全米ライフル協会 魔弾部 退魔第一課

はむらび

全米ライフル協会VS銃が効かない怪異

 全米ライフル協会とは、全米最強のロビイスト団体である!!!!!


 それは、「最強の影響力を持つ」などと言うみみっちい話ではない。

 暴力装置たる「銃」について日夜考え、己を鍛え続ける銃愛好家たちは、最強の武装たる「銃」の体現者!!


 即ち、単純暴力において最強のロビイスト団体、それが全米ライフル協会なのだ!!





 アメリカ、バージニア州、フェアファックス市。


 メガネをかけた几帳面そうなビジネスマンが、全米ライフル協会、NRAの本部ビルを歩いていた。


 否。企業人ビジネスマンではない。彼は、合衆国政府の人間である。


 圧力団体でありながら、。その異常事態が、NRAが世界最強の圧力団体たる所以である。


 男は、会長室に足を踏み入れる。会長室は非常に長く、廊下のような奥行きを持っていた。その奥には、この部屋の主である男の影が見える。その部屋の床は、ふかりとした上質なカーペットで覆われていた。


 男はふと下を向く。


 瞬間、男はそこから飛びのくようにしりもちをついた。


 広大な会長室の床に敷き詰められているのは……虎の皮!!!

 それも、そのすべてが怪異化している。


「エイリアン・ビッグ・キャット」と呼ばれる魔獣の皮だ。それが、びっしりと敷き詰められていた。

 当然。ライフルで狩ったものだ。それも、この部屋の奥に座る男が、一人で。


 虎は死して皮を残し、人は死して名を遺す。そして、その死をもたらすのはライフルでなくてはならぬ。


 それを一人で成し遂げた、人類最強の男こそが。


 この会長室に鎮座する、全米ライフル協会名誉会長チャック・ノリスと言う男だった。


「君は知っているか」


「はい?」


「ここ10年で、怪異の出現率は22倍に上昇している。」


 それは、革命的な数字だった。異常、といってもいい。


 第二次世界大戦も遠い昔。銃から離れた時代の人類を、銃に代わって駆逐する獣。それが怪異だった。

 そして原因不明のこれを、全米ライフル協会は「銃規制が原因」と結論付けていた。


「故に、武器を所持する基本的権利は行使されなければならず、将来への見通しが利かない時代に安全性を高めることは確実に必要なことだ。」


 そして、これも全米ライフル協会の結論だった。


 全米ライフル協会とは、アメリカの「憲法修正第2条」:「規律ある民兵団は自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携帯する権利は侵してはならない」に典拠を置く組織だ。故に、自警団が必要な時代にこそ、その力を発揮する。


「まず第一に、怪異から己の身を守るべく、銃を所有する必要について国民に強く訴え続けていく。アメリカだけではない。いざという時、警察も行政も役に立たない、これからの動乱の時代では、日本のような銃規制された国の市民にも怪異から身を護るチカラを与えていくべきだからだ。」


 これは、圧力団体としての。要望ですらない。政府のエージェントは冷や汗をかいた。


 ……だが、実際問題、それが「一番合理的な対策」になりかねないほどのペースで怪異事件は増え続けている。


「だが。銃を持った市民の自衛にも限度はある。故に我々は憲法に則り、自由な国家を怪異から守るために、規律ある民兵団を組織した。自衛が不完全なら、銃を持ったプロフェッショナルだ。」


 そして、そのために死をも厭わず怪異と戦い続ける戦力を供出してくれるというのは、軍の遺族年金の支払いに追われる合衆国政府としても断る理由はなかった。


「それが『全米ライフル協会 魔弾部 退魔第一課』。銃を持たない怪異から世界を守れるのは、銃を持った善人だけだ。」



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



「キャアアアアアアア!!!」


 ある山の中、悲鳴を上げる女がいる。ブロンドの女だ。口元はだらしなく、知性はあまりないように見える。


 川遊び中に山中から出現した怪異に追われ、一人でビキニのまま逃げてきた。サンダルは脱げ、足裏はズタズタだ。一緒に遊びに来た友人の姿は見えない。己が囮になったことで逃げ切れたか、あるいはもう殺されたかだ。


 ぼとり、と、怪異の掌から肉塊が落ちた。それは原形をとどめていない。


 タンパク質の塊には、BBQソースが塗られていた。女が持ち込んだBBQ用巨大塊肉だ。ケバブの技法で中まで火を通しやすくなっている。


「ああ、やっぱりこの子も人間なんかよりBBQの方が……」


 女は安堵した。見かけで判断してはならない。追い回されてはいるが、人間を取って食うとは限らないのだ。


「肉、肉、肉ゥ、掴ム……!!」


 怪異は掌を開閉させながら女に襲い掛かった。前言撤回。動物性細胞なら何でも襲い、握りつぶすのが趣味のタイプの怪異は普通に危険だ。


「ヒィ……!!」


 怪異が掌からBBQソースの涎を垂らしながらブロンドの女を襲う!


 このまま、ブロンドの女は怪異の餌食となってしまうのか!?


 なぜか森の中で水着の女が怪異に襲われ死ぬZ級映画のような末路!……それすらも珍しくない、怪異多発の末法の世の理か!

 神よ、なぜ彼女を見捨てたのですか。



 だが。神が見捨てても。見捨てないものがそこには居た。



 ドン!!


 怪異が、吹き飛んだ。


「まったく。だからいつも銃を所持していなきゃダメなんだ。ガール?」


 白い歯をキラリと輝かせた男が、そこには立っていた。

 まるで大筒のような銃を担ぎ、改造軍服を着た巨漢だ。


 そしてその胸に輝くのは、「NRA(全米ライフル協会/National Rifle Association of America)」のマークだ。


「悪人から正義を守れるのは、銃を持った善人だけだ。怪異からもな。」


 男は、全米ライフル協会魔弾部のエースだった。市民を守るために武装した、銃愛好家の一般市民。ただし、その戦力と、平和と銃を愛する心を除けば。


 男は怪異に銃を向け、煙の中に発砲した。


『M82アンチ・マテリアル・ライフル』。アメリカのバレット・ファイアーアームズ社が開発・製造した、世界的にもっとも有名なライフルのひとつだ。


 もちろん、人体に向けて発砲するものではない。片手で撃つものでもない。


 だが、呻き声をあげるその射撃対象は、明らかに人体ではなかった。四肢は人間、いや。霊長類に似る。だが、腕はテナガザルのように長く、遠目に確認できるだけで4本もある。そして、その色は蒼ざめていた。


「やりましたか!?」


「いや。まだだ。」


 そして……無傷。


 硝煙の中から飛び出した怪異は、蒼ざめた四本の腕の一本で、M82の大口径の銃弾を掴んで止めたのだ。


 それが、『怪異』。人知の及ばぬ怪物。


「成程。」


 だが、男は、己の頼りとする大口径ライフルが効かぬ相手を見てなお、ニヤリと笑った。


「大丈夫なんですか!?!?」


ライフルを信じろ。」


 瞬間!!怪異は長い腕を伸ばし、握りつぶそうとする!対象はNRAの男ではない!!後ろで守られている金髪の女!


 ニヤリと笑ったのは怪異も同じだ。神秘の塊である己に向かって物理攻撃だけを行う男など、後ろの女と同じあらがうすべを持たない弱者に過ぎない。


 女を先に狙ったのは、ただ。守るべきものを先に潰された人間の慟哭が好きだったからだ。


 握り潰したのは虚空だった。


「ギ?」


 明らかに、狙った場所よりも上。拳は空を切っている。


 腕が、弾かれたのだ。


 男の手には、銃が握られていた。ライフルではない。『拳銃』だ。

 腰のホルスターから抜いたそれで、怪異の肘を狙い軌道を逸らしたのだ。西部劇もかくやという早撃ち!


 だが、西部劇のそれとは、一点だけ大きく異なることがある。


 それは、銃の性能。50アクション・エクスプレス弾を用いたデザートイーグルの一撃は。不意とはいえ、怪異の腕を大きく上に弾き上げるだけの破壊力を持っていた。


「知らなかったのか?全米ライフル協会は、ライフル以外の銃も愛している。」


 だが、怪異にとっては些事だ。ただ運動エネルギーで弾き飛ばされただけ、神秘そのものである怪異に物理攻撃など効かぬ。


 だから、弾きあげられた腕をそのまま振り下ろそうとして……


 力なくだらりと落ちた。


「グギ?」


「やはりか。」


 怪異の腕は、気づかぬうちに折れていた。それは、先ほどの交錯にて腕を撃たれた際の傷。


 だが、大口径ライフルをも無傷で耐える耐久がありながら、拳銃最高峰とはいえ拳銃に過ぎないデザートイーグルごときの一撃で折れてしまうとはどういったからくりなのか!!!


。時代遅れのオカルトだと馬鹿にしたものではないな。これも立派な銃の一部だ。」


 銀の弾丸シルバーバレット。伝承において、魔を祓うために用いられる銃弾。


 全米ライフル協会は、「銃こそ至高」という哲学によって、魔術や祓魔、秘蹟を用いない。物理兵器によってのみ、すべての正義を執行する。


 だが、物理兵器が効かない神秘防壁を持った怪異の登場により、その概念を「部分的に」転換することを余儀なくされた。


 即ち、『物理兵器でなくとも、銃の形をして火薬のエネルギーで対象を殺傷できればよい』。それが、聖別された銀の弾体を持つ、「銀の弾丸」だ。


 初撃では、最大の物理破壊力を持つ弾丸を撃ち放った。それが効かないことを確認することで、怪異の『対・物理兵器性能』を計るためだ。


 そして当然。銀の弾丸が効くとわかった瞬間、男はバレットM82の50口径弾を銀の弾丸へと装填しなおしている。


 痛みで暴走し、残る三本の腕を振り回しながら襲い掛かる怪異の心臓に対し、狩人は冷静に狙いを定めていた。


 バシュン。


 銀の弾丸は、怪異の胸の中心に吸い込まれるように撃ち込まれた。


 ……銀の弾丸には。その「退魔性」とは異なる、銃弾としての長所がある。


(すごい傷。魔弾の聖なる力で灼けただけじゃない。「破壊範囲」が広い!!)


 銀は、柔らかい。故に、弾丸の素材としては向かない。

 そう、思われている。


 だが、実態は異なる。


『ダムダム弾』という弾丸がある。これは、柔らかい金属である鉛を弾頭に付けたものであり、対象に直撃すると弾頭の鉛がマッシュルーム状に変形し、潰れる。


 その弾丸は貫通せず、本来「貫通」に回すはずの運動エネルギーを対象に直接伝えながら、広域を破壊する!その残虐性からハーグ陸戦条約において禁止された兵器である!!!

 そして当然!!鉛よりも柔らかい純銀の弾体も同様の性質を有している!!!!


「グギャアァァオ゛オン」


 脇腹をズタズタに破壊された怪異は、もだえ苦しむかのように咆哮する。


「当然だ。12.7mmx99は全ての悪を破壊する。」


 男は、聖者のように残心した。


「まだよ!」


「GGGGグググギャオオンン!!!!!!!」


 爆発的な硝煙の中から、立ち上がる影がある。


 だらりと紫の体液を流し、肋骨がむき出しになり、大穴が空いて胴体を直立させることができずとも。残された3本の腕で身体を支えながら、怪異は咆哮する。


「しぶといな。非物体だから対物ライフルの聖性が効きづらいのか?」


 対物ライフルは、物体に対して神秘的な特攻効果を持つ。聖書におけるプネウマやルーアハ、あるいは日本神話の言霊のように、「Anti-Material」という聖なる響きが齎す祝福だ。少なくとも、NRAの会員はみなそう信じている。


「ならば、これだ。」


 男が、天に腕を掲げる。すると、巨大なライフルが天より授けられる。


 それは、ライフルの神の祝福か?否!偉大なる全米ライフル協会の組織力による物資投下だ!


 自身の体重の何倍もあるであろう、そのライフルの落下を、男は丸太のような腕でつかんだ。全米ライフル協会とは銃の体現者。己の五体そのものも、銃のような破壊力を持つよう磨き上げられている。それは、ある種の信仰によるものだ。


『Mag Fed20㎜アンチ・マテリアル・ライフル』。アンツィオ・アイアンワークス社の誇る、世界最強のライフルのひとつだ。


 それはもはや、ライフルと言うよりは砲だ。立って射撃することどころか、持ち運んで射撃することすらほとんど想定していないそれは、2mは優に超えているだろう。


 火山灰のように白いその最強は、M82が子供のおもちゃに見えてしまうほどのサイズ感を誇る。

 銃弾のサイズも、聖なる12.7mmx99弾のさらに倍近くある。当然特注品である!


「お前の敗因はただ一つだ。。それだけだ。」


 その巨砲を、あろうことか地面に設置せず、男は立ったまま引き金を引く。常人、いや。鍛え上げた軍人であっても、反動で内臓がズタズタになり死んでしまうであろう。


 いや、違う。。男は、己の両足をライフルの固定具として。体を銃床として。そして、瞳を照星として。

 己自体をライフルと化しているのだ!!!!


 それこそが全米ライフル協会の真骨頂!!!!!


「FIRE!!!!!!」


 最大射程7㎞のその一撃を、たった3m先で。莫大な初速の載せられた銀の弾丸は、正面に立つそれを貫く。


 その破壊力の前に、怪異の持つ物理法則を無視した耐久も、生物構造を無視した生存性も意味をなさない。ただ、破壊あるのみ。

 怪異だったそれは、原形をとどめぬ肉塊と化した。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


「今日は、本当にありがとうございました!!」

 ブロンドの女は、NRAの男に頭を下げた。


「なにも頭を下げることはない。」

 男は不愛想に答えた。その視線の先に女はいない。ただ、木に立てかけられたM82アンチ・マテリアル・ライフルを見ている。


「俺は、銃を愛している。」

 それは、恋人への告白のようにも聞こえる発言だった。


「だから、銃に顔向けできない生き方はしたくない。」

 そして、それ以上に。己自身に告げるような、スローガンだった。


「銃は大いなる力だ。だから、正義のために振るわなくてはならない。大統領を護るため、あるいは未来ある誰かを護るために。」

 それは。NRAの理念そのものだ。銃を愛するとはいえ、銃によって無秩序に被害が起きることを望んでいるわけではない。誰かを護るための力。それが、NRAの。ひいてはNRA魔弾部の使命なのだ。


「だから覚えておいてくれ。銃でも。言葉でも、ナイフでも。なにかしら。暴力は、。その時に、悪に染まらないでくれ。正義のためにその力を振るうんだ。」

人間は、存在が暴力だ。どうしても、他者を傷つけてしまうことはある。だけど、それにあぐらをかいてはいけない。暴力だって道具だ。他者を護るために使うこともできる。徹底するのは難しいかもしれない。だけれど、心にとどめておくことはできる。だから。NRAはいつも、こう締めるのだ。



「銃を持った悪人に対抗できるのは、銃を持った善人だけだ。」







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