一緒に消えてしまいたかった
紫陽花の花びら
第1話
ドーン!ヒュルヒュルドーン!パァンパチパチ。それはあまりにも唐突だった。
「えっ!……嘘!……花火!」
「何で今頃?」
晩秋の夜空に季節外れの花火が美しすぎる姿を魅せていた。
ベランダに出て煌めく光に見惚れていたが、持っていた携帯で慌てて撮る。少しピンボケだが何より想い出になる。数にすれば十発ほどの大輪の花が、夜空にキラキラと放たれる光の宴。パンパンパンと連続で打ち上げられ光の宴は終焉を告げた。
「幸也! ここにして良かったね。冬の花火なんてちょっと風流だもの」
「うん。でも何でかな? 文化祭の打ち上げ? それとも遊園地のサービスとか?」
「さあ。でも来年もあったら良いね。うっ寒い~あっ! 幸也裸足! もお汚い!」
「アハハ一緒にお風呂入ろう!」
笑いながらお風呂場に直行した私達は物凄く幸せだった。
私は携帯の動画に映る愛しい人を見ながら、温もりが欲しいと呟いていた。心は蹌踉けそうになりながら生きているよ私は、もう痣だらけなんだ。
去年の三月末、幸也の好きな桜が満開になりお花見計画をしていた矢先だった。
「琴葉! 携帯繋がらないって! 今山岸総合病院から電話かかってきたよ! ご主人倒れたって! 早く病院行って!」
はあ? はあ? 何? 全てがシャットダウン為たかのように立ち尽くしていたらしいが自分は全く覚えていない。
同期の英子に上着とバックを渡され、肩を揺さぶられながら、
「しっかり! 病院は笹山駅。すぐ判るから」
「英子……お弁当がねぇ冷蔵庫に……腐る…如何する?」
「ハア? 何? 判った判った。こりゃ電車は琴葉が危ないな」
外に出てタクシーを止めた英子は私を押し込み、
「すみません! 急いでここまでお願いします。それでだいたい幾ら……五千円ですか。じゃこれで。着いたら声を……ご主人が運ばれているんです。宜しくお願いします」
なんで? 幸也が倒れた? 携帯が鳴る。そこで初めて画面を見ると着信が物凄い数入っていた。
「はい…私です。はい…向かってます。
はい…正面? 救命救急の方? はい…宜しくお願いします」
携帯が切れた。
「あの……きゅ……」
「判っていますよ。気を確かに。急ぎますから」
運転手さんは救命救急の受付まで付いて来てくれた。
「あの……先ほどここに運ばれた田村幸也の妻」
言い終わらないうちに男性に声をかけられた。
「事務の畑です。田村さんですか。どうぞこちらへ、ご案内します」
エレベーターに乗ると、
「詳しい事は看護師から説明かあります。それと後ほど入院の手続き等ありますので……」
エレベーターが開くと看護師が立っていた。
「田村さんの奥様ですね。ご主人の田村幸也さんが脳梗塞で運ばれ緊急手術中です。大変なところ申し訳あませんが、こちらの書類に至急署名お願いします」
私は幾つかの書類について説明受け署名をした。
「あの……幸也は、主人はどう……」
「手術が終わり次第、担当医から説明がありますので。ここでお待ちださい」
周りを見ると面会を為ている人がいる。点滴を為ながら歩いている人がいる。手術……手術。まだ三十七なのに、何がいけなかった? 食事? お酒? 健康診断だって為ていた。私がいけなかったのか。そうだ私のせいだ……
涙? 流れ出した涙が泣け泣けと追い立てる。どれくらい経ったのだろうか。担当医が説明に来た。手術は血栓が取り切れなくて左に麻痺が残る事。肺がん末期はどうしょうもないと言われた。心臓で出て来た血栓が脳に飛び梗塞を起こした事。健常でないとがん治療は出来ないと説明され、余命は持って半年と宣告されると私の思考はそこで停止した。
仕事を辞め、家で介護する事にした。施設も進められたが私の中にはその選択肢は無かった。
要介護四。人の手を借りないと何も出来ない状態。其れでも良い幸也が傍にいてくれたら。ヘルパーさんや看護師さんの力を借りながらの日々。もう幸也に笑顔はない。怒りもない。あるのは諦めなのだろうか。そんな幸也が突然泣き出した事があった。麻痺の残る口で、
「施設に行く。琴に悪くて申し訳ない」
「そんなこと言わないで。傍にいたい」
「何も為てやれないのが悔しい、迷惑かけてごめんな」
なんでそんなこと言うの。あなたの全てを愛してる。幸也からでるもの全てが私のもの。
「幸也……幸也は何処にもやらない!」
無理矢理唇を奪う私を麻痺してない右手で押し返えそうとする幸也。欲しい。抱かれたい。それはいけない事? その夜初めて隣に寝る事を許してくれた。幸せだった。
介護生活を始めて五カ月が過ぎた晩秋のある夜。
ドーンヒュルヒュルドーンヒュルヒュルバーン
「幸也! 花火!」
車いすに乗せカーテンと窓を開けると息も出来ないくらいの光が舞っている。
「琴……綺麗だ……とても」
「ねっ綺麗! おっ携帯」
動画を撮りながら涙を抑えることが出来ない。幸也が笑顔でピースなんてするから。
花火をバックにキスをして右手できつく抱き締めてくれた。
私達の見た最後の花火は儚く憎らしい程美しく舞っていた。
終
一緒に消えてしまいたかった 紫陽花の花びら @hina311311
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