気になって仕方がなかったが、遙さんは意に介した風でもなく、むしろ女の人の回りがうるさくならないような配慮をしていた。


花火大会が終わりに近づいたころ、急に女の人が、立ち上がった。

「お会計、お願いします」とレジにいる遙さんに言った。

すると遙さんが。

「良いんですか?」といった。

「えっ」

「誰かを待っていたんじゃないですか」

「いえ。もう、いいんです。最後の花火を見たら、行きます。ごちそうさまです」

「ありがとうございました」女の人はまだ花火が上がり、人でごった返した海岸に出ていった。

「なんだったんですかね」と僕

「さあ」と遙さんは言った。


しばらくすると、男性が駆け込んで来た。

「ワンピース着た、女の人いませんでしたか」息きを切らせて、要領を得ないが、そんな事を言っていた。

「眞吾君。今ここにいた人探して来て」はじかれたように遙さんが言う。

「えっ、だって、真っ暗だし人一杯いるし。花火上がっているし。見つけられませんよ」

「うるさい!行け!」

「はい」と主人ににらまれた番犬のように僕は外に飛び出した。

とはいえ、砂浜にはもの凄い人がいるうえに、ほぼ真っ暗で、声を出しても、花火の音でかき消されるし、とても見つけられる気がしない。

真っ暗闇の砂浜に足を取られながら、僕は闇雲に走り回る。

頭の上には美しい花火が上がり最後の花火になった。


僕は力なく店に戻ると、店の前で抱き合う男女がいた。

さっきの女の人と男の人だ。

「眞吾君が出て行った後、すぐに見つかったの」いつの間にか、遙さんがぼくの横から缶ビールを差し出した。

「良くやった。役には立たなかったけれど。丁稚から、手代にしてやる」

「ええ、まだ手代か」と僕はその場にへたれこんだ。

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最後の花火1 カフェシーサイド 帆尊歩 @hosonayumu

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