第5話
空がまだ
心地良い眠りが強制的に叩き起こされとあって、清々しい気分というにはいささか無理がある。
当然、時間も弁えない不逞の輩に対して一颯が怒るのは当然の反応である。
(こんな朝っぱらから、どこのどいつだ? 時間も弁えない阿呆は)
大きな欠伸をこぼす一颯も、玄関前の口論を耳にしたことでハッと覚醒を果たす。
一つは、まったく一颯も知らない声だった。
しかも一人じゃない、複数人といる。
もう片方は、獣が唸るような野太くて低い声はもう何年と耳にした声だった。
「近藤さん? いったい何かあったんですか?」
「い、一颯――」
「貴様が
近藤を遮ったその男は、負けず劣らずいかつい顔をしている。
太い眉に強くシワの寄った眉間が印象的な男であるが、一颯との面識は今回は初である。
重装備に身を包んでいる彼の後ろでは、似たような恰好をした男達が何人もいた。
皆物騒な雰囲気を隠そうともしないで、今にも腰の剣を抜きそうな勢いだ。
「えっと、アンタ達はどちら様でしょうか?」
「我々は帝直属近衛兵団である。某は、近衛兵長の
「はぁ。それで、その近衛兵長さんが俺に何か御用でもあるんですか?」
「
「……は?」
この瞬間より一颯の眠気は完全に吹き飛んだ。
何故なら近衛兵長の口より告げられた罪状は、完全に冤罪そのものであるのだから。
いつの間にか、自分が容疑者へと仕立てられていることに一颯は、驚愕はもちろん憤慨を禁じ得ない。
「ちょっとふざけないでもらえますか? どうして俺があの人を殺したことになってるんでしょうかね。だいだいこの件について処理したのは俺自身なんですよ?」
「弁明ならばここではなく、帝の御前でするがよい。大人しく従うのであればよし、歯向かうのであれば即刻この場で殺してもよいとの命令を仰せつかっている」
「つまり、今ここで俺と殺り合う……と?」
「よさないか、一颯」
こつんと頭を小突いた拳は、ごつごつとしたまるで石っころのようだ。
本気であれば、人体で一番堅牢とさえ言われる頭蓋骨を、この男……
「しかし、本当に一颯がやったという証拠はあるのですか? うちの一颯は、確かに組織の中ではまだまだ若造ですし、粗削りな部分もまぁ無きにしも非ずな男です」
本人を前にしてのその評価に、一颯はなんとも言い難い複雑な面持ちだ。
(俺って、そんな風に評価されてたんだ……)
近藤の人を見る目は、確かに信頼できるものがある。
浪人だろうと、元乞食だろうと、彼の慧眼に叶ったものは何かしらの形で今じゃ、宝石の如くきらきらと輝いた人生をすごしている。
むろん一颯とて例外にもれることはない。無名のまま終わるはずの道場だったが、
「ですが、任務には忠実な男であるし、これまでにも数多くの怪異に関する事件を解決している実績があります。人望もまぁまぁある方です。そんな男が、私利私欲のために殺人に手を染めるなど、到底思えませんが」
「近藤さん……」
予想に反しての高評価である。
いざ、改めて評価されることに、一颯は気恥ずかしさを憶えてしまう。
それはさておき。
「い、一応確認しておきますけど、あなたたちにもきちんと報告いってますよね?」
「もちろん聞いているとも――夜の街を散歩していたら、偶然出くわした
にやついた顔は、無遠慮に神経を逆撫でる。
「確かに、貴様はこう証言したらしいな」
「えぇ、そのとおりですよ」
「だが、その後から提供された証言と随分と内容が違うのはどうしてだろうな」
「何?」
「偶然にも、その時の様子を目撃していた者がいてな。このように証言していたぞ――“あの路地裏で貴様が
「なっ!?」
その理由を垣間見た一颯の
人気のない時間と場所を選んだつもりでいたし、実際自分と対象を除いて人の姿はなかった。
どうのこうのと、いくら自己を正当化したところで、過去が変わるわけでもなし。不覚にも目撃者がいたという事実を、一颯は認めるしかない。
これが嘘の供述だったのならばまだ、彼に弁解の余地はあっただろう。
目撃者の証言に、何一つ間違いない。
ここで一颯が、違うそんなものは嘘だ、とこう供述すれば偽証罪に該当しかねない。
偽証罪は窃盗などの軽犯罪よりかはずっと重く、最悪内容によっては死罪を判決された、なんていう事例も少なからずある。
よって一颯が最初にした証言は、最悪の場合、偽証罪に該当する可能性がここにきて浮上した。
目撃者がいないのをいいことに、また馬鹿正直に事の顛末を一から話した時、真っ先に
一颯には、
当然ながら、昨晩の時だって一颯は敵意はあれど殺意は一寸もなかった。
あくまでも実力の差を知らしめるため。
無益な殺生は一颯とて望まぬところである。
もっとも、ざっと数か月ぐらい布団の上ですごしてもらうつもりで吐いたが……。
御前試合で、帝の前だったにも関わらず不服を唱えたのが、ここにきて仇となった。
御前試合の結果に納得ができなかった一颯は、その夜に
馬鹿げた話ではあるが、これほど説得力のあるシナリオも早々ない。
「それは……」
「まぁ、いずれにせよ弁解はここではなく、帝の御前で思う存分するといい。さぁ、いくぞ!」
「クソッ……」
「あー、一つお尋ねしてもいいでしょうか?」と、近藤。
「【真選組】の局長として、この私も同行させていただきたく」
「それは、別に構わん。だが発言することはできぬ。大人しく傍聴することだけは心に留めておくように」
「むろん、承知した」
「――、はっ……!」
近藤と佐々木のやり取りに、一颯だけがふっと小さく笑う。
(本当に、この人は相変わらず大嘘つきな人だなぁ)
彼にとっての隊士とは、単純に捨て駒や一隊士、そんな安価なものではない。
曰く、共に苦楽をするからこそ家族である。
これはもう、近藤の口癖のようなものだ。
唯一の違いは、口先だけの言葉ではないこと。
隊士が危機に陥れば、局長の座であるにも関わらず、誰よりも先に危険へと身を投じる。
それが
――近藤さんって嘘吐く時、絶対に鼻先がピクピクと動くから、わっかりやすい人だよな。
と、ある隊士が指摘したとおり、佐々木からの要求に承諾したはずの近藤の鼻先は、ぴくぴくと小刻みに動いていたのを、一颯はばっちりと見逃さなかった。
西国の地にて俺は食われる~冤罪で追放された剣聖、真犯人を探すはずがいつの間にか嫁探しになっていた件~ 龍威ユウ @yaibatosaya7895123
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