第2話:衝撃の告白

 数日前――。


 あまりにも陽気な天候に、つい目を閉じてしまった。

 本日は雲一つない快晴がどこまでも続いている。


 さんさんと輝く陽光は眩しくもぽかぽかと暖かくて、その下を小鳥達が優雅に泳いでいる。


 時折頬をそっと、優しく撫でていく微風はほんのりと冷たくもそれが逆に心地良い。


 正しく今日は絶好のお出かけ日和だと言えよう。

 少年――大鳥 一颯は口元を緩めた。

 本日は非番で、特に予定もないのでのんびりと過ごすことにした。


 たまの休日だから、如何ように消費しようが勝手であるし、無駄金を使う気も起きない。


 ふと、鼻先に違和感が少し。うっすらと目を開ければ、蝶々が鼻先で止まっていた。


 程なくしてふわふわと、広大な青空へと泳いでいく。迷いもなく、気持ち良さそうにふわふわと。



「――、こんなところで何をしてるんだ?」



 羆のような大男が身体を揺らしながらやってきた。


 彼は――近藤巌こんどういわお太安京たいあんきょう守護職怪異対策組織【真選組】の局長を務めている男だ。


 2mは優にあろう巨躯に加えて、剛力から放たれる一撃はまるで丸太の如し。

 そう恐れられている反面、隊士達からは頼れる上司として慕われている。

 かく言う一颯もその内の一人だ。



「いやぁ、近藤さん。今日はせっかくの非番なんで、こうしてのんびりとすごしてるんですよ」

「まったく……お前、まだ18歳だろうに。まだまだ若いくせにして年寄りみたいなことを言いやがるな」

「あ、ひっどいなー近藤さん。それ、他の隊士達からも言われたんですよ」



 一颯はむっと頬を膨らませた。



 ――年の割には随分と年寄り臭いですよね一颯さんって。



 と、こう口にする輩は実は多いことがちょっとした悩みでもあった。

 別段意図的にそうしたわけではない。


 ただ自然としようと思った行動はすべて、いわゆる年寄り臭い行動へとなってしまっただけにすぎない。


 そもそもな話、人の行動にケチをつける外野がおかしいのであって、自分は何も悪くない。


 じぃっと睨む一颯に、近藤がからからと笑った。



「まぁ、それがお前のいいところでもあるんだがな」

「そういうことにしておいてあげますよ」

「はっはっは。すまんすまん、そう拗ねるな一颯よ」



 バシバシと背中を叩かれた一颯は、苦痛の感情いろ表情かおに浮かべた。



「それはそうとして――」



 不意に、近藤が口を開く。



「お前、ここ最近誰かから恨みを買ったりした覚えはないか?」

「えっ?」と、一颯。



 質問があまりにも突拍子もなかったから、小首をひねざるを得ない。



(恨みを買ったかって言われてもな……俺、そんなに喧嘩売ったりしてないぞ)



 思い当たる節がまったくなく、だが近藤の口ぶりから察するに、自分の知らないところで誰かが恨みを買っているのは間違いない。



 一颯はうんうんと悩んだ後、首を静かに横に振った。



「う~ん、自分としては思い当たる節がまったくないですね……ここ最近は満足に剣すら抜いてませんし」

「そう、か……」と、顎をくしゃりと撫でる近藤は困り顔だ。

「どうしたんですか藪から棒に。俺が誰かから恨みを買われてるって話、出所は?」

「実はだな、ここ最近「大鳥一颯おおとりいぶきという男を知っていたら教えて欲しい」とそういう輩が都でちらほらと見掛けるようになったらしいのだ。隊士達はあえて知らぬ存ぜぬを貫き様子を見ているらしいが……」

「……その、俺を探している人はどんな人物で?」



 今は何事もなくとも、やがて牙を剥く化膿性は無きにしも非ず。


 どういった用件で自分を探しているかは、直接本人に問い質した方が極めて速く効率的だ。


 なによりも、ほんの少しだけ興味が湧いてしまった。



(これが、かわいい女の子だったらいいのになぁ……)



 一颯は口元を微かに緩めた。

 もっと情報がほしい。

 これで男だったなら会う気は微塵もないが、女性となると話は大きく変わってくる。

 男性か女性か、今はこれが何よりも重要事項だった。



「それで近藤さん、まずその俺を探している人は女性ですか? それとも……」

「俺が聞いた話では女性だったらしいぞ。なんでも絵に描いたような美しい女性だったらしい」

「しっ!」と、恥ずかし気も隠す気もなく、ガッツポーズを取ってしまった。



 ひとまず女性ということがわかっただけでも御の字である。

 女性だったなら会う他ない。一颯の顔はニヤニヤとしている。

 そんな彼を見やる近藤の頬は、若干引きつっていた。



「お、お前……ちょっと不謹慎だぞ」

「じゃあ近藤さん。近藤さんを探しているのがむさくるしい野郎と、めっちゃかわいい女の子だったら、どっちを選びますか?」

「そ、それは……その、だな」



 モゴモゴと口籠っているのが、何よりの証拠だと断言してよかろう。



 ――近藤さん、今日も遊郭の方に遊びに言ってたぞ。ありゃあオールだなきっと。



 と、近藤は硬派な男であると知られている一方では、女性に対する関心が隊士一強い。


 本人は気付いておらず、また隊士達の尊敬する局長の心情を察して、あえて口を固く閉ざすが、週に一度は必ず遊郭の方へとほいほい遊びに行っているのは周知の事実だ。


 局長と言う手前、隊士の前で情けない姿を見せたくないのだろう。

 一颯は内心でほくそ笑んだ。



「まぁいいです。それじゃあ俺は軽―く出かけてきますね」

「あ、おい一颯……!」

「散歩のついでにぶらりと都の警邏けいらにでも行ってきます。もしかすると、俺を探しているっていうかわいい女の子とばったりと出会えるかもしれないんで」

「いや、かわいいとまでは俺は言ってなんだがな……」

「それじゃあ、行ってきまーす」



 近藤に見送られながら、一颯は【真選組】の屯所を後にした。



「あ、ちょっと待て一颯」と。近藤。

「はい? どうしました?」

「いや、その……実はだな――」



 なかなか続きを紡ごうとしない近藤は、これはなかなか珍しい光景だった。

 良くも悪くも、この近藤巌こんどういわおと言う男は正直者である。

 つまり彼は嘘を吐くのがものすごく下手くそだった。



 ――近藤さん、鼻先がまぁたピィピクとしてらぁ。本当にわかりやすい人だねぇ。



 と、隊士全員は知ってて、あえて気付かないフリをしている。


 新人ならばともかく、古参のメンバーであれば誰しもが気付いているという、その事実に未だ気付いていないのが、なんとも近藤らしい。


 思ったことはすぐに口に出るタイプの男が、こうも迷うとはいったいどれほどのものなのか。


 一颯は神妙な面持ちを浮かべた。



「……【まんぷく亭】のカエデちゃんのことは、知っているよな?」



 近藤の顔は未だに重苦しそうである。



「えぇ、そりゃあもちろん。贔屓してる場所ですからね」

「そのカエデちゃんだが、近々嫁ぎにいくそうだぞ」

「……え?」



 一颯は、目をぎょっと丸くした。

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