第6話
とある総合病院の三階ナースステーションを、中年男と青年の二人が訪れた。青年は何やら重そうなカメラを持っている。受付の事務員が顔を上げると、中年男の方が口を開いた。
「先ほどお電話差し上げたN新聞の坂田と申しますが、例の高校生の病室はどちらでしょう?」
「ああ、船井さんならそこのHCUですよ。でもまだ意識不明で、今朝やっとICUを出たばかりですからね、会ってもお話できないと思いますよ」
ナースステーションのすぐ横、HCUの入り口に「船井信二」の名前があるのを、坂田は確認した。HCUとは、ICUと一般病棟の中間に相当する、ICUよりは軽度の重症患者を重点的に看視・治療するための病室や病棟だ。信二は意識不明のままだったが、危篤状態を脱し病状が安定してきたため、家族の希望もあってICUより治療費のかからないHCUに移されたのだ。
坂田とカメラマンの青年がHCU病室に入ると、頭を包帯で巻かれたまま眠っている信二のそばに、信二と同じ年頃の男女が座っていた。坂田が先日取材した、信二の同級生だ。坂田の気配に気づいた男女が軽く会釈し、坂田も応えた。
「先日はどうも。竹中くんに市橋さん……でしたね」
竹中晃久と市橋ゆかりは、無言で頷いた。その沈んだ顔色を見て、落ち着いた話をできる状況ではないと坂田は瞬時に判断し、自分から話を切り出した。
「ここに来る前に警察でお話を伺ったんですが、例の加害者たち、ぼつぼつ自供を始めてるようでしてね。ゲーム狩りは船井くんが初めてじゃなかったようですよ」
LH9を買いに行く途中の信二を襲ったのは、ゲームの魔物ではなかった。信二は背中を押され、バランスを崩した直後に後頭部をバットで殴られたのだ。
「きゃああああああああああああああああああああ」
市橋ゆかりは叫んだ。信二の周囲に、バットを持った若者を含む四~五人くらいが立っている。二人ほどが市橋ゆかりを威嚇したが、信二が倒れ動かないのを見て取ると、若者たちはその場でしゃがみこみ、信二の制服や鞄の中を漁り始めた。
「船井くん!」
「ゆか、逃げるぞ!」
近くの適当な店に飛び込んだ二人は、すぐに警察と救急車を呼んだ。警察官が駆けつけたときには、若者たちは逃げ、信二の財布は抜き取られていたが、幸い人通りの多い時間帯で目撃者が多く、犯人たちは三件目の強盗中に現行犯で逮捕された。
若者たちは大作ゲーム(今回はLH9)の発売に合わせ、購入資金を持っているであろう人物を狙って強盗する「ゲーム狩り」の常習犯だった。今回の、人通りが多い時間帯での大胆な犯行は、犯行に慣れて警戒感が麻痺していたのと、目撃者が巻き添えを嫌って通報しない保身心理を踏まえてのことらしい。
若者たちは手分けして、複数の店で事前に客をチェックし、その店の常連客らしい目立つ人物数人をターゲットに決めていた。信二を狙った理由についても「今どき高校生でこんな髪型してる奴いないし、いかにもオタクって感じの、なんつーか、オーラっての? そういうのが出てて分かりやすかったからさー」と悪びれることもなく語った。
客商売と言う性質上、店長が犯人のうち二人の顔を覚えていたことで、彼らの計画性は立証された。逮捕された日だけでもすでに三件の強盗および強盗未遂と言う馴れた手口から、警察では現在、余罪を追及している。
一方、殴られ倒れた信二は、意識不明のまま救急車で病院に運ばれた。検査の結果、後頭部強打による脳挫傷と判明、緊急手術により危機は脱したものの、いつ意識を回復するか全く分からないまま、現在に至っている。
「その……犯人はどうなるんですか?」
竹中が坂田に訊ねた。
「そうですね。強盗致傷罪――つまり船井くんから財布を奪うために暴行を加え、その結果船井くんが危篤状態に陥るほどの重傷を負っていますから、最低でも懲役六年は免れません。私個人の見解では、余罪の程度にもよりますけど、懲役十年から十五年程度ではないかと思います」
「……それで船井が目を覚ますわけじゃないけどな」
呟く竹中の表情は険しい。
「ええ。それでも、船井くんをこんな風にした犯人たちには、きちんと罰を与えなければいけません。船井くんがこんな状態だから、なおさらです」
「……」
沈黙の中、
「あ」
市橋ゆかりのあげた声に、竹中と坂田は彼女の視線を追った。眠ったままの信二をの目から、光るものが流れ落ちている。
「……聞こえたのかな、あたしたちの話」
市橋ゆかりの呟きに、坂田が答えた。
「かも知れませんね。船井くんもきっと、犯人たちが罰せられるのを望んでるんですよ」
今は誰も知らない。信二が眠りの中で見ているものを。ただシーツの下、信二の右手の指は、見えないボタンを決まった順序で、いつまでも繰り返し押し続けていた。
東京魔宮伝説 せんと★えるも @saint__elmo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます