第16話 裏切り

「拘束するとは、どういうことかしら?」

 伯爵の言葉は、とても衝撃的だ。

 だが、システィアは悲観して現実逃避などはしない。

 怯む事なく相手を睨みつける。

「私たちは一刻も早く王都に、いいえ、最前線にドラグソードを、持っていかねばならない!」

 システィアの言葉に慈悲に訴えかけようとする弱気な雰囲気は感じられない。

 邪魔するものは容赦しないという気迫を感じる。

 そのためか、伯爵の背後に控えている兵士達は、すっかり尻込みしてしまう。

 相対する伯爵も、後退りしたくなるのをグッと堪えて己の考えを話す。

「人類は、もう終わりです。システィア様」

 悲観的な考えを聞いたシスティアは、怒りの感情を身にまとう。

 伯爵は、睨まれて恐れを感じるが怯まずに言葉を続ける。

「今回の襲撃で勇者は現れなかった。そのせいでギガンテスとホーリーベルの二大国は滅びました」

「だから人類は滅びると?」

「そうです!」

 システィアの確認の言葉に、伯爵は静かに悲しげに答える。

 絶望的な顔をする伯爵の態度にシスティアは、許し難い怒りを感じた。

 何故、抗って生を掴み取ろうとしないのか?

 たとえかなわなくとも一矢報いようとは思わないのか?

 最前線で戦うことを望むシスティアには理解できない考えだ。

「人類は、まだ終わってなどいない!」

 だから、次に続く言葉は、自然と拳を握った力のこもったものになる。

「私たちには、ドラグソードがある!」

 強い意志のこもった言葉を聞いて、伯爵の後ろにいる兵士達の心に迷いが生じる。

 この中には、伯爵と共に大地を力強く歩くドラグソードを見た者も当然いる。

 彼らは、ドラグソードの雄々しい姿に希望を感じる者もいた。

 それは、道中でドラグソードに遭遇して腰を抜かしていた人逹も同じだっただろう。

 彼らが噂を流すことによって、徐々に魔王打倒の機運が高まるだろう。

 後は、この流れをいかにして大きくしていくかだが、伯爵の考えは違った。

「あんな物は、ただのゴーレムではないか!」

 機密が多いため断片的な説明しか聞けなかった伯爵は、ドラグソードの可能性を信じることができなかった。

 そのため、ただのゴーレムと大差のない存在にしか思えなかった。

「今さらゴーレムの一つや二つが増えたところで何になるというのだ!」

 システィアの気迫に負けないくらいの迫力のある大声で、伯爵は否定の言葉を放つ。

 それは、後ろにいる兵士逹が飛び上がって驚くほど迫力があった。

 普段の伯爵は、物静かで物事を深く考え込んでしまう性格をしている。

 時には、優柔不断と陰口を叩かれてしまうほどだ。

 そのため、大声を出すことなど滅多にない。

 そのような人間が叫ぶとはよっぽどのことなのだろう。

 だが、システィアは人類の未来を担ってドラグソードを持ち帰らないといけない身だ。

 このまま相手の気迫に畏縮するつもりなどない。

 さらなる強烈な言葉でもって反論しようとするが、それに割って入る者がいた。

「じいちゃんの作ったドラグソードをバカにするな!」

 製作者の孫であるエバンスだ。

 エバンスは、伯爵がドラグソードを侮る態度をとっているのが許せなかった。

 ドラグソードは、祖父であるマクガソンの他に、多くの職人が苦労を重ねて作り上げた逸品だ。

 極秘で開発されたため苦労話を聞くことはなかったが、それでも動かした時の感触で理解できるものがある。

 操縦桿を握れば作り手の熱い想いが伝わってくるのだ。

「な、なんだ貴様は!従者の分際で!」

 思わぬところから憤怒の言葉を浴びせられた伯爵は、驚き動揺してしまう。

 体裁を繕うために糾弾するための声をあげるが、その程度ではエバンスの勢いは止めることなどできない。

「オレが誰かなんてどうだっていいだろう!」

 それからエバンスは、雄叫びをあげるように、ドラグソードについて熱く語っていく。

 ただし、話す内容は、どれだけ高度な技術で作られたかという専門用語を羅列したものではない。

 自身が乗り込んで、いかにして戦い勝利したかという体験談である。

 エバンスは吟遊詩人ではないので、流暢に盛り上がる話をすることはできないし、戦闘は初陣の後から全く経験していない。

 しかし、エバンスの言葉には、実際に体験した人間だけが語ることができる迫力と説得力があった。

 顔を真っ赤にしながら、が鳴り続けるエバンスの姿を見て、兵士逹の心の迷いはどんどん大きくなる。

 伯爵も、場の空気が自分にとって不利なものへと変わっていくのを肌で感じていく。

 そのため、このままでは兵士たちは、自分の命令を聞かないのではないかと不安になってしまう。

 だから、話の腰を折って中断させるために怒鳴りつける。

「だ、黙れ小僧。誰か、この不埒ものを捕まえろ!」

 慌てた様子でエバンスを指差す伯爵。

 兵士逹は、迷いのためか動きは鈍いが、それでも剣を抜いて前へと進む。

「なんだ、やるのか!」

 熱弁を奮っていたエバンスは、興奮冷めやらぬ状態になっているので血気盛んだ。

 しかし、やる気はあっても武器がない。

 いくら町一番の剣士である父親から手ほどきを受けたとはいえ、今は丸腰だ。

 やり合う相手も、及び腰とはいえ正規の兵士だ。

 弱い者イジメをしてくるゴロツキとは訳が違う。

 しかも、多勢に無勢だ。勝ち目があるようには見えない。

 それでも、エバンスはファイティングポーズを取り、やる気だ。

 相手の実力も人数差など関係ない。

 ただ、一発殴らなければ気が済まないのだ。

「エバンス。受け取れ!」

 背後から、エバンスの熱い思いに感化されたかのような声が響く。

 何事かと思って振り向くと、自分に向かって来る物がある。

 驚きはしたものの、慌てることなく受け止める。

 敵意を込めて投げられた物ではなかったので、手に痛みを感じることなく余裕で掴むことができた。

 自分が手にした物が何なのかをよく見る。

 凝った装飾の施された棍棒だと思われる者だ。

 飛んできた方を見ると、ダルバンが親指を立てて笑っていた。

 空いた手には、よく似た作りの棍棒が握られている。

 さらには、後ろにいる弟子逹も棍棒を持って身構えている。

 いつの間にか人数分の棍棒が用意されていた。

 職人の仕事の速さにエバンスは舌を巻く。

 彼らは全員、不敵な笑みを浮かべて、やる気を滾らせている。

 武器を手にして戦闘準備が整った姿は、まるで爆発前の火山のような緊張感がある。

 その姿に頼もしさを感じたエバンスは、武器を構えてすり足で近づく。

 まさに一触即発の状態だ。

 何らかしかのきっかけがあれば、即座に暴発して雄叫びを上げながら突撃するだろう。

 その様子を見て伯爵は、冷や汗をかいて歯噛みし後退る。

 ここまでにおいて伯爵には想定外のことが起こりすぎていた。

 初めは従者を捉えて人質にして、システィアを拘束するつもりだった。

 恐らくシスティアは人質を見捨てられずに、拘束を受け入れると踏んでいた。

 そのため、真っ先にシスティアを泊めた部屋に押しかけたが、もぬけの殻だった。

 急いで居どころを突き止めてやってきたが、彼らはおとなしく捕まってくれるほど生易しい相手ではなかった。

 今ここで兵士逹をけしかけて無理矢理捕まえようとすれば、大怪我をして返り討ちに合うかもしれない。

 伯爵にそう思わせるほどに、彼の部下逹は士気が低く、反対にエバンス逹はやる気に満ちていた。

 それでも、ここまできた以上、後には引けぬと思い号令をかけようと息を吸い込む。

 腕を振り上げて怒号とともに振り下ろそうとした時、後ろから

力強く制止させる声が響く。

「そこまでにしてください。父上!」

 気勢をそがれた伯爵は、驚き間の抜けた顔になって硬直してしまう。

 それから、錆びついた歯車のような動きで声をかけてきた相手のいる背後へと振り向く。

 伯爵と同様に、その場にいる全ての者が、声の主を注目する。

 多くの人間の視線の先にいたのは、伯爵の息子のダディスが

息急き切って立っていた。

「ダディス!? お前が、どうしてここに? 部屋に戻っていろと言ったはずだ!」

 息子の姿を見た伯爵は、最初は驚いた顔をしていたが、次第に怒りの形相へと変化していく。

 そのまま人目もはばからず、怒鳴りつけながら嵐のように詰め寄っていく。

 だが、当のダディスは恐れることも、縮こまることもなく、どこ吹く風といった感じで、まっすぐに父である伯爵を見つめている。

 今のダディスの表情から読み取れる感情は、父親に対する恐れや尊敬などではない。

 どちらかといえば、悲しみや哀れみが多く表せられていた。

 ダディスの目の前まで来た伯爵は、横槍を入れられたことへの怒りをぶつけるように頬を平手打ちにする

 短くて乾いた音が、部屋いっぱいに響く。

 頬に赤く腫れた後をつけたダディスは、ショックを受けた様子は見せず、表情を変えぬまま伯爵へと向き直る。

 頬を打たれても物怖じしない息子の態度に、伯爵は何とも言えない不気味さと気まづさを感じて、思わず後退る。

「父上。あなたが、このような凶行に出たのは、この手紙が原因ですね?」

 そう言いながダディスは、懐から一枚の書状を取り出して見せる。

「そ、それは!?」

 目の前に突きつけられた手紙を見た伯爵は、顔を青くして悲鳴を上げる。

 そして、両手を激しく振り回しながら、手紙を取り返そうと襲いかかる。

 しかし、狂乱した伯爵の動きが単純なのか、簡単に転がされて拘束されてしまう。

「それはいったい何なのかしら?」

 伯爵が慌てふためく姿を見たシスティアは、好奇心に駆り立てられて不用意に近づいていく。

 誰かが止めるべきなのだろうが、あまりにも自然で流れるような動きであったため、誰も止めることができなかった。

 瞬く間に目の前に近づかれたことには面食らったダディスだったが、すぐに気を取直してシスティアへと書状を渡す。

 恭しく渡された手紙をシスティアは、何の警戒心もなく信頼しきった態度で受け取る。

 それを見て周りは、システィア以上に緊張感のある面持ちになる。

 もしもの時は、自分が身を賭して守るといった顔になっている。

 手紙を渡すと見せかけて、騙し討ちをするのかと思って身構えていたが、そんなことにはならなかった。

 心配したことが、おこらなかったので緊張した雰囲気が少しづつ緩んでいく。

 当のシスティアは、周りの心配など気にすることなく黙々と手紙を読み進めていく。

 皆から一挙手一投足まで見守られている中、システィアの表情が見る見る内に変わっていく。

 初めは好奇心に満ちたものだったが、驚いて青ざめたものになり、やがて怒りに震え出す。

 まさに怒髪天をつくと言った感じになり、熱波が放たれたような錯覚に陥り周りは一歩退いてしまう。

「どうしたんだ?」

 鬼のような形相と迫力に周りが圧倒される中、エバンスは臆することなく近づいて事の次第を聞いてみる。

 問われたシスティアは、射殺すような鋭い眼差しを向けるが、相手がエバンスだとわかると慌てて柔和なものへと表情を変化させる。

 それから、一旦深呼吸してから心を落ち着かせてから、重々しい口調と心情で話し始める。

「叔父が…」

 見惚れてしまうほどに憂いに満ちた儚げな表情。

 先ほどの鋭い目つきには痺れるものを感じたが、そのすぐ後に、このような表情を見せられると感極まってしまう。

 しかし、今は呑気に見惚れている場合ではないので、話に集中する。

「いえ。公爵が裏切りました!」

 手紙を渡されたエバンスは、最初はためらったが、システィアの焦燥の理由を知るために吟味するように読み始める。

 それによると、魔王軍四天王の一人である死霊王なる人物から、魔王軍に着けば所領を安堵することを持ちかけけられた。

 二つの大国も敗れ、勇者も現れない今、もはや人類に明日はないと思った公爵は、この提案を受け入れることにしたようだ。

 さらに、今魔王軍に着けば、自分同様身分は保証することを死霊王は約束してくれたとある。

 手紙を読み終えたエバンスは、怒りの表情となり、力一杯手紙を握り潰した。

 祖父をはじめとするドラグソードの開発に携わった全ての人間の努力が蔑ろにされた気分になったからだ。

 このまま手紙を破り捨てて踏みつけてしまおうと思ったが、システィアに止められる。

「待って!それは大事な証拠の品よ!」

 システィアは、エバンス以上に怒りを感じているはずだが、大事の前の小事と思い、勤めて冷静に振る舞う。

 エバンスは、唇を強く引き結んだシスティアを見て、冷水を被せられたかのように冷静さを取り戻す。

 今ここで怒りのままに暴れ出しても意味のないことなのだから。

 システィアが、怒りを抑えた顔をダディスへと向ける。

 瞳の奥に憤怒の炎をたたえた眼差しを向けられたダディスは、背筋に薄ら寒いものを感じながら、多くを悟って指示を出す。

「父上。あなたを拘束します!」

 息子であるダディスに、そう言われ伯爵は抗議の声をあげようとするが、冷ややかな眼差しを向けるシスティアを始めとする周りからの圧に観念してうなだれてしまう。

「システィア様。ここは私に任せて先をお急ぎください」

 自分も一緒に行きたいという思いを押し殺して、ダディスは後始末に奔走することにする。

「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうわ」

 システィアは、ダディスに感謝と情熱のこもった握手をする。

 それに対してダディスは、喜びと寂しさが半々に混ざり合った顔になる。

 そして、システィアが旅の仲間へと振り返った後、父には恨みのこもった目で睨み、エバンスには嫉妬と羨望を込めた視線を向ける。

「行きましょう。王都に!」

 そんなダディスの心境には気付かずに、システィアは元気一杯な掛け声を放つ。

 まるで不安を吹き飛ばすように。

「まちな!」

 そのまま駆け出そうとするシスティアを、鋭く重厚感のある声が止める。

 重石をしたかのような声で呼び止めためたのはダンバルだ。

 システィアを金縛りにするように呼び止めたダンバルは、床を踏み抜かんばかりの勢いで近づいてきた。

「姫さんよ。今夜一晩時間をくれないか?」

 有無を言わせぬ迫力で聞いてくるダンバル。

 その道を極めた職人だけが出す気迫に固まるシスティアを余所に、ダンバルは話を続ける。

「オレ達が寝ずに整備して最高の状態に仕上げる! だから、あんた達は、その間に休んでいてくれ」

 その言葉に職人の誇りを感じたシスティアは、否とはいえずダンバルに全てを任せることにする。

「聞いた野郎共!今夜は徹夜だ。腑抜けた仕事をする奴はブン殴るぞ!」

 ダンバルのドスの効いた怒号に、誰も怯えた様子も嫌な顔をする者もなく雄叫びで返す。

「急げ!」

 血に飢えた野獣のような顔で駆け出す整備士達の迫力ある姿に、誰もが戦々恐々と道を開けていく。

「さてと」

 部下が走り去っていくのをダンバルは、後に残った物を見て溜め息をつく。

「やっちまったものは仕方ないか」

 そこにあるのは、イスや机だった物の残骸だ。

 ダンバル達は、イスや机の脚を取り外して即席の棍棒にしていたのだ。

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