第3話

 震えあがるカレンをよそに私はパンパンと手を叩き、注目を集める。


「さぁ、ショーの始まりですわよ」


「ハハハ、エリナは何をおかしなことを言っているの? カレンに骨抜きなのが気に食わないのね。やっぱりあなたは私たちの子では……」


 意味ありげにお母様が話しているとカレンが大声で叫び始めた。


「いや、いやよ。近寄らないで!! ギャーッ」


 今まで聞いたこともないようなドスの聞いた声に両親はいったい何が起こっているのかわからない。


「そんなに嫌がるでない。まぁそんな怖がる素振りが魔王である俺好みで調教しがいがありそうだ」


 ルーズベルト様に捕まえられているカレンを見た両親は顔面蒼白になっている。


 その独特の緑色のフォルムと魔王という言葉に反応したのか、完全に血の気が引いてガクガクと震えだしたお父様はか細い声で尋ねる。


「……なんだその姿は……隣国の王子というのは偽りだったのですか」


「わしは嘘はついとらん。隣国であるデビット国の魔王ルーズベルトだ」


「まさか……そんなぁ。魔王国は隣国だと言わないでしょう……詐欺だ。それにルーベルト殿下の正体がこんな人間でもないなんて……」


「私は……爬虫類は嫌いなのよ。お母様、カレンは世界で一番カエルが苦手なんです……助けて、お願い」


 そんなバカなカレンに私は静かに言う。


「カレン、カエルは両生類よ」


「そんなのどうでもいいわ……きもちわるい、くっつかないでよ。お姉さま助けて。ルーズベルト様命だけはお助けをっ!!」


 お父様は泡を吹いて倒れてしまい、お母様は目を見開いたまま気絶、カレンはかなり恐怖を感じているようで、棒立ちのまま自分の命を請う。


 その恐怖におびえた顔を見たルーベルト様が嬉しそうに微笑んだ。


「ほぉ、これはこれはいい顔をするな。ますます俺の嫁にふさわしい。こっちへ来い」


とルーズベルト様が長い舌をカレンに伸ばし巻き取ると、自分の横で抱きしめべろべろと舐めている。


 さすがの私もこの光景にはおぞましさを感じてしまう。べたべたになっていくカレンの服は少しずつ解かされていた。


「ルーベルト様お下品なことはここでは慎んでください。そういうことはちゃんとご結婚されてからがいいかと?」


「おっと、すまない。恐怖に満ちた顔に興奮してしまってな」


「うっ、うぇんっ、うぇんっ、お姉さま許してください」


 カレンは泣きじゃくっている。やはり、少し心が痛む。やり返したらスッキリするかと思っていたが意外にそうでもないらしい。これは性格にもよるのかもしれないが私の場合はあまり納得のいくスッキリではなかった。


やはり、この辺でもういいのではないかと悩んでしまう。すると、ルーベルト様が私に言った。


「お前はまた、もうこれで終わったとか思っていないだろうな?」


「えっ、どうしてそんなに私の心がわかるのですか?」


「優しいお前のことだ。本気で泣いている人を見捨てるような真似できないだろう?」


「正直これでもういいかなと思っていました」


「ぬるいな。まぁ後は俺に任せろ。カレンは俺が娶ってやる。気に入ったしな」


「これで……こんなことをして本当にいいのでしょうか……?」


「うちの家はどうなるのでしょうか?」


「この期に及んで心配をするのか。なら心が軽くなるために教えてやろう」


「エリナは、こいつらの血は通っていない」


「え? どういうことですか?」


 先程まで恐怖で泣きじゃくっていたカレンがハッとしたような顔をした。


「あいつらは自分たちが裕福になるためにお前を金と交換で引き取ったんだ」


「そんな……」


 今までの仕打ちはそういうことなのかと妙に納得してしまった。


「酷な話をして申し訳ない。ただこのままだと優しいエリナのことだ。家柄を守るためにまた無理をしてしまうのではないかと心配してな……」


「そうだったのですね。本当のことを教えていただきありがとうございます。正直こんなひどい目になぜ合うのか不思議でしたし、両親がなぜ私だけをかわいがってくれなかったのか苦しんでいました。それを聞いてもう私はこの家で我慢しなくて好きに生きていいのですね?」


「あぁ、そうだ。今までよく我慢したな。もう大丈夫だ。お前は十分頑張ったんだ。これからは好きに生きていいんだ」


 その言葉を聞いた私は涙が知らず零れ落ちてしまっていた。


「……ヒック……んっ」


「そうだ。泣いていいんだ。辛かったんだから。お前は自分の幸せを考えろ。あのときなぜ俺にあんなことを頼んだ? あれはお前が救ってほしいと思ったからであろう」


 ルーベルト様に言われて、約束した日のことを思い出す。




~回想~


 両親は遅くにできたカレンをたいそう可愛がり、わがまま放題に甘やかせていた。私はいないような存在で無視をされてきた。両親はカレンの着飾るものを私に買ってこさせるのだ。私の物は一つも買ってもらえず、一度だけ欲しかったブレスレットを自分で買ってきたことがあったが、怒られたのだ。それ以来私は何も買ってもらえないという事実を受け入れた。今思えば、もらい子だったからかもしれないが……


 当時の私は辛くなると、荒んだ心を癒すために森によく行っていたのだ。そして、ある日そこで小さなカエルが干からびそうだったのを見つける。パサパサだった体を潤わせるために、川まで持ち運び水浴びをさせてあげたのだ。そのカエルは体の緑色部分が美しく輝き、そして1人の金髪の若者へと成長したのだった。そして、彼は言った。


「優しいおなごよ。お前の願いを叶えてやろう」

「願いなど……ありません」


私はこの訳のわからない正体不明の男に話すのは危険だと判断した。


「聡いおなごだな。よしっ」


と言った瞬間、黒い光が私を覆う。走馬灯のように今までの悲しい記憶が蘇えり、涙を流していた。涙を拭い、今まで泣いていなかったことを思い出す。


「なんで私ばっかりこんな目に……」


私の心は真っ黒な感情でいっぱいになり、気づけば私はその男に言っていた。


「家族に反撃したい」

「ははは、今まで我慢して生きてきた純粋な奴ほど怒らせると怖いからな。いいぞ。どうする?」

「私の仮の婚約者になって下さい」

「そんな簡単なことでいいのか? 殺すとか復讐するとか他にも残虐なことはあるぞ」

「いえ。これでいいのです」


とまぁトントン拍子に婚約話がまとまったのはいいが、1つだけ困ったことがあった。そのカエルの正体が魔王だったということは予想外だった。もう後戻りはできない。その後はルーベルト様が記憶操作をしたり、うちに偵察に来ていたりとずっと機会を伺っていた。いつの間にか小さかったカエルも5メートルほどの体に大きくなっていたので、透明化をやめ、うちに来るときは人型で来るようになったのだった。しかし、その人型もあまり取りたくないらしい。基本は人間を恨んでいるかららしい。けれど、私は命の恩人だとなぜか特別扱いされていたのである。


「あのカレンという妹から邪悪なオーラが出ているが、美人だな。アイツは魔物か?」

「ふふふ。面白いこと言いますわね。まぁどちみち人型を取ったルーズベルト様は容姿端麗ですし、きっといつものようにあなたを欲しがることでしょう」

「ならそのまま俺が遊び相手にしてもいいのか?」

「遊び相手など困りますわ。真剣というなら私に止める権利はありませんが……でも、カレンは大のカエル嫌いですよ?」

「嫌がる女なら、なお楽しめるから問題ない」

「さすがは魔王ルーズベルト様ですね」


~回想終わり~



※※※※※※


 1人思い出に浸っていると、ルーベルト様が私に尋ねてきた。


「でお主はどうする?」


「実はカレンにばれるのが嫌でずっと好きな人がおりましたが気持ちを押し殺してまいりました。私はもう令嬢でも何でもないただのエリナになりましたので、女は度胸で告白だけはしてまいります。それで振られても今後は誰にも縛られずに自由に生きようと思います」


「ソイツと結ばれるようにしてやろうか?」


「やめて下さい。自分で頑張りたいんです」


「そうかぁ」


 すでにカレンはいつの間にか意識を失っていたようだ。さすがに色々と思うことがあったのだろう。きっとそうであってほしい。ルーズベルト様はそのままカレンを魔王国へと連れて行った。


 両親はカレンがいなくなり廃人のようになってしまったようだ。仕事も手につかなくなったミドリッチ家は陥没していった。


 カレンはというと、大嫌いなカエルとの共同生活、愛でられるという名の調教される毎日に心を閉ざしてしまい無口になってしまったそうだ。けれど、ルーベルト様は嬉しそうに言った。


「これはこれで人形のようでいいな」


 私はその人形という言葉を聞いて、昔の言いなり人形だった自分を重ねてしまい、口角を少し上げてしまったのは内緒である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

欲しがりの妹が婚約者を欲しがりましたので喜んで差し上げます SORA @tira154321

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ