24. 限りなくにぎやかな未来

 それから数百年が経った。メタアース内では数千年の時間が経過している。


「いやぁ、これは壮観だねぇ……」


 エイジは新しく建てられた超高層ビルの屋上に立ち、ビルの林立する都市の景色を一望した。


「やっぱり最後はこういう都市になっちゃうんだね」


 シアンはビルの縁に腰かけ、感慨深そうに辺りを見回す。


 メタアース内で子孫を増やしたアダムとイブの末裔は、極東の島国にも達し、長い歴史の後、【東京】と名付けた首都を置いて大きく発展した。国の名は【日本】、一億人が住まう巨大国家だった。


「はい、写真撮るよー! チーズ!」


 着飾った観光客が屋上の展望施設で記念写真を撮っている。


 レヴィアはそんな様子を見ながら、クスッと笑う。


「彼らはまさか自分たちが海王星のコンピューターシステム上で動いているとは、露にも思ってないじゃろうな」


「まぁ、気づくキッカケがないからねぇ」


 シアンは肩をすくめた。


「気づかれたらそれはバグだよ。直さないと」


 エイジは楽しそうに笑う。


 シアンはうなずきながら何かを考えこんだ。


「ねぇ……。彼らが気付かないってことは、僕たちも気づいてないって可能性は……ない?」


 首をかしげながら意味深なことを言いだしたシアン。


 エイジはレヴィアと顔を見合わせる。それは実に本質的な問いだった。


「それは……、あれか? 僕らもどこかのコンピューターの中にいるって……こと?」


「うん。僕らにできるなら、もっと先にやっていた人がいると考えた方が自然じゃない?」


 エイジは考え込んでしまう。その指摘はもっともだった。


 意識ある存在をエイジたちは八十億体創造した。こうやって意識を量産できるのだから、ある一つの意識を宇宙からランダムに持ってきた時に、それがオリジナルである確率は無視できるほどに小さい。


 確率的に言えばこの宇宙にある意識は、ほぼすべてコンピューター上にあることで間違いない。


「そんな……、バカな……」


 エイジの額に冷汗がツーっと流れた。


 その時だった。上空に巨大な構造物が出現する。数十キロはあるだろうか、青空の向こうに霞むように巨大なボディの金属光沢が光っている。


「パパ! 何あれ!?」


 シアンは指差し、エイジはその超常的な存在の出現に息をのんだ。


 構造物は細長く、ゆったりと動いている。


「ク、クジラじゃ!」


 レヴィアは驚いてしりもちをついた。確かにゆったりと動くその構造物が旋回していくとヒレが見え、巨大な目がこちらをギョロリと見たのだ。


 東京上空百キロに出現した金属のクジラ。その異様さに三人は凍り付く。自分たちのメタバースに勝手に出現した異様な存在。そんなことができる人などこの世にいるはずがない。


 全く想定外の事態に、みんな言葉を失い、ただ、クジラがゆったりとヒレを動かすさまを見ていた。


 その時だった。一筋の光がクジラの目から放たれ、三人の目の前に光の球が浮かび上がった。


 エッ! ヒィ!


 シアンは後ずさり、エイジの腕にしがみつく。


 黄金色の微粒子をふわぁと放ちながら虹色に輝く球は、やがて輝きを落ち着かせ、中から一人の女性が現れた。琥珀色の瞳をした美しい女性はチェストナットブラウンの髪の毛を優雅に風になびかせながらニッコリと笑う。


 エイジはシアンと顔を見合わせ、小首をかしげると、おずおずと女性に聞いた。


「あのぉ……、あなたは?」


「ふふっ、あなた、気づいたんじゃないの?」


 女性はニヤッと笑う。女性は白地に金色の刺繍の入った上質なドレスを身にまとい、挑戦的な口調で応える。


「僕らの世界を……、創られたエンジニア?」


「あら、エンジニアって言い方はないんじゃない? 女神と呼びなさい、女神と」


 女性はエイジを指さし、ムッとした。


「こ、これは失礼しました。女神さま……。で、どういった御用向きで……」


「そんな硬くならなくていいわよ。あなたたちのことは五十万年間チェックしてたんだから」


「えっ!? 全部?」


「もちろんよ。シアンちゃんが頑張りすぎて星を滅ぼした時は、もう消しちゃおうかと思ったわよ」


 女神はシアンをジト目で見た。


「いや、あれは自分が性急すぎたかと……」


 エイジは頭を下げる。


「いいのよ、結果としてこんなに発展した世界を作ってくれたんだから」


 女神は満足そうに東京を見回した。


「恐縮です」


「さて、銀座で寿司でもつまみに行くわよ」


「は?」


「こんな素敵な星を作ってくれたんだもの。お祝いしないとね」


 女神はウインクした。


「わーい! 寿司、寿司ぃ!」


 シアンは腕をバッと突き上げ、ピョンと跳び上がる。


「え? うちの星で……いいんですか?」


「何言ってんの、銀座の寿司はうちの星系ではトップクラスよ。あなたたちの作ったこの地球、結構評判なのよ」


 女神は優しく微笑んだ。


「分かりました。じゃあ行きましょう!」


 エイジはシアンとレヴィアの手を取るとツーっと宙に浮かぶ。


「じゃあ、銀座まで競争!」


 女神はそう言うと、ものすごい速度で、できたばかりの高層ビル群の間を縫い、すっ飛んでいった。


「あっ! ズルいー!」


 シアンはエイジの手を振り払うと、全力で加速して女神を追いかけていく。


「我もじゃー! 寿司ー!」


 レヴィアも負けずにカッ飛んでいった。


「なんなのこれ?」


 エイジは苦笑いすると、空を見上げた。さっきまで浮かんでいたクジラはもうどこかへと消えていて、澄み通る青空にはぽっかりと白い雲が浮かんでいる。


 五十万年の時を経て、この宇宙の真実にたどり着いたことをエイジは感慨深く思う。そして、ふと気が付く。これで終わりではないことを。


「これ、女神さまの世界を作った超女神も居るってこと……だよね?」


 エイジはブンブンと首を振り、大きく息をついた。

 

 そして、ニヤッと笑うとみんなを追いかける。


「おーい、待ってくれぇ」


 銀座の上空では楽しそうに三つの光の点がクルクルとお互いを回りながら、エイジが来るのを待っている。


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碧き惑星、想いはダイヤモンドの吹雪を越えて ~破天荒な美少女たちの奮闘は神話を紡ぐ~ 月城 友麻 (deep child) @DeepChild

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