第3話 非効率なやり方

「眠りたる 君に銀河の ヴェールを贈る

  いばらしとねは さわさわと いとしき者を 包み込み

 髪ひとすじの 隙間すら…… 」


「主任! あれ!」

 真っ先に異変に気付いたのは宮園だった。カプセルの透明な部分が、取り付けたたくさんのセンサーとともに、前に倒れるように開き、先端が大実験室の床に接地して斜路のようになった。それを通って、カプセルの女性がゆっくりと下りてきた。彼女はまっすぐに島村を見つめている。

「え……」

 呆然と立ち上がる島村。その手から詩集がぽろりと落ちた。


 女性は島村の前に歩み寄り、右手を上げて島村の頭を包み込むように指を絡めた。島村の目を見つめて微笑む。その顔が島村にゆっくりと近づく。

 その刹那、島村の脳裏に浮かんだのは、彼女の顔が縦に二つに割れて巨大な口に変化し、自分の頭が食いちぎられる……と言うイメージだった。

 だが、彼女の顔は美しいまま近づき、その唇が島村の唇に重ねられた。

「え、何……」

 動転した宮園の声を聞きながら、島村は唇の柔らかい感触、そして暖かいものが送り込まれてくるような感覚に陶然としていた。


「主任、大丈夫ですか?」

 島村は宮園の声に我に返る。彼女の唇は既に離れ、彼女は島村と宮園の前に立ち、二人を興味深そうに見つめていた。

「ああ」

「ああじゃないでしょ!」

 宮園は女性を睨みながら、島村に詰め寄る。すると、女性は何かを掴んだ左手を差し出し、右手で宮園の左手を掴んでその上に導いた。さらに島村の右手を掴んで重ねさせる。


 突然、島村と宮園の頭の中に思念が言葉となって流れ込んで来た。

『あなた方の言葉はまだ学習していないので、このトュイオを通じてお話しします。トュイオは思念を言葉に変えて伝えることができるのです』

『ええっ!』

『何よ、それ』

 島村と宮園の思念も言葉となって共有された。

『このように、あなた方の思念も伝わります』


 そうして女性は二人に自らの使命を説明していった。

『私はいくつもの種族が共存している星系から来ました。人類じんるいはその種族の一つです。人類を含め各種族は広大な宇宙のあちこちで生活圏を持っています。太古の先行種族の力により、星をまたぐ移民が行われたと言われています。そして、新たな星系への生活圏の拡大や、過去に作られた生活圏への支援が続けられています。私はこの星へ、生存と繁栄への支援のためにやって来ました』

『何のためにそんなことを?』

『生存と繁栄、それが私たちの理念です。そのために行動しています』

『そのために一人で?』

『はい』

『でも、たった一人で出来ることなの?』

『星系ごとに生活することで、それぞれの恵みが生まれます。それを届けに来ました』

『あのカプセルの中に積まれているの?』

『いいえ、それは私の体の中、そして皮膚の上にあります』

『それって……』

微細生物叢フローラ、あなたたちの言葉では細菌です。複数種の微細生物が組み合わさって極小生態系を築き、人類に有益な物質を提供してくれます。その存在場所は人体の肺胞や血管内、下部消化管や皮膚の上など。私たちは微細生物叢フローラとの共生関係を構築しました。私たちは彼らに生存環境を提供し、彼らは生産する有用物質により私たちに長寿と機能強化をもたらします。例えば、寿命をこの星の公転周期で百年から二百年に延ばしたり、神経の伝達速度を二倍に速めたりできるでしょう』

『じゃあ、さっきのは?』

『ええ、口腔経由で一部をお渡ししました』

『ええっ!』

『じゃあ、あれで配って行くわけ?』

『いえいえ』

 彼女の思考にはくすくす笑っているようなビブラートが感じられた。

『星レベルでの伝播ではもっと効率的な方法があります。外部培養とか、カプセル剤の服用とか。あれはデモンストレーションですよ』

『そうなの?』

『とにかく』

 島村は思念する。

『俺たちは全面的に協力させていただきます』

『よかった。ありがとうございます』

『あの、お名前は何とおっしゃるのですか』

『春と豊穣をもたらす者との名を授けられました。こちらの言葉で言えば、フローラでしょうか』

『では、フローラさん、よろしくお願いします。俺は島村と申します』

『私は宮園よ、よろしく』


 こうして、フローラのもたらした恵みを全人類に伝播する活動が始まった。

 島村と宮園は彼女の目覚めを全世界に向けて報告し、各国との調整の上でフローラと共に各地でフローラの恵みについて講演をして回った。並行して、各国や企業から拠出を受けて伝播を行う組織を構築する。そして、組織が導入した設備により、フローラの微細生物叢フローラの採取、培養、製剤化を行った。

 幾多の困難があったが、一年後にはカプセル剤による伝播が始まり、その効果を目のあたりにした人々が次々と要望してきたため、伝播は順調にすすんだ。更に一年後には、人類の半数が伝播を受け、全人口への伝播のめどがついた。

 宮園が自らの伝播を受けたのはその後だった。彼女自身の選択により、伝播はカプセル剤ではなく、島村からの非効率的なやり方によったと言うことである。


                 終わり 

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さすらいのいばら姫 oxygendes @oxygendes

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