西国の地にて俺は食われる~冤罪で追放された剣聖、真犯人を探すはずがいつの間にか嫁探しになっていた件~

龍威ユウ

第1話:イカサマ疑惑まったなし!

「――以上により、剣術指南役は美芭画流みばえりゅう師範代、井伊嘉元之介いいかげんのすけ殿とする!」



 快晴の中、どよめきの中に「ちょっと待ってください!」と、少年の強い抗議の声が上がった。



「いくらなんでも、ちょっと判定がいい加減すぎるのではないのでしょうか?」



 この日、天戸城あまとじょうでは御前試合が行われていた。

 剣術指南役を決めるための催しとだけあって、全国から腕に憶える猛者達が集う。


 もしも任命されたならば、その者の名はもちろん流派が国から認められた・・・・・・・・最強の剣ということを意味する。


 富と名声が手に入るこの千載一遇せんざいいちぐうのチャンスを逃す手はない。


 そうして数多くの参加者が次々と、自身よりも強者によって敗れ、ついに迎えた決勝戦にてそれは起きた。



「決勝戦は余が気に入った方が勝者とする」



 直前になって突然決まったこの決定には、場内は騒然と化した。


 というもの、少年の対戦相手であるこの井伊嘉元之介いいかげんのすけ、まともに打ち合わずして決勝まで勝ち残っているのだ。


 彼の戦績はそのほとんどが対戦相手の体調不良などによる辞退と言う形で不戦勝を続けている。



 ――あいつ、何か毒とか仕込んでんじゃねぇのかい?



 と、当然こんなにも連続して不戦勝ともなれば疑問の声が上がって、しかし運営側からの警告や調査が特に行われるといったこともなく、帝の決定ならば、下々の人間は否が応でもそれに従わざるを得ない。


 一方で、少年の相手はそれこそ強者との連戦だった。


 優勝候補とも謳われるほどの実力者を圧倒する姿は、多くの者の心を引き付ける。それほどに素晴らしい戦いを演じてきた。


 結果だけだと言うのならば、断然少年の方に軍配が上がろう。


 だが現実は、不戦勝ばかりの井伊嘉元之介いいかげんのすけが剣術指南役に選ばれた。少年が抗議の声をあげるのは、むしろ至極当然と言えよう。



「納得のいくお答えをしていただきたい!」

「こ、これ! 帝に向かってなんたる口の利き方か!」



 従者らに咎められるが、知ったことではない。そう言わんばかりに少年は帝をぎろりと鋭く睨みつけた。


 ふん、と帝が忌々しそうに鼻を鳴らした。



「そちの剣は、はっきりと言って地味でおじゃる」

「じ、地味?」

「そちの剣はなにもかもが全部地味でおじゃる。一方で、井伊嘉元之介いいかげんのすけよ」

「は、帝様!」と、井伊嘉元之介いいかげんのすけが平伏する。

「そちの剣はまこと美しい剣でおじゃった。見た目の派手さ、正しく余が振るうに相応しい剣でおじゃる。故に此度の剣術指南役はそちの美芭画流みばえりゅうとする」

「ははっ! ありがたき幸せにございまする!」

「いやいや、いくらなんでもそれはちょっとないんじゃないですかね」



 剣による勝負で決定したのであれば、まだ納得もできた。

 相手の剣が自分よりも上だった。

 それが紛うことなき事実であり、敗者がとやかく文句を言う資格はない。

 また次の機会を目指して修練に励もうと心に誓うこともできたであろう。


 しかし、見栄えがいいという理由だけで敗北と扱われては、剣士としてのプライドが許さない。


 少年はぎろっと、鋭い眼光を井伊嘉元之介いいかげんのすけに向けた。



「ならば、帝。ここは一つ、どちらが強いか剣ではっきりと決めさせていただけないでしょうか?」

「何?」



 帝の眉がくっと吊り上がる。

 明らかに不機嫌さを露わにしているが、知ったことではない。


 公正な仕合もせず一方かつ愚行すぎる判断を下した相手をおもんぱかる必要性など皆無なのだから。


 周りからも無礼者と罵る声がちらほらと飛び交うが、その数はごく少量。


 同じくこの御前試合に参加した剣客達も、言葉に発しないだけで表情かおはあからさまに、不服を訴えている。


 今、この時だけは自分と味方と見ていいだろう。

 剣を交えた相手もいるだけあって、これほど心強い仲間もまぁ早々おるまい。



「はっきりと申しますと、彼の美芭画流みばえりゅう……ほとんどが不戦勝であり、その実態も全然明るみになっておりません。本当に強いのか否か、それを見栄えがいいだけという理由だけで選んでしまってもよろしいものでしょうか?」

「貴様……余が帝と知っての狼藉か!?」

「帝の身を案じてこそ、です。見栄えだけがいい剣では、いざ有事の際きっとこの男は帝をお守りすることができないでしょう。反面、俺……いえ、私ならばあらゆる難的であろうとも帝をお守りするのはもちろん、どんな敵だろうとも圧倒する剣をお教えすることを約束できます」

「……随分と自信のある言い方よの」

「事実ですので」



 何一つ、間違ったことは口にしていない。

 それだけの自信があるからこそ、ここまではっきりと物申せる。



(それにしても、俺の仕合をきちんと見てなかったのかこの豚は……)



 そんなこと表立って口にすれば即刻打ち首なので、心中の中だけに留めておく。

 ただし、心の中だけなら言いたい放題だから思いつく限りの罵声を浴びせた。



「じゃが、これはもう決定事項でおじゃる。剣術指南役は、そこにる井伊嘉元之介いいかげんのすけできまりでおじゃるよ。だから、ホレ。そちはもう帰ってよいぞ」

「帝……今一度お考え直しを!」

「えぇい、くどいぞ。たかが市民の分際にして余に歯向かうつもりでおじゃるか!?」

「くっ……」

「やれやれ、君はさっきから黙って見ていたけど実に醜いね」



 井伊嘉元之介いいかげんのすけがへらへらと笑った。

 長ったらしい髪をかき上げる仕草一つが、神経を酷く逆撫でする。



「これは帝が下された結果なんだよ? それなのにさっきから聞いていれば……君がやっていることは、幼い子供がワガママを言って地団駄を踏んでいるのも同じさ」

「命を預かることだから同じじゃないだろう」

「ともかく、これ以上は国家反逆罪として君は裁かれることになるよ? それでも、いいのかい?」

「……ちっ」



 悔しくはあるが、井伊嘉元之介いいかげんのすけの言い分は極めて正論である。


 自分一人だけの所業だったのならばともかく、他の親しい面々にまで迷惑をこうむりかねない。最悪連帯責任として彼らまでもが罪人になってしまうやもしれぬ。


 それだけはなんとしてでも避けなくてはならない。

 舌打ちを一つして、一颯はその場を後にした。



(……このまま終わってたまるかよ!)



 大事になる前に撤退したが、気分はちっとも晴れていない。

 逆に怒りと苛立ちが尽きることなく、ふつふつと心中で熱く煮えたぎっていた。

 大人しく引き下がるつもりは毛頭ない。

 やるべきことは変わらない、ただ単純に場所と時間が異なるだけだ。


 どちらか真の強者であるかを思い知らせるためにも、今宵……井伊嘉元之介いいかげんのすけをやる。


 剣術指南役ともあろう者が野盗に襲われて完膚なきまでに叩きのめされました、とあっては面目は丸つぶれである。


 上手くいけばもう一度御前試合の機会が設けられるやもしれぬ。



(絶対にあいつだけは俺がボコボコにしてやる……首を洗って待っておけよ美芭画流みばえりゅう!)



 一颯は不敵な笑みをふっと浮かべた。

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