おまけの話

 

 


 朝のHR前の時間。

 退屈な数学のプリントなどをこなしながら、ちょっとしたいたずらを思い付いたのでさっそく実行してみようと思う。

 準備は簡単。シャーペンのおしり部分にあるノックボタンを押しこみながら、先端の芯を左手の親指でしまう――たったこれだけ。

 暖房の効いた教室には、なんとも気だるい空気が流れている。

 隣の席にいるそのターゲットはご多分に漏れず、いや、むしろ率先してそんな朝の気だるい空気に参加している。のんきに大あくびなんかしているし。

 

「……ふっ」


 私は自分でちょっと笑ってしまう。

 高校生にもなって、こんな子供じみたいたずらを思い付くなんて、どうかとは思う。

 どうかと思うけども、まあでも、いいでしょう。許されるでしょう。

 高校生にもなってこんな子供じみたいたずらをできる相手なんて貴重だし、そういう友人がいるということを再確認する、というのも悪くない。

 それに――


「いたい」


 と、頭にシャープペンシルを突き刺された友人――程久保あかりは、びくりと身体を震わせて、予想通りのリアクションを私に返してくれた。


「なにするの」


 ちっとも迫力のない抗議の声まであげている。

 私は笑いそうになるのをこらえながら、「あかりが悪い」と言ってやった。


「人が必死こいて勉強してる横でそんな無遠慮なあくびをされたらね、突き刺してやりたくもなりますよ」

「必死こいてって……叶ちゃん、それ今日の数学のプリントでしょ。宿題やって来てないだけじゃん」

「うるさい」


 生意気にも正論を言われたので、理不尽で返しておく。

 あかりはむう、と不満そうにしているけど、まあ私が楽しかったのでよしとする。

 それに――だいたい、そっちが悪いのだ。

 いつも呑気でぼうっとしているくせに、この私に隠し事をしようなどと。

 しかもそれを隠し通せていると思っているところに腹が立つ。小学生以来の友人をなんだと思っているのか。


「あかりってさ、最近真面目だよね」


 腹が立つので、カマをかけてみる。


「そ、そうかな」

「一年の時は宿題なんてやってこなかったじゃん。成績もよくなってるし、おかしい……」

「そ、それはほら、前にも言ったじゃん。が来るようになったからだよ」

「ふうん?」


 家庭教師の先生、ねえ。

 まあそういうことにしておいてあげてもいいけど。

 しかしだねえ――


「……あ」


 その時、後ろのドアが開いて誰かが教室に入ってきた。

 まあ、こんな遅刻寸前の時間に来るやつなんて決まっている。

 なにより、思わず声をあげてしまったって感じの、あかりのその反応でわかる。

 

「……」


 現れたのは、高幡京という女子。

 成績がよくて顔もよくて、性格は最悪なクラスメイトだ。

 最悪っていうか、臆病というか、まあいわゆるコミュ障というやつだ。いかにも「辛いことがありました」って感じがして、私は好きになれない。挨拶したら睨み返してくるようなやつを、どうやって好きになれというのか。


「……」


 好きになれないけど、でもどうやら人を見る目はあるらしい。

 あかりはいいやつだ。ちょっと抜けてるところはあるけど、でもそのお陰でいつも穏やかだし。それに、ごまかすことは苦手でも、見抜くことに関してはわりと鋭いのだ(悩みごとを言い当てられたことが何度もある。それを隠して平気なフリをしているときに「大丈夫?」なんて声をかけられて、うっかり泣いてしまったことも)。

 だから別に、そんな二人の関係を否定するつもりは毛頭ない。


「……」


 しかしだねえ――君たち。

 それで隠しているつもりなのかね。

 確かにまあ、お互いが学校で喋ることはないし、帰り道も委員会の活動も別にしているから、一見接点はないように見えるけどもね。でもね。

 例えば退屈な数学の授業中。難解な数式の問題をみんなの前ですらすらと(私から見たら嫌みな感じに)解いてみせる片方を見る、もう片方の熱っぽい目線とか。

 例えば私が下らない話をして片方と盛り上がっているとき。鬼のような形相で私のことを睨み付けてくるもう片方の視線とか。

 見てて分かりやすいんだよね。

 たぶん私じゃなくても、薄々感づいている生徒はいると思うけどね。

 まあいいですけど。


「……」


 まあいいですけど。

 でも、そんな二人がどうしてそういう関係になったのかっていうのは、純粋に気になる。ほら、同性同士の恋愛ってハードルが高いですし。そこをどう乗り越えたのかとか、私も参考にしたいと思ってるし。


「……」


 だから、いつかでいいから。二人の関係がもっと落ち着いて、小学校以来の友人にならまあ、話してもいいのかなってなったら。その時にはお茶でも飲みながら、そんな二人の話をゆっくり聞いてみたいと思ってる。

 それまではこうして呆れた目で見守りながらも、いつかそんな日が来ればいいなと、私だって願っているのだ。


「……まあ、それにしても夢中になりすぎだと思うけどね」

「……え?」


 今、なにか言った?と、あかりは首をかしげている。

 私、なんでもないよ、と答えて、もう少しで片付きそうな数学のプリントに目を戻した。








 

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そばにいてよね きつね月 @ywrkywrk

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