第17話 王都

 暗闇の中をドラグソードは進んで行く。

 時刻は深夜を過ぎて、もうすぐ夜明けを迎える頃だろう。

 その証拠に東の地平線から朝日が見えてきた。

 空が明るくなるにつれて、ドラグソードが単騎で大地を駆けているのが見て取れる。

 同行しているはずの整備用の馬車の姿はない。

 何故なら、今のドラグソードの進行速度は、かなり速いからだ。

 足並みを見るに全速力ではなく、速歩きといったところだろうか。

 それでも歩幅のせいで馬よりも速いから、大型の馬車など簡単に置いてけぼりにしてしまう。

 あれからドラグソードは、単身で王都へ目指し続けた。

 伯爵に送られた公爵からの手紙を見たシスティアは、胸騒ぎを感じたので一刻も早く王の元へと行くことを望んだ。

 そのため疾風のように駆け出したい気持ちでいっぱいだったが、それは唇を噛みしめながら堪えた。

 何故なら、王都まで全速力で駆けつけても、魔力不足になって動けなくなっていたら有事に対処できなくなってしまうからだ。

 そうなっては、何のために急いだのか分からなくてしまう。

 まさに本末転倒だ。

 だから、逸る気持ちを抑えて、ちょうど良い速度で進んでいるのだ。

 やがて太陽は地平線より離れて高みへと昇って行く。

 ドラグソードの背よりも太陽が高い位置にくれば、ここが見慣れた風景だとシスティアは気づくだろう。

 そして、進む先にある闇が払われれば、王都が見えてくるだろう。

「そろそろ王都が見えてくるはずよ」

 焦る気持ちを抑えるためか、自分自身に言い聞かせるようにシスティアが告げる。

「わかった。速度を上げるか?」

 システィアの言葉を聞いたエバンスは、言葉の中に含まれた不安を感じ取って気遣う。

「いいえ。大丈夫よ」

 聞かれたシスティアは、一瞬拳を握りしめる。

 わずかばかりの葛藤はあったが、システィアはペースを変えないことを選ぶ。

 今はまだ、その時ではないと言い聞かせつつ。

 そうしている間にも、太陽は大地をあまねく照らすほどの高さへと昇っていく。

「ん?あれは?」

 見渡す限りの全てが明るくなったところでエバンスが何かに気づく。

「なに!どうしたの?」

 気もそぞろだったシスティアだったが、エバンスの様子に不穏なものを感じて荒い口調で問いかける。

「あれは、煙か?」

 エバンスが目を凝らす先にあるのは一筋の黒い線。

 それも一つや二つではなく無数にある。

 二人には、それらが不吉の予兆に見えた。

 正体が何であれ、見る者の心に不安を駆り立てるのは確かだ。

「走るぞ!」

 返事を待たずにエバンスは、ドラグソードを加速させる。

 後ろを見なくてもシスティアが、不安な気持ちに押し潰されそうになっているのを感じたからだ。

 ドラグソードの速度が馬よりも速い速歩きから、急降下する猛禽類よりも速い全速力へと移行する。

 それと同時に画面の流れる速度も上昇していき、天に伸びる不吉な黒い塔の正体もはっきりしていく。

「やっぱり煙か!」

 それが物の数秒で、火災などを思わせる煙であることを確信する。

 一縷の望み込めて煮炊きの煙であってほしいと願ったが、淡い希望は無残にも打ち砕かれる。

 まず、地平線の彼方から両手を広げたよりも大きな外壁が見えてきた。

 近ずくにつれて、外壁は高く大きくなっていき、煙が壁の内側から出ているのが見て取れた。

 それだけだと煮炊きの煙かと思うかもしれないが、それが違うということを思わざる得ないものが目に入る。

 外壁の次に目に入った者。それは、黒山の人だかりだ。

 しかもそれは、戦場に打って出る騎士や、戦火から逃れた避難民などという生易しいものではなかった。

 二足歩行はするが人間ではないもの。

 緑の小鬼に豚づらの巨漢。それと筋骨隆々な悪鬼。

 むせ返るほどの悪意と殺気を放つ異形の軍団。

 まさに魔王軍によって包囲されていた。

「そんな、まさか!」

 背後にいるシスティアが、絶望に打ちのめされた悲鳴を上げる。

 今の彼女の脳裏には最悪な展開の想像が駆け巡っている。

 門が破壊されて内部に怪物がなだれ込み、民衆が蹂躙される。

 さらには、城も陥落して兄である国王が討ち死にする。

 そんな光景が瞬き、視界と思考を暗くて鈍いものへと変えてしまう。

 いくら戦乙女のように振舞っていようとも、親愛する家族が死んだかと思うと動揺は隠しえない。

「突っ込もう!」

 悲観するシステイアの気持ちを察したのか、エバンスが決意のこもった口調でつぶやく。

「えっ!?」

 エバンスの言葉に、驚き目をしばたかせるシスティア。

 何を言っているのか解らないといった顔をしているシスティアに構わず、エバンスは決意の理由を語る。

「ドラグソードはじいちゃんが魔王と戦うために作ったものだ!だったら今やるべきことは絶望することじゃない。このまま突撃して暴れまわることだ!」

 初めは呆けていたシスティアだったが、エバンスの言葉が染み渡るにつれて元の戦乙女の表情へと戻っていく。

「ええ、そうね。そのとうりだわ!」

 生気を取り戻したシスティアは、決意を込めて強く操縦桿を握りこむ。

「お願い。エバンス」

「そうこなくっちゃ!」

 システィアの凛とした声を聞いたエバンスは、やる気をみなぎらせてドラグソードを全力疾走させる。

 さらなる加速を感じたシスティアは、外部スピーカーを起動させる。

「我こそはラピタス王国宮廷魔術師システィア。お前たち魔王軍を成敗する!」

 相手は野蛮な怪物達。宣戦布告したところで何の意味も無いだろう。

 しかし、あえてシスティアは雄叫びをあげる。

 己を奮い立たせるために。自分達に注意を引きつけるために。

 そして、システィアの思ったとうりに、目の前の魔物の軍勢が一斉にこちへと振り向く。

 最初、彼らは何事かと訝しげな目でこちらを見ていたが、相手が単身で突撃しようとしている愚か者だと知り猟奇的な笑みを浮かべる。

 包囲網の最後尾で暇を持て余していた魔物達が、手頃なオモチャが現れたと思って動き出す。

 余裕の足取りでこちらに向かう一団を見てエバンスは、ドラグソードの右手にあった旗を背中の大剣へと持ち替えた。

 人間なら両手で持つような大剣をドラグソードは軽々と振り回す。

 豪快に大剣を振るう様を見ても、魔物達の侮った態度は変わることはない。

 いくら自身の身の丈と同じくらいの大剣を振るうおうとも相手は単騎。

 囲ってなぶりものにできると思っていた。

 そのため、朝焼けの彼方から迫るのが巨人だとは思いもしなかった。

「くらえ!」

 エバンスは、雄叫びをあげてドラグソードに大剣を振り下ろさせる。

 しかし、まだ遠い。

 高速で駆けてはいるが、長槍をはるかに超える間合いがある。

 このままでは無様にも空振りして、大剣を地面に打ち付けてしまうだろう。

 そうなることが予想できた魔物達は、嘲りの表情となる。

 このままみっともない姿を晒すことになっていたなら大爆笑していただろう。

 しかし、そうはならなかった。

 なぜなら、先頭でいやらしい笑みを浮かべていた魔物の脳天に大剣が打ち下ろされたからだ。

 オーガと思われる角のある巨漢が一瞬で真っ二つになる。

 大口を開けてバカにしてやろう待ち構えた顔のままで、体が左右に泣き別れてしまった。

 もしかして本人は、自分が死んだことに気づいていなかったかもしれない。

 それほどまでに印象的な間抜けヅラをさらして死んでいた。

 まさに青天の霹靂といった出来事に、間近で見ていた魔物達がざわめきだす。

 信じられない出来事に驚いていた魔物達だったが、次第に正気に戻って怒りの感情をむき出しにしていく。

 しかし、高まる憎悪をぶつける相手は目の前にはいない。

 同僚を一刀両断した大剣は、大地を穿って突き刺さってはいる。

 されど柄のある所には、それを握っているはずの手はない。

 代わりに根元の部分からは、背骨のような物が連なりのびている。

 奇妙な連結の先には、剣の柄を握って振り下ろした姿勢でいるドラグソード。

 まさに、弓矢に匹敵する間合いの敵を切り裂いたのだ。

 ドラグソードの右手に握られている剣の名は【テイルソード】。

 大剣のような形をした尾の先端を武器に加工した物だ。

 ただし、尻尾から切り離して作り出したのでは無い。

 竜の尻から尻尾を丸々取り外して加工したのだ。

 竜の尻尾の先端を見たマクガソンは、武器にすることを思いついたが、普通の大剣を作るのを良しとせず一計を案じた。

 それは、空間魔法で尻尾を丸々柄に収納するというものだ。

 柄に収められた尻尾は、自由に長さを調節できるようになっている。

 そのため、テイルソードは目の前の相手だけではなく、離れた距離にいる相手も叩き切ることができるのである。


 ドラグソードが右手を引く。

 すると、地面に突き刺さっていた大剣が、一瞬の抵抗を見せた後に引き戻される。

 長くのびたカメレオンの舌のような物が、太くて長い柄へと巻き戻されたことで再び一塊の大剣へと姿を戻す。

 同僚に死を与えた武器の持ち主がドラグソードであることを確認した魔物の軍勢が、雄叫びと地響きをあげながら駆け出してくる。

 彼らは皆、血と闘争に飢えた顔をしており、仲間の死に様から何かを学んだようには見えなかった。

 それでも悪鬼の形相をした軍勢が猪突猛進する姿を見れば、誰もが恐れおののいて逃げ出すことだろう。

 しかし、ここにいるのは、とっくの昔に戦場に立つ覚悟を決めた二人だ。

 今さら怖気づくことなど微塵もない。

 エバンスは、ドラグソードを作った全ての人達の思いを背負って足踏板を踏み込む。

 システィアは、人類の反撃の狼煙となる呪文を唱える。

「でぇりゃぁ!」

 全力で駆けるドラグソードが、テイルソードを横薙ぎに振るう。

 双方勢いよく迫っているが、まだだいぶ距離がある。

 しかし、ドラグソードが持つのはテイルソード。

 長槍の倍の距離であっても、充分必殺の間合いになる。

 太めで長い柄から尾骨が伸びて、舐めるように最前列の敵を撫で斬りにしていく。

 居合のごとき一閃で、多くの魔物達の胴が泣き別れにしていくが、後続は恐れを見せることなど微塵もなく、ひたすら真っ直ぐ突撃してくる。

 エバンスは、巧みな操作で切り返しを行おうとするが、わずかばかりに早く向こうの体当たりが決まりそうだ。

 だが、エバンスは、ドラグソードに回避行動や防御体制をとらせようとはしなかった。

 それは、自分の技量に絶対の自信があるからなのだろうか?

 いや、違う。

 信頼できる仲間が、いるからこその行動だ。

「ライトニングボルト!」

 システィアが詠唱を終えた魔術を発動させる。

 大いなる魔法の力は、操縦席の中で暴れまわるようなことも無く、ドラグソードの目の前に魔法陣を形成してから紫電を放つ。

 ドラグソードの魔力を上乗せされた雷撃は、あと一歩の所まで迫っていた魔物の軍勢に襲いかかり、一瞬のうちに消し炭に変えていく。


 ズドーン


 勢い余った雷撃が外壁に当たってしまう。

 轟音が聴覚を打ち抜き土煙が晴れた後、そこには人間一人が通り抜けできそうな穴が開いていた。

「あっ!」

 思わずやってしまったことに気づいたシスティアは口に手を当てて驚き、次いで青ざめた顔で目を逸らしてしまう。

 流石のシスティアも、やらかしてしまったことを無かったことにしたいと後悔している。

「後悔するのは後だ。システィア!」

 システィアがもらした小さな驚きの声と気配で察したエバンスが声をかける。

「まずは目の前の敵をかたずけるのが先だ!」

「ええ、そうね」

 激励のかけられたシスティアは、嬉しそうな顔を一瞬見せるが、すぐさま喝の入った顔になる。

 気持ちの切り変わったシスティアは、次の必殺呪文の詠唱を始める。

 その間にもエバンスは、ドラグソードにテイルソードを振るわせ続ける。

 縦横無尽なその動きは、まるで獰猛な大蛇のように荒ぶって見えた。

 鎌首代わりの大剣が跳ね回るたびに五体が切り刻まれ血飛沫が舞い散っていく。

 まさに残酷でありながら幻想的にも見えてしまう不思議な光景だ。

「いいわエバンス。敵を引き寄せながら街から離れて!」

 呪文を唱え終わったシスティアは、すぐには解き放つことはせず遅延状態にする。

 そして、先ほどの反省を生かした指示を出す。

「わかった!」

 システィアを信頼しているエバンスは、多くを聞くことなくドラグソードを走らせる。

 周囲を見渡すシスティアは、信頼に応えるべく絶好のタイミングを見計らう。

 今、ドラグソードは魔物に取り囲まれていた。

 猛威を振るう武器を持っていても、ドラグソードはたった一機で戦っている。

 このままでは身動きが取れずに物量で押し潰されてしまうだろう。

 エバンスは、包囲が狭まる前にテイルソードを振るって突破口を開く。

 だが、魔王軍の物量は凄まじく、こじ開けた穴をすぐさま閉ざさんとする。

 その様子にエバンスは、慌てふためき怯むことなく真っ直ぐに突き進んでいる。

 このまま猪突猛進すれば、血に飢えた肉壁に阻まれて噛み砕かれてしまっていただろう。

 ドラグソードに乗り込んでいなければ。

 そう、エバンス達は10メートルもの大きさの巨人に乗り込んでいる。

 ならば、オークやゴブリンごときは簡単に踏み潰すことができる。

 戦いの高揚感にある魔物達は、そのことに気づくことなく蹴散らされてしまう。

 この時になって彼らは、自分達が巨人と相対しているのを初めて知ることになった。

 だが、彼らは止まらない。いや、止まれない。

 後ろから味方に押されているというのもあるが、一度敵だと見なした相手は滅ぼすか屈服させねばならない。

 それができなければ自分が滅ばされるか従属するしかない。

 弱者は強者に服従する。それが魔物達の唯一にして単純な掟だ。

 ゆえに、魔物達は後戻りすることなく押し寄せ続ける。

 そのため、ドラグソードは暴れ回りながら敵を引き寄せることができるのだ。


 ズザザザザ


 ドラグソードが振り向きながら急制動をかける。

 足を止めたドラグソードに容赦なく襲いかかる魔物達。

 正面からは津波のように押し寄せ、あぶれたもの達が竜巻のように取り囲む。

 獰猛な荒波の前にエバンスは、ドラグソードを身構えさせる。

 テイルソードを振り回すことなく立ち尽くしているように見えるのは、恐怖で身を強張らせているからではない。

「システィア!」

 エバンスが振り向いて叫ぶ。

 それは死を覚悟した悲惨な顔ではない。

 信頼を寄せる相手に好機を伝えるためのものだ。

「サンダーストーム!」

 待ちわびた瞬間が訪れたことを知ったシスティアは、溜め込んだ力を故郷を蹂躙された怒りと共に解き放つ。

 ドラグソードの足元に巨大な魔法陣が浮かび上がり、昇竜のように雷撃が荒れ狂う。

 名前に恥じぬ威力の前に、嵐の中の魔物達は逃げる遑さえ与えられず、その身を焼かれて全身の水分を蒸発されていく。

 ドラグソードの魔力を加算された範囲攻撃魔法が猛威を振るい終える。

 紫電の閃光が収まった後に残ったのは、残心するドラグソードと消し炭となった魔物だったものと焦げた臭いだ。

 絶対的な勝利を確信した二人。

 全ての魔物を倒したわけではないが、運良く範囲外にいた生き残り達は、この惨状に怖気ずき足踏みしている。

 離れていても動揺しているのが手に取るようにわかる。

 あともうひと押しすれば敗走する。

 そう思った瞬間、耳をつんざくほどの雄叫びが王宮の方から響き渡った。

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