エピローグ

エピローグ

 桜士郎と友達になってから、一ヶ月が経過した。


 学校では休み時間に話したり、屋上で一緒に弁当を食べたり(桜士郎は料理上手らしく、弁当も自分で作ってきていた)、下校デートを実行してみたり……。

 しかし、元々引っ込み思案な二人だからか、SNSで話す方が向いているらしい。好きなアニメ、漫画、ライトノベル、ゲームなど。色々な話をして、同じ作品が好きだとテンションが上がったりした。


 どうやら桜士郎は食わず嫌いをしない性格らしく、女性向け作品にも多く触れているらしい。「執事キャラが出てくる乙女ゲーを知っていたら教えてください」とのことだったが、残念ながら美影はギャルゲーをやるタイプの人間だ。まぁ、男性向けだの女性向けだの、そういうのは関係なく自分の好きのものにまっすぐ……という点では似ているところなのかも知れない。


 とまぁ、そんな感じで少しずつ距離を縮めつつあるものの、休日にどこかへ遊びに行くというちゃんとしたデートはしたことがなかった。

 だいたい、デートと言われてもどこへ行ったら良いのかわからないのだ。

 動物園? 映画館? それとも水族館……は汐音と行ったから、何となく避けたい気持ちになってしまう。友達との思い出は友達との思い出として大切にしたいのだ。

 そんな中、桜士郎からお誘いのメッセージが飛んできた。


『森山さん、よろしければ……なのですが。一緒に行きたいところがあるんです』


 桜士郎が一緒に行きたいと思うところとは、いったいどこだろう。

 咄嗟に思ったのは、「動物園とか映画館とか、そういう場所じゃないんだろうな」だった。いやまぁ、アニメ映画ならまだ自分達らしいデートではあるのだが、もっと相応しいデート先が存在すると思ったのだ。

 そう、例えばアニソン系のライブとか……。


『「だけポン」のイベントなのですが、どうでしょう……?』


 ――アニメイベントとか。


「……やっぱりかぁ」


 美影が思い浮かべると同時に、桜士郎から正解のメッセージが送られてきた。あまりにも予想通りの返答に、美影は一人で笑ってしまう。


「でも、『だけポン』のイベントって円盤先行だよね? 私、普通に申し込んで外れちゃったんだけど」

『あ、それなら大丈夫ですよ、私が当てているので。本当は紡と行く予定だったのですが、急に部活の予定が入ってしまったそうで……。それで、森山さんをお誘いしたという訳なんです』


 陽花里がメインヒロイン役で出演しているアニメ『だけポン』こと『頼れる先輩が僕の前でだけポンコツ可愛い』。

 ライトノベルが原作で、美影も桜士郎も原作からのファンだ。当然のようにアニメのBDを購入し、BD特典のイベント優先販売券で申込みもしていた。しかし抽選に外れてしまい、すっかり諦めていたところだった。


「ほ、本当に良いの……?」

『もちろんですよ。久城さんが出演するイベントが初デートっていうのも、変な話ですが』

「あはは……。ま、まぁそれはそれで私達らしいんじゃない?」

『確かに、それもそうですね。……森山さん、当日はよろしくお願いいたします』

「うん、こちらこそ」


 お互いにお辞儀をするスタンプ(どちらも『だけポン』のキャラクター)を送り合い、その日のやり取りは終了した。



 それから一週間後。

 美影は思い切って買ってしまったギンガムチェックのワンピースに身を包み、会場近くの駅で桜士郎が来るのを待っていた。


(ちょ、ちょっと張り切りすぎちゃった……かなぁ)


 黒縁眼鏡のブリッジを無意識に何度も押さえながら、美影はきょろきょろと落ち着きなく視線を彷徨わせる。


 初デートだけど、アニメイベント。

 アニメイベントだけど、初デート。


 どんなテンションになったら良いのかわからず、頭がぐるぐると回転する。

 汐音の時の水族館デートも緊張したが、あの時は友達として仲良くなりたいという気持ちだった。今回は正真正銘のデートなのだと考えると、やっぱり動揺が止まらなくなってしまう。


(西連寺くん、どんな恰好で来るんだろう)


 桜士郎の私服姿は温泉旅行の時でしか見たことがない。

 あの時はコスプレかと思うくらいの完全なる執事がいて、驚きを超えて呆然とした記憶があった。今日も同じような恰好で来るのだろうか? それとも普通にお洒落な私服? どちらにせよ、桜士郎は何を着ても様になるタイプだと思う。


(だから、私の選択肢は間違ってないはず……)


 スカートなんて、汐音とのデートの時以来だ。

 いや、もちろん毎日制服で着てはいるのだが、私服になった途端、一気に恥ずかしい気持ちが湧き上がってきてしまう。


(うう、やっぱりいつも通りの服で良かったかも)


 せっかくの楽しいアニメイベントなのに、胸の鼓動が純粋に楽しみたい気持ちの邪魔をする。だいたい、桜士郎とはあくまでまだ友達なのだ。こんなにも気を張る必要なんてないし、もう少し肩の力を抜けたら良いなと思う。


「森山さん、お待たせいたしました。遅れて申し訳ありません」

「へっ? あ、いや、全然待ってないっていうか、まだ約束の十分前だから全然大丈夫だと思いますですわよ?」


 ――え、肩の力を抜くとか本気で言ってるの?


 桜士郎が現れるや否や焦りまくって早口になり、挙句の果てに口調までおかしくなってしまう自分に嫌気が差す。すぐさま俯き、下唇を噛んだ。


「ふふっ、それなら良かったです」

「…………はいぃ」


 笑われてしまった。

 いざという場面でコミュ障が爆発してしまう自分が憎い。なかなか顔を上げられないでいると、優しい声で「森山さん」と呼ばれる。


「そのワンピース、似合ってますね」

「そっ、そんなことは……。それを言うなら西連寺くんの執事服……も…………」


 やっとの思いで顔を上げる美影だったが、そのままピタリと固まってしまう。服装を褒められたのが嬉しくて恥ずかしかった、というのももちろんある。

 しかし、理由はそれだけではなかった。


「ようやく気付いていただけましたか」


 言って、桜士郎はドヤ顔を浮かべる。

 桜士郎が身に着けていたのは、この前の執事風の服ではなかった。

 だって、今日は『だけポン』のイベントだ。作品にちなんだ装備でイベントに参加したいという思いは作品ファンとして当然のことであり、美影もラバーストラップや缶バッジを鞄に付けてきている。


 で、桜士郎は――陽花里演じる「千頼」が全面に描かれたフルグラフィックTシャツを見に着けていたのだ。


「おぉ……」


 思わず感嘆の声を上げてしまう。

 多分きっと、クラスメイトが今の桜士郎の姿を見たら心底驚くことだろう。

 あの王子がオタク全開の恰好をしているなんて、考えもしないことだと思った。というよりも、ドン引きする人だって中にはいるのだろう。


 だって、初デートにアニメキャラのフルグラフィックTシャツだ。

 恋人同士ではないとはいえ、ありえない話だと思う。


「私、フルグラTシャツって初めて見たよ。千頼先輩可愛い……」

「着ている私はどうですか?」

「え、格好良い……って馬鹿。変な質問しないでよ」

「ふふ、すみません。でも、少しリラックスした顔になりましたね」


 優しい笑顔で言われ、美影ははっとする。

 初デートをアニメイベントにしたのも、オタク全開の恰好で現れたのも、全部。桜士郎はただ、美影と楽しい時間を過ごしたいがために決めたことではないかと思うのだ。

 まるで、自分達はこのペースで大丈夫だと言ってくれているようで、美影は照れ笑いを浮かべる。


「……ありがとう、西連寺くん」

「ん、何ですか?」

「ううん、何でもない。そろそろ行こっか」


 今のこの気持ちを打ち明けてしまったら、また鼓動が速まってしまいそうだ。

 だから美影は、誤魔化すように桜士郎の手を取って歩き出す。


 ――これから、ゆっくりと彼に近付いていけたら良いな。


 そう思いながら、美影はぎゅっと桜士郎の手を握り締めていた。



                                     了

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ラノベの主人公に恋をしたモブの私 傘木咲華 @kasakki_

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