112 罠
雨の中に突然の爆発音が木霊する。
「うあぁー! おっさんがいない! そんな……そんな……! うあぁー!」
「落ち着いてリンメイお姉ちゃん! お兄ちゃんはまだ生きていますよ!」
ラキちゃんの必死な訴えに呼応するように、突如何もない所に影が生じる。するとそこから、兎人の盗賊が頭の方から徐々に姿を現した。
そして彼の足元には……尻餅をついた格好の俺がいた。
――突如視界が暗転したのでもうダメだと思ったが……、助かったのか俺は……。
「おっさん!」 「お兄ちゃん!」
突然リンメイとラキちゃんに抱きつかれてしまう。その後ろでは大家さん達がホッと胸を撫で下ろしていた。
「うわっぷ! ちょっ、ちょっと二人ともっ……! ――そうだ、助かったよありがとう! ……って、おい!?」
助けてくれた礼を言い見上げると、兎人の盗賊は誰かをお姫様抱っこしていた。そしてあろうことか、二人とも全身が血まみれな状態だったのだ……。
「間に合って良かった……」
彼は力なく微笑むと、突然崩れるように片膝をついてしまう。
「大丈夫か!?」
俺の声で漸く俺の命の恩人の状況を把握したラキちゃんは、慌てて二人に神聖魔法を掛けてくれる。
程なくして兎人の盗賊は顔に生気が戻ってきたのだが、抱えられている人物は未だにぐったりとしたままだった……。
「――! ありがとうございます、ラキシス様」
ラキちゃんの名前を知っている事に驚いてしまうが、今は気にしない事にする。それよりも兎人の盗賊が抱えている人物の方が気になる。
抱えられている人物は兎人の盗賊と全く同じ格好をしている事から、二人は仲間なのだろう。そして仮面を付けたままだったが、体型からして女性であることが分かった。
そして彼女は、ラキちゃんの神聖魔法を受けても反応が無かった。という事はまさか……。
「そちらの女性はもしかして……、もう……」
俺が言い淀むと、兎人の盗賊は察したようで微笑み、
「大丈夫、まだ生きているよ。――ただ、僕を助けるために力を使い果たしてしまってね……今はまだ起き上がる事ができないんだ」
「そちらの方、ヴァンパイアなのですね?」
「――! ええ、だから時間が必要なんです」
大家さんの言葉に驚くも、敢えて否定をする事なく正直に答えてくれる。そうか、彼女はヴァンパイアか……。
今はまだ日中のため、力は人の半分程度まで低下してしまっているはず。そして彼を助けるために力を使い果たしてしまったと言う。
――ならば……。
俺は
手首から血が滴り落ちる。
「おいおっさん!?」 「お兄ちゃん!?」
周りは騒然とするも、俺は左手で待ったの合図をする。
「知り合いのヴァンパイアによると俺の血は特別製らしくてね、どうも賦活の力があるらしい。――助けてくれたお礼だ。俺の血を使ってほしい」
「――! いいのかい?」
「ああ」
兎人の盗賊はぐったりしたままの女性の仮面を外すと、彼女の耳元で囁くように口を開けてくれとお願いしたようだ。
仮面の下は血のように赤い髪をした、艶めかしい美しさの女性だった。まさに妖艶ともいえる美しさで、超絶イケメンな彼と並び立てばさぞかし絵になるだろう。
どうやら聞き入れてくれたようで、彼女は少しだけ口を開いてくれる。そこへ、俺は滴り落ちる血を流し込んであげた。
” 「――てことはだ、ケイタ君の体は女神様に一から造ってもらった特注品てことじゃないか! しかもまだ一年も経っていない! そうか……、だからケイタ君の血は赤ちゃんの血以上に賦活の力が溢れていたのかぁ。なるほど、なるほどっ、そうかっ……うふふふふふふ……!」 ”
先日 『紅玉の戦乙女』 と一緒に俺がこの世界へ飛ばされた
それから 「もう君を離さないぞっ!」 とルパンダイブさながらに俺に抱きつこうとしたのを、ラキちゃんが全力で阻止していたのを思い出してしまう……。
ポーションの小瓶ほどの量を注いだ辺りだろうか、ぐったりとしていた女性は突如驚いたように目を見開くが、再び目を閉じてしまった。
それからは、なんだか先程よりも気持ち口を大きく開け、さながらもっと餌をくれとせがむ雛鳥のように顎を上げてきた。うーん、この様子なら、もうそろそろ切り上げてよさそうだな……。
「は、はい、これでおしまい」
「――! えぇ~!?」
突如彼女はがばりと起き上がると、不満の声を漏らしてきた。
しかし俺の手首からは、もう血は流れてはいなかった。俺の言葉に反応し、ラキちゃんがすぐさま手首の傷を治してくれたようだ。
「ははっ、これだけ元気になれば、もう大丈夫かな?」
「えっ? あっ、はい……。あの……ケイタさん、ありがとう……ございま……す……」
名残惜しそうに手を伸ばしていた彼女は、おずおずと手を引っ込めると気まずそうにお礼を述べてくれた。
今度は彼女が俺の名前を知っていた事に、ちょっと驚いてしまう。他の皆は彼女の突然の行動に少々驚いてしまったようだ。
「皆さん、あまりここでの長居はできません。魔物がこちらへ向かっています」
「うむ、サリア殿の言う通りだ。そろそろここを離れないと不味いぞ」
これだけ雨が降っていても、やはり爆発による衝撃波は誤魔化せなかったか……。
「ああ、とりあえずそこの通路へ急ごう。――皆もう分かっていると思うが、そこの水面から出ている石畳は全て罠だ。絶対に踏まないでくれ。あと、それ以外にもまだ罠があるかもしれない。――リンメイ、君のギフトだけが頼りだ。ギフトで罠を見つけ出してくれるか?」
「任せろ! もうこんなヘマ、二度としないっ!」
リンメイは涙ぐんでいた目を拭うと、俺に胸を張って宣言してくれる。
「こんなものぉ!」
――ボフン、ボフン、ボフン、ボフン、ボフン……!
突然ラキちゃんが周辺の水から出ている石畳全てにドーム状の結界を張ると、続けて土魔法で作った
「ありがとラキちゃん、これで安全に通れるよ! ――よし、それじゃ急いで……」
「待って! ――よくもケイタさんをっ……! 精霊よ!」
ラキちゃんが道を切り開いてくれたので急いで移動しようとしたのだが、突然大家さんが待ったをかけて精霊魔法を唱えだした。
常に柔和な大家さんが怒りを
――ズドドドドドォーン! ザァ―!
通路へとなだれ込んだ水の大蛇はそのまま洪水となって通路を埋め尽くし、余剰の水流が勢いよく逆流してくる。
しかし大家さんは、その逆流に目的のものが流されてこなかったようで眉根を寄せてしまっていた。
「……逃げられましたか」
「もしかして、この罠を仕掛けた連中です?」
「はい。先程の爆発で、魔物だけでなく罠を仕掛けた人物もおびき寄せていたようです。でも、取り逃がしてしまいました……」
「気にしないでください。大家さんのおかげで待ち伏せを防げましたし、罠があったかもしれない通路が綺麗になったんです。寧ろ助かりました!」
それから俺達は改めて通路へ移動しようとしたのだが、兎人の盗賊とヴァンパイアの女性の二人は、その場を動こうとしないのに気が付く。
「君らは来ないのか?」
「うん。僕らはこの辺で失礼するよ」
「そうか。……何度も助けてくれてありがとう。いつかしっかりとお礼がしたい。――気を付けてな」
そんな俺の言葉に、彼は微笑みながら
「……もう十分に恩を受けているさ。ケイタ君、この先の
「ダンジョンで一番恐ろしいのは、人の仕掛けた罠よ。みんな、気を付けてね。――あたしら、この先の
そう言い、ヴァンパイアの女性はペロッと舌を出す。そして二人は寄り添いながら、俺達に向かって手を振ってくれた。
二人は本当に美男美女で絵になるもんだから、惚けてしまいそうになる……。
この時俺はふと彼と初めて出会った時の事を思い出し、身に付けていた 『水神の御守り』 を外して彼らに投げ渡してあげた。
「――! いいのかい?」
「ああ。ボス部屋がすぐそこなら、もう俺には必要ないからな。良ければ使ってくれ」
「ありがとう」
彼は最後に眩しい笑顔を見せると、再び影の中へと消えて行った。
周囲からは、既にランタントードのおたまじゃくしが大量に群がってきている。俺達は急いで通路の方へ逃げ込んだ。
通路の中は大家さんの魔法によって綺麗さっぱり洗い流されていた。
おかげで、兎人の盗賊が教えてくれた
「ここで休憩しよう。――この先からは罠を仕掛けた奴等との戦いになるだろうから」
「そうだな。ついでに腹ごしらえもしとこうぜ!」
「了解だ」
罠を仕掛けた奴等が大家さんの精霊魔法を躱したのならば、この
となると、ここがボス部屋までの間にある最後のセーフティゾーンとなる。
ここを抜けた先からは一寸も気を抜く事ができないだろう。そのため俺達は、ここで十分な英気を養う事にした。
生活魔法によってずぶ濡れとなっている全身の水気を落とすと、やっと人心地つく。
しかし罠を仕掛けた連中が
「罠を仕掛けた連中ってさ、やっぱり王子様を狙ってる奴等なのかな?」
「それしか考えられんだろう。間違いなくハルジャイールの手の者だ。恐らくだが、 『ハルジの閃光』 を倒した我らとは正面切って戦うのは無謀と判断したから、
「なるほどねえ」
それから王子様は、連中は元々は傭兵なのではないかと教えてくれる。傭兵は市街戦などの戦場で、よくこの手の罠を仕掛けるのに手慣れているからとも教えてくれた。
罠に関しては、ダンジョンに籠ってばかりの冒険者よりも、実際の遺跡などを探索したり野盗のアジトを潰したりする冒険者の方が詳しい。そして、自ら罠を仕掛ける傭兵は更に詳しかった。
なので罠に関して素人の俺達は、この先に待ち構える戦いに非常に分が悪かった。
ふと、罠に関してはリンメイのギフトに頼るしかないが、別に全員がどんな罠があるのか知っておくのも、この際良いんじゃないかと思いつく。
それにリンメイのギフトは、情報を吸収すればするほど精度が増す事を思い出した。
「なあ王子様、王子様が知ってるそういった戦場での罠を、俺達にも教えてくんねーか? その後で俺も元いた世界で知った罠を教えるからさ」
「む、いいだろう」
さすが王子様というだけあって、軍事的な面での勉強もしっかりとしていた。俺達に、戦場ではどのような罠が仕掛けられているのかを色々と教えてくれる。
その後、俺もネットや本で得た知識程度ではあるが、王子様の説明に含まれていないような罠を皆に紹介してあげた。
あまりに姑息だったり、なるほどなと唸らされる罠の説明を、皆は表情をコロコロと変えながら聞き入っている。
皆に好評というか驚かれたのは、ネットでよく見る 『家の中にある絵画など、傾いている額縁を真っ直ぐに直すと爆弾が発動する』 というものだった。
「えー、マジかよそれ」
「なんでも、几帳面な性格した将校などが引っ掛かり易いんだってさ」
「あはは! 王子様引っ掛かりそうだな」
「やめてくれ……」
俺が話し終わる頃には全員が昼食を終えていた。
今は消化器官に集まる血流が元に戻るまでの休憩中だ。これからの戦いは、少しでも頭が鮮明であったほうがいい。
「しっかしなんでわざわざこんな所まで来て罠仕掛けるかなあ……。あたいなら王子様が泊ってる宿にでも…………って、あ、そうか。大家さんの所に居たからできなかったのか」
大家さんの家は常に精霊魔法による結界が張られており、基本的に、大家さんの認めた者の紹介がないと辿り着けない。更には、たとえ紹介されても悪意ある者は辿り着く事ができなかった。
これは王子様とエルレインが大家さんの所に泊る際、ちゃんと説明をしてあげていた。迂闊に変な輩を招かないために。
「あぁっ……!? そういう事でしたか……!」
リンメイの何気ない一言からエルレインも理解したようで、愕然とした表情を見せる。
「ははっ、エルが大家さんの家に興味持ったから助かったって事になるな」
王子様は銭があるので、泊まろうと思えば聖都でも指折りの宿を常宿とする事ができる。
しかし二人は未だに、大家さんの所でご厄介になっていた。
「なるほど……そういう事か。――流石はエルレイン嬢。君にはいつも助けられるな」
「め、めめ、滅相もございませんっ……! それもこれもケイタさん達との御縁があったからこそ。ですので、皆さんには本当に感謝いたします」
「女神様のお導きってヤツだな!」
「はい、まさにその通りです!」
図らずも、二人は暗殺者による危機から逃れていたって訳か。いやはや、二人は本当に持ってるなあ……。
「うん、王子様やおっさんが教えてくれた情報のおかげで、あたいのギフトがより精度良くなった気がする。……これならさっきよりもいける」
「おおっ、そりゃ凄い」
罠に関しては素人集団な俺達なので、ここから先はリンメイのギフトに頼らざるを得ない。だからリンメイの申告はとても心強かった。
「でもさー、なんか癪に障るよなー。こっちも罠を仕掛けてやりたい気分」
「ははっ、まあな。でもこればっかりはなぁ……。それにもしかしたら連中、罠を仕掛けるだけ仕掛けて、既にもういないって可能性もあるしなあ……」
「ケイタさん、それはありません。罠を仕掛けた兇賊共がセリオス様の御命を狙っているのだとしたら、必ずセリオス様を討ち取った
「ああそうか。てことは、必ずいるな……。――うーん、奴等を出し抜く……か。誰か、何か良い案ある?」
皆がそれぞれ謀を巡らすも、あまり悪巧みに向いていない俺達は、なかなか良い案が浮かばない。
そんな中、大家さんが案を一つ出してくれた。
「そうですねぇ……。では、あまり気は進みませんが……こちらを使ってみましょうか?」
そして大家さんがマジックバッグから取り出したのは……なんと死体袋だった。
俺は仲間が死ぬなんて微塵も考えた事が無かったので持ってすらいなかったが、大家さんは 「使う場面を想像したくもありませんでしたが、一応持ってきたんです」 と教えてくれる。
「あっ! もしかして、さっきの爆発でおっさんが死んだ事にでもするのか?」
しかしリンメイの言葉に、大家さんはちょっと悪戯っぽい笑みで
「いいえ、ケイタさんじゃありません。死んで頂くのは……セリオスさんです」
「えっ、私ですか!?」
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こちらの作品が、なんと第12回ネット小説大賞(ネトコン12)の一次選考を通過しました! ヽ(゚∀゚)ノ
天使の住まう都から 星ノ雫 @fz6s600
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