生と死 煙草の止め方と死について

夢未 太士

第1話 うん この運と言うやつは自分で変えられる

生き物とは何か?

魂とは何か?

何のために生まれ何のために生き、そして死ぬのか?


生まれて来た魂は、様々な生物へと変化して一定の期間この世に存在し、そして死を迎える。

紀元は?何時の時代に始まったのかすら分からない、生物。

その中でもひときわ多く、地上を謳歌している種族が人類である、いわゆる類人猿。

だが近年この種族がようやく飽和状態を迎え自らの考えで減少する傾向に移行する。

病や事故、そして戦争、過去にも何度となく繰り返してきた自虐の果てにたどり着く先には何があるのだろう。


生き物の一生には寿命と言う物がある、それは結果として増殖ばかりを続けると飢餓に陥り、どちらにせよ数が増えなくなるからだ。

生き物がその営みを続けるにはその生活の糧となるエネルギーが必要になる。

そのエネルギーも一つでは無く複数の物質が必要だ。

それらの物質も無限では無く有限なため、人族はエネルギーを得る為に争い奪い同族同士で傷つけあうのが当然のことになって行く。

自らを傷つけるのは己自信を奪われないための行為なのか?

他の生物の中には自殺と言いう概念は無いと言われている。

但しそれは人から見た場合なので、彼らにとっての大量死は自殺と言っても良いかもしれない。

人はそれを防ぐ手立てがある分 少しはましだが、それでも近年自らを終わらせるため、自殺の道へと足を踏み入れる者が増えてきている。


金山伸介(かなやましんすけ)26歳

一浪して入った2流の大学を1年留年しようやく卒業できた。

別に頭の出来は普通だと思う、但し運がすこぶる悪いと言えよう。

浪人したのは大学をワンランク上に設定したためと、その大学への進学をあきらめなかったからでもある。

そして留年したのは大学2年の時に両親が2人共交通事故でこの世を去ったからだ。

その状況から立ち直るのに約1年を要した。


特に伸介は外見が良いわけでも、人当たりが良いわけでもないごく普通の大学生だった。

大学卒業を迎えたある日、内定が決まった企業からメールが届く。

「この度、弊社は倒産することになりました、誠に残念ながら……」

文面には信じられない言葉が書かれており、すぐに伸介は会社へと電話する。

勿論電話しても応対が無い、と言うか『おかけになった電話番号は現在使われておりません』と言うアナウンスだけが耳に響く。

後ひと月で内定先の会社へと出向き研修を受けるはずが、一変して無職へと突き落とされてしまった。

現在伸介はアパートにて生活をしている、兄弟はいないし親もいない。

親戚は数人覚えているが、祖父や祖母もいないと言う状況。

つまりは頼る人はほぼ居ないと言って良い。

あるのは大学に入ってすぐに取った中型免許とその年に買ったバイクが1台。

アパートには基本自転車しか停めて置けないがバイクならおいても良いと言う事で。

自転車の代わりにバイクを購入した、125ccのバイク。

勿論ガソリン仕様の為維持費はかかるが原付2種というクラスはさほど維持費は高くもない。


両親が死んで今まで暮らせて来れたのはたまたま保険が下りたからであって、彼がアルバイトをして学費を稼いだからではない。

だがその保険金も後1年もすれば残金が底を着くだろう。

無駄使いしたわけでは無い、1年留年したために授業料が1年分余計にかかったからだ。

一度届け出をして1年間休学させてもらう事も出来たのだが彼はそれをしなかった。

両親が死んでそんなことを考える余裕もなく、そんな中でも大学には多少通っていたからだ。

あの状況になって、単位は完全に落としてしまうのだから休学した方が良かったのかもしれない。

今となってはそれも後の祭りだが、まさか就職まで無くなってしまうとは思ってもみなかった。

全く働いたことが無いわけでは無い、アルバイトも少しはしたが両親が死んだ1年間は全く何もできなかったのは確かだ。


そして今、またもやお先真っ暗な状況へと追いやられてしまった。

内定取り消しも昨年のうちならばまだ何とかなっただろう。

だが今は3月20日、今から就職先を探すのは至難の業であり。

職種や給料を選ばなければ無いわけでは無いが、またもや彼は何も考えられなくなってしまう。

世の中には不運としか言えない人がいる、だがその不運な人は殆ど自分の不運を語ってはくれない。

自分の周りにそんな人がいて、どうやって切り抜けたか教えてくれる人がいればまだまだ取り返しは付くのだろうけど。

彼の周りには自分の不幸を語って教えてくれる人は居ないし、ネットやSNSを見てもうまく行った話は殆どが誘い文句であり商品を売るためのビジネストークだ。

本当に不運な人はそう簡単にその泥沼から逃れられるわけがない。

「どうすりゃいいんだよ!」

彼には友人と言える友人もいなかった、何人かいた友人達も数年前にケンカしてしまいそれっきり。

自分の事を分かってくれる友人や、彼の状況を心配してくれる友達は肝心な時には誰も居なかった。

不幸を何とかできる要素がこの時彼には一つもなかった。


死を考える


特に思いつめるタイプでもなかった、だが度重なる不運は彼の心を暗い闇の中へと徐々に落としていく。

投げやりになるのが良いことでは無いことぐらいわかっている。

その気分を晴らそうと、バイクに乗り心にたまった悪い考えを風に溶かそうとした。

度重なる不運は彼を死の淵へといざなう。

アパートから出て数分バイクで走った後、信号で止まっていると。

信号を曲がり切れずにトラックが突っ込んでくる。

まさか!

そのまさか、次の瞬間彼はそのトラックの下敷きになり、この世から姿を消すことになる。


これは死ぬことの一つの例でありよくある事でもある、中にはブレーキの故障からそのまま電信柱に突っ込んで単独死とか、高速道路で前後トラックに挟まれてそのまま圧死するとかは序の口だ。

人は、いや生き物はたやすく死ぬ。

それに、自分が生き残るためには他の生き物を犠牲にしていると言う事も忘れてはいけない。

日々頂いている食べ物もいくつかの生命を奪いエネルギーとして私達は摂取している。

彼がいなくなったことでその先に使用されるはずの命は減るのだが、生き物自体の営みは彼がいなくなったところで大きな変化はほとんどないと言えよう。

毎日は変わらずに日々流れて行くし、彼のような人間も地球上にはいくらでもいるのだから。

バイクに乗らなければ、この日外に出なければ良かったのか?

それは誰にも分からない、ただ彼が不幸を背負っていたのなら、就職に胡坐をかかずに資格の一つも取っておけば、もう少し前向きに考えられたのかもしれない。

全てが後の祭り。


戦争


戦いはいつの日も訳の分からない大人の一言で始まってしまう。

すでに大戦から70年以上が過ぎ、戦いを覚えている人は少ない。

なのにその戦いをさも覚えているがごとく、他の国を敵視し事あるごとに攻撃すると叫ぶ指導者たち。

何を学んだのだろう?あの戦いに。

この文章を書いている自分も大戦の事は聞きかじった話だけで、実際に何が有ったのかすら知らないことが多い。

だが、それでも言えるのは戦争は悲惨であり絶対にしてはいけない事だとはっきりと言える。

現代の世の中にはまだ貧富の差があり、富める者はいくらでもお金を稼ぎ裕福になる。

だが貧しいものは殆ど変わらず泥水を啜り、かびたパンさえ手にすることは無いと言う。

指導者でありながら貧困を防げることができる立場にいながら、それを無視し自らの富ばかり追い続ける指導者は、先の大戦に何を学んだのだろう。

他国を敵視し自国民を恐怖に陥れる事が課せられた使命なら、そんな指導者は早く天国か地獄に召された方がこの世の為だ。

個人が集団自殺の引き金を引いた典型的な事例、それが侵略戦争である。


病死


死に方の一つに病がある、今は成人病もその一つ、不治の病。

歳をとると必ず定期健診と言う物を受けるようになる、運が良ければせいぜい悪玉コレストロールが多いぐらいで済むが。

不摂生していると何時か精密検査しなければいけなくなる。

そしてたたきつけられるのだ!

「ガンです」

私はまだそこへは至っていないと思っているが、それもあと数年で診断結果は最悪の物に変化するかもしれない。

同級生はすでに数人が癌で亡くなっている。

昔は簡単に買えた煙草、今では販売機も年齢制限によりタスポが無ければ購入できなくなったが昔は誰でも買う事が出来た。

私が吸い始めたのは小学校5年生の終わりだと記憶している。

小学5年生の夏休みに父親の仕事場へと半ば強制的に連れて行かされ。

そこで働いている従業員に勧められた1本の煙草。

今ならめちゃくちゃ怒られるだろう、と言うか大人が小学生に煙草を勧めてはいけないだろう、だが当時の大人は殆どが煙草を吸っていたことも有りモラルが欠けていた。

それにTVではたばこの宣伝も良くやっていた、あれは国の誘導なのではと思うぐらいにコマーシャルも多く、映画やドラマの中でも煙草を吹かすシーンが多かった。

今だから思う、あれは税収を上げる為だったのだろうと。

日本の人口が中々増えないのはこういった自殺行為を大人が公認しているからなのではと今でも思う。

昨今はそういったコマーシャルは無くなっているが。

あれだけ多くの煙草の宣伝が今はゼロになっているのは不思議と思わざるを得ない。

話を戻すが私は小学校5年で煙草の味を覚え中学に入るころには一日2本から3本の煙草を吸うようになっていた。

親もたばこ吸いだったが為、家には必ず買い置きが有り、それをよくくすねては吸ったことがある。

一箱20本入り、2・3本無くなっても気付くはずもない。

中学になり小遣いをもらえるようになれば、いつの間にか定期的に煙草を買っていたのを覚えている。

高校になるとその本数も徐々に増え卒業するころにはコンスタントに毎日一箱ぐらい吸っていた。

今思うと恐ろしい話だ、徐々に毒を飲まされていたのと同じことなのだから。


大人になりいつの間にか年齢もあの頃の父親と同じ45歳になった、煙草の本数もいつの間にか20代の頃よりやや本数が減ったが、私はそれでも煙草を辞めないでいた。

それは煙草を吸うと落ち着くからという理由が大きい。

それまでに止めようとしたことも有ったが、まだ周りで辞めた人がいなかったので、あまり切実には考えずにいた。

だが転機は必ず訪れる。

風邪を引いた、誰でもが引く風邪。

47歳になったある日風邪を引き、いつものように煙草を吸い続けていた。

だが風邪は治っても咳が止まらなかった。

しかもその咳は半年間続いた…

当然だが病院にもいく、普通ならばやばい病気になったと思うはずだが、病名はせいぜい軽い喘息という診断だった。

私は医者の言う事はあまり信じない人だった、いや医者になるのは大変であり診断に従った方が良いとは思う。

でも医者だから全知全能と言うわけでは無いのも知っている。

病名がもっとひどい物なら煙草を止める手立てを直ぐに考えるはずだが、出された病名はかなり軽い。

それでも俺はこのまま煙草を吸い続けるのはまずいと感じ始めていた

このまま煙草を吸い続けると癌になるのだろうと言う実感があったからだ。


煙草をやめるのは結構大変だ、元から吸わない人には分からないが。

単純に言えば好きな食べ物を食べられなくなるとか、好きになった人に会えなくなる遠距離恋愛に等しい。

人によりその判断はまちまちだと思うが、私にはそう感じられた。

煙草を止めるにはいくつかの段階がある。

まずは止めるに当たって代わりの嗜好品を探す事。

そして次に時間を設定すること、いつまでに止める、いつから禁煙を始める。

そして完璧に止めようとは考えない事。

私はそれらをさらに細かく段階に分けて実行した、それは自身の生活に照らし合わせて実行する為だ、最初に言っておく全ての人が同じように禁煙できるわけでは無い。


1, まず煙草の品種を変える

これはニコチンやタールをより軽いものにすると言う方向性と、煙草の味を変える例えばメンソールにすると言う方向性の2つに分けられる。

今では電子タバコに変えると言う手もある、フレーバーも増えて中々面白そうだが。

肺に異物を入れる行為はできれば止めるのが一番良いとだけ言っておこう。

2, ガム又は飴を常用する

ガムや飴と言った口さみしい状況を緩和する行為は、煙草を置き換える時にそれほど急激な変更を強いる事が無くなるので、お勧めの代替え方法だ。

3、何日間煙草を止めるか?

要するに期間を決める、例えば1週間10日間。

1か月などと言う設定は難しい、それができたならすぐに煙草を止められる。

まずは1週間止めてみるのがおすすめだ。

4、煙草グッズの処理

全部捨てるのが好ましいが、タバコ吸いの全てが断捨離好きなわけでは無いのでお勧めしない。

私は全てでは無く一部、特に煙草は吸殻を残すのが私のお勧めの設定だ。

何故吸殻を残すのかと言うと、タバコ吸いなら1回は経験があるシケモクの再利用。

たまたま切らしてしまった煙草、すぐ買いに行けない時に灰皿に残ったシケモクに火を付ける行為。

1週間我慢した後のシケモクは、かなりまずい!

それも超が付くほどのまずさだ。

そこで新しく煙草を買うなら失敗となって最初からやり直すことになるが、シケモクを吸いその後三日以上我慢できれば止められる可能性が高い。

後は口さみしさをガムや飴で補えば徐々にニコチン中毒は無くなって行く。

5、趣味に費やす

これは煙草を止める代償として自分にご褒美を与えると言う事。

高い物ならなおさら煙草を止められるだろう、私は高いデジカメを購入することでその代償とした。

車やバイクと言った大きなものでも良いが、普段簡単に使えるご褒美としたのは。

いつでもすぐに使える事で煙草を吸えないもの寂しさをすぐに埋められると感じたからだ。

ファインダーを覗きながら煙草を吸う人は少ないのではないだろうか?

確かに昔はそう言う人もいたが、例外を上げていては切りが無いので例題の一つとして、写真を撮る行為が暇をなくすことにつながると考えた。


私はこうして煙草を止めた、職場が違えばそれは難しいと思う人もいるだろう。

それは否定しない。

その職場の中で自分が任された仕事の合間に煙草では無くその代わりにできる事を探す、それが煙草を止める一つの道ではと思う。

最近はスマホアプリでゲームと言う手も有るので、さほど難しくは無いと思います。

そして私は煙草を辞めてから数年、同じ時期に煙草を吸い始めた同級生の現状を他の同級生からの話として耳に挟んだ。


「聞いたか?あいつ肺がんだってよ」


中学の3年間 同じ通学路を通っていた同級生、高校に進学した後もそいつとは約6年間友人をしていたが。

あまり良いやつと言う感じは無かった、よく学校帰りに煙草を吸ったのを覚えている悪友と言う関係。

40年以上が経ち、いつの間にかそいつはヘビースモーカーになっていた。

家でも毎日2箱以上の煙草を吸っていたと聞く、常に火をつけておくほどのタバコ吸い。

そして癌になるための追い打ちは彼の家族もたばこ吸いだと言う事だ。

彼の家は妻も息子もたばこを吸っていて、常に家の中は紫煙が舞い上がっている状態。

彼は癌になり入院中にもかかわらず煙草を止める事ができ無かったと言う。

その1年後その友人は52歳、約1年の闘病後肺がんのためこの世を去った。


煙草だけが肺がんになる要素だとは言わない、他にも原因が有ったりするのも確かだ。

だが自ら注意すれば防げる死も有るのだと私は今考えている。


貧困


我々の世界は未だに一つにはならず国により貧富の差も様々だ、それはその国の指導者の責任でもあるが、そこに住む人々に知識が無いと言うのが原因である場合がほとんどではないかと思う。

昨今経済協力は仕事や物資が一番多いが、私は教育が一番大切なのではと考えている。

言葉や計算はもちろんの事、できれば道徳と言う物も教えなければいけないのではと考える事件が多く見受ける。

それには手っ取り早いのは宗教を導入することだと言う人は少なくないが。

宗教は手段であって、その目的からずれていることも有る。

過去に宗教は人を従わせるのに最も優れていると歴史上の人物達はこぞって取り入れた。

だがどうだろう宗教同士での争いは相も変わらず終わることが無い。

そしてもう一つは主義という考え方、資本主義社会主義共産主義。

これらは教育があって初めて効果を発するもので、最初から主義をありきで語ると正しい事が何なのかが失われてしまう事を忘れてはならない。

まずは教育、それも正しいことを教えると言う事、間違って教えてしまうと大人になっても他人を踏みつける事が良いことだと教わる場合がある。

確かに世の中を生き抜くのは戦いではあるが、戦わずして生き残る方法もあると沢山の選択肢が有ると教えるのが教育であり。

それができない国ではいつまでたっても争いや貧困が無くならないのが現状だ。


我々の住む国は現在世界中で一番安全で豊かだと言われている。

それほど幸せな国ならば、何万人と言う移住者がこの国へとやって来るだろう、そんな豊かな国にあこがれる人がいっぱいいるのだから。

だが忘れてはいけない、死と言う物は簡単にやって来る、思いもよらない天災によって。

常に危険に備え、悪しき行いを捨てて最悪のシナリオを避ける事こそ、全ての人に課せられた義務であり正しい道だと私は思う。




令和4年10月未明


夢未 太士



この短編小説は生と死を考えた時に必ず分かれ道があると私は思ったからだ。

それは全ての人にどちらかを選択させるだろう、もしかしたらあの時ああして置けばと考えさせる。

中にはどうしても生き残る方へと舵を切れない人もいるだろう。

プライドや主義趣向が邪魔して間違えを正せない場合もある。

だが?自分一人ならばそれも良いかもしれない、後で反省すればいい。

問題は他人を巻き込み傷付ける場合だ。

よく考えてみよう、死は簡単な一歩で防げるのだから。

皆さまの明日に祝福を…

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