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 プロローグ:特A ひとめぼれ


 輝く太陽、青い空、白い雲。通いなれた通学路を歩く光一郎こういちろうの隣には、制服を着た茶色い毛並みのロップイヤーが歩いていた。

「どうしたの、光一郎。アタシの顔に何かついてる?」

 クリっとした目で光一郎をジッと見つめる。

「なんでもないよ、うさみちゃん」

「ふーん、変なの」

 うさみはプイと前を向き、器用に二足歩行する。

「いや~お二人さん、幼馴染だからって見せつけてくれるね~」

 前から軽口が聞こえ、声のする方に目を向けた。そこには黄色の三角形が宙に浮いていた。その隣には青色の人型ロボットが立っている。

「こんのバカ揺多ようた!」

 うさみは脱兎のごとく走って、黄色き三角形こと揺多を追いかけた。

「ったく……何してんだか……」

泰道やすみち止めないの?」

「あー? あいつがまいた種だろ。まぁマジでヤバくなったら止めるけどよ」

 泰道が首をさすっていると、うさみが揺多に華麗なドロップキックを決めた。

 騒いでいる間に学校の予鈴が鳴る。

「おっと行こうぜ。遅刻するぞ」

 そう言って泰道は、戦闘機に変形して校門をくぐった。うさみが校門の前で「早く来なさいよ、光一郎」と呼んでいる。

「うん、待ってよー」

 そう、これが僕こと、星井ほしい光一郎の日常だ。

 すごい事なんて起きない。当たり前の事しか起きない。平凡な日常。ただ一つみんなと違うのは、人が異形に見えていると言う事だけ。それ以外は何もない。ただの楽しい日常。

 と光一郎は思いました。

 光一郎が教室に入ると、クラスのみんなは席につかず、落ち着きなく雑談をしている。席に着いた光一郎を囲むように揺多と泰道が隣に立つ。

「なんか浮足立ってるね、なんでだろう?」

「おいおい、光一郎知らねえの、今日転入生が来るんだぜ! 楽しみだな~」

 揺多は興奮気味にクルクルと回っている。

「性別は、って聞こうとしたが……女だろうな。その反応は」

 たりめーよと言い、揺多はX軸に高速回転した。

 そこへ

「ずいぶん楽しそうね」

 綺麗な声が聞こえてきた。その声に一瞬、光一郎は身を震わせて驚く。

「あ、あいさ~ん♡ おはよーございまーす♡」

 現れたのは胸から上に黒いモヤがかかった女の子だった。

「おはよう、委員長。今日もかわいいな」

「…………おは、ざいます」

「ふふふ、はい、おはようまくくん。機械島きかいじまくんったら、もう、ありがとう。星井くん」

 光一郎の目の前に黒いモヤがやってくる。

「おはよう、星井光一郎くん」

「おはようございます。大幸たいこうさん」

 光一郎は黒いモヤの中で何かが笑っている感覚を覚えた。

「じゃあね、お三人さん」

 愛は三人の元を離れ、他のグループの所へ行って談笑する。

「あ~やっぱいいよな~愛さんは。あのすべてを許してくれそうな母性だよな~」

「あれ、前は整った顔がいいって言ってなかった」

 うるせーと言い揺多は、先端で光一郎の頬をつつく。

「オレはあのむちむちの下半身だな。信じられねぇよ、なんか運動してるのか?」

「見た目ばっか見てんなよ、ガキかよ」

「お前よりは大人だけどな?」

 売り言葉に買い言葉で会話する二人をほほえましく見守る光一郎。

「なぁ、光一郎はどう思う?」

「そ、そうだね……。僕は……」

 いきなり話をふられた光一郎が考えをまとめていると、呆れた様子でうさみがやってくる。

「相変わらずバカ話してるのね、3バカ」

 なんだとーと揺多が反論しようとした時、教室のドアが開いた。信号機に手足が生えたマスコットキャラクターのような見た目の先生が、入ってくる。

「皆さん、着席してください。そして静かにしてください」

 そう言って先生は顔のランプを赤く光らせた。クラスのみんなは各々の席に着き、静かになる。その様子を見て小さく「グッド」と呟き、顔のライトを黄色く光らせた。

「皆さん、ご存知だと思いますが、本日このクラスに転入生が来ます。仲良くしてください」

 先生は顔のライトを青く光らせた。

「どうぞ、入ってきてください」

 教室のドアがまた開き、転入生が入ってくる。

 転入生を見て、クラスのみんなが「え、やばっ」「すごい」とざわついている。

「それでは自己紹介をお願いします」

 転入生は黒板に自分の名前を書いて、こちらを向く。

「今日からこのクラスへ転入する天動てんどうアルマ……だ。よろしくお願いします……だ」

 光一郎はこの時、天動アルマに一目惚れをした。

 光一郎は初めて人間に見えた彼女こそ自分の運命の人だと確信する。

 みんなおめでとう、新しい祝日の誕生を祝おう。

 と光一郎は思いました。


 1章:スクラップ&ビルド&おにぎり


 天動アルマを見て、その美しさに生徒たちは言葉を失う。

 一目惚れした光一郎もその一人だった。

 彼女の堂々たる立ち振る舞いに見ほれてしまう。

 一目惚れした光一郎もその一人だった。

 次に口にしたのは「綺麗」「カッコイイ」と語彙力のない言葉だった。

 一目惚れした光一郎は違った。

 アルマの動き全てを目で追ってしまう。彼女の歩くたび毛先が地面につきそうなほど長い黒髪。瞬きするたび艶を増す分厚く立派なまつ毛。全てを見ているようなキリっとしたツリ目。そして何より、同姓の女の子も魅了してしまう凛とした顔つきだ。

 今までうさみや泰道のような人型に見えることはあったが、完全な人間に見えることはなかった。だが、彼女は違う。天動アルマはちゃんと人間に見えている。

 そしてアルマは光一郎だけでなく、クラスの生徒たちも魅了していく。

 転入早々、天動アルマは話題の中心人物になった。

「アルマさん、スタイルいいね~何かしてるの?」「前はどこに住んでいたの?」「アルマさん、肌きれい~スキンケアは何使ってるの?」「アルマさん、前の学校では何してたの?」「身長高くて羨まし~何センチ?」とクラスの女子に囲まれ、質問攻めにあっていた。

 光一郎にはどの女子もうさみと同じで、制服を着た猫のように見えている。

「えっと……スタイルは気にした事なかった……な。強いて言えば適度なトレーニング……だ。すきんけあ? すまない……。よくわからない……。あの、身長は……データでは185センチメートルと聞いている……。ええっと前の場所は……はろ……」

 パンパン。

「はいはーい、みんな~そんなに質問したら、アルマさん可哀そうでしょ~」

 アルマが丁寧に質問の回答をしていると、クラス委員長の愛が手を叩きながら輪の中に入ってくる。「そうだね、委員長ありがとう」「委員長の言う通りだったね、ごめんね」「委員長はいつも正しいもんね、またあとでね」と猫女子たちは去っていく。

「アルマさんも答えられない事には、答えなくていいですからね」

「わ、わかった……。ありがとう……イインチョー」

「愛でいいですよ」

 黒いモヤの中で薄っすら笑ったように見えた。

 光一郎はその様子をほほえましく見ている。

 そして光一郎は改めて思った。これは一目惚れだと。

 ああ、これが一目惚れ……。と自分が初めて抱く感情に戸惑っていた。

 その後はずっと上の空で……。

 数学の授業中、先生から数式の回答を求められ、味噌汁の作り方で回答するほど上の空。

 体育の授業中、顔面にバレーボールがぶつかって、顔面がめり込んでも上の空。

 昼食中、弁当食べずに、何もない虚空を食べているほど上の空。

 ずっと上の空だった光一郎は、放課後ついに泰道と揺多に声を掛けられる。

「おい、光一郎大丈夫か~昼飯の時、おかずじゃなくてずっと何もない所を食べていたぞ?」

「バレーボールが顔面にクリティカルしてたが、それからおかしくなったか?」

「いや~数式求められてんのに、うまい味噌汁の作り方を答えてたから、朝から何かあったな、こりゃ」

「えっ……あ、放課後?」

 上の空から抜けた光一郎は、心配している二人を見て驚いた。

「今日はゆっくり休めよ、早く帰ろうぜ」

 カバンを背負った二人についていく光一郎。しかし完全に抜けていないのか、帰り道も薄らぼんやりしている。

「なぁ、光一郎~本当に何があったんだ?」

「どうした、変な物でも食べたか?」

 二人をこれ以上心配されるのは申し訳なく思い、光一郎は全てを打ち明けた。

「実は、僕、アルマさんのことが好きだと思う」

 すると二人は、少し真剣な顔つきに変わる。

「とりあえず聞こう」

「ん~で、今回はどんな感じに見えたんだ」

「アルマさんはね、すごいんだ。ちゃんと人間に見えるんだ。彼女の長い黒髪も見える。あのキレの長い瞳も、僕より高い身長も……全部見えて、全部わかるんだ」

 光一郎は興奮気味で、アルマについて語った。光一郎には自分の顔は見えていないが、きっと見えていたら……。

 宝物を見つけた子どものように目を輝かせて、弾けるような笑顔をしていただろう。

「おおーマジか〜!? おめでとー! おい、泰道、お前も祝ってやれよ!」

 光一郎の話を聞いた揺多は自分の事のように喜び、泰道は少し難色を示した。

「んんーだが、それって本当に一目惚れなのか? ほら光一郎はまだ彼女と話してもいないじゃないか。彼女のことを何も知らないのに好きって、それってただ容姿が好みなだけじゃないのか?」

 泰道の意見に光一郎は少し納得してしまい、黙ってしまう。しかし、その沈黙を吹き飛ばすのは、三角形の揺多である。

「はぁ~頭かてーな、泰道ちゃんはよーオメーの頭超合金かー?」

「んだと……?」

「あのなー光一郎はな、人が全部ヘンテコに見えてるんだぞ。試しにホレ、あそこにいる女子二人、何に見える?」

 揺多はニュッと生えた手で歩いている二人を指さす。

「えっと……うさみみたいに二足歩行している犬と猫……」

「なー!? 今もヘンテコに見えてんだよ! その中でアルマさんがまともに見えるんだ。それはもう一目惚れだろうが!!」

 揺多の熱弁に光一郎は、不覚にも感動してしまう。

「…………そうだな。悪かったよ、配慮が足りなかった」

 謝る泰道を置いてきぼりにして、揺多の熱弁は続く。

「言うならば、光一郎にとってアルマさんはジャガイモ畑に咲いた一輪の白い花。広い宇宙に輝く一等星。千年に一人の美少女……」

「ああーもう、うるせえな! 悪かったって言ってんだろ.......ったく、調子乗りやがって」

 泰道は揺多の肩らしき所を軽くパンチした。

「あれだ、光一郎。悪かった。変な事言って」

 顔を赤らめて泰道は、頭を下げた。少し恥ずかしいのか、彼の胸にあるハッチらしき所が開き、プシューと音を立て排熱している。

「いいよ、泰道は僕を心配して、そういう事言ってくれたんでしょ。ありがとう」

「ありがとうな。女の落とし方なら任せておけ、コイツよりは役に立ってみせる」

 指を刺された揺多は、ドリルのように回転して飛び上がった。

「はぁ~? 俺だって役に立つっつーの! 一目惚れ応援団長じゃーい」

 先端を泰道の頬へドリドリさせて反論する。強い摩擦が発生し、火花が出ている。

「あはは、ありがとう」

 その後も三人でバカ話で盛り上がっていると……。

 ブーン! ブーン! ブーン!

 泰道からアラームが鳴った。

「びくったー爆発するかと思った」

「んなわけねーだろ。あー…………悪い。今から女と会ってくる」

「どっちにしろ爆発しろ」

「いってらっしゃーい」

 また明日なと言い残し、泰道は戦闘機へ変形してどこかへいった。

 二人はしばらくの間、無言で歩いていたが、沈黙を破る男こと揺多が口を開く。

「さっきさー俺、光一郎の一目惚れ応援団長するって言ったじゃん」

「そうだね、言ってたね。意味はよく分からなかったけど……」

「んーやっぱ、光一郎の一目惚れって、アルマさんの顔が良すぎて、光一郎フィルターを貫通したんじゃね」

 先ほどと違う事を言う揺多は四角形になっていた。これは彼の軸がブレている合図だ。

「………………さっきと言ってる事が違うよ」

 光一郎は半分ほど呆れていた。さっきの熱弁の感動を返して欲しい。

「それは分かってんだけどさ~なんつーかー言葉に出来ねぇ……」

 悩む四角形こと揺多は、色が薄紫色になったり、宙に浮いたまま身体を伸ばしたり縮めたりしていた。

 最終的にはサイコロのように転がる。その姿を見て光一郎は、昔遊んだゲームみたいだと思った。

「とにかく! 俺が言いたいのは、本当に好きかどうかをちゃんと見極めろってことだ!」

 揺多は清々しいほどのドヤ顔で言った。まるで「今世界で一番カッコいいのは俺だ」と言わんばかりのドヤ顔だった。しかしながら、ブレた事を言った後なので、カッコよさもブレていた。ああ、悲しき四角形こと揺多。

「あ、うん。ありがと……」

 光一郎はなんとも言えない回答をする。だが、こういう所が揺多の憎めない所だった。

 光一郎から見て一番人間からかけ離れた姿をしているのに、その中で一番人間臭い事を言っている所が、揺多の好きな所であった。

 その後、揺多とも別れて、光一郎は一人になる。もしかして後ろに知ってる人がいるんじゃないかと思い、振り返るが誰もいない。完全に一人。

 少し物悲しさを覚える。

 光一郎はこの瞬間がたまらなく嫌だった。なんというか「この星には、お前一人しかいないんだぞ」と言われているような気がした。そう思うと心臓がキュッとなる。

 一人になると考え事してしまう。まるで眠れない夜のように。

 いろいろ考えている内に泰道の言葉を思い出す。

『それって本当に一目惚れなのか?』

 泰道の言う事に僕は、つい納得してしまった。物心ついた時から発病しているこの〝人間が異形に見える奇病″のせいで、恋愛どころか友人関係も上手く出来なかった。

 そんな僕が一目惚れをしたと言い出したんだ。それは心配するに決まってる……。

 僕は本当にアルマさんの事が好きなんだろうか……。

 と光一郎は思いました。


 光一郎がアルマの事や、未来の事や、宇宙の事や、生命の事を考えて歩いていると。

「えっ!? そんなあれは……」

 光一郎は驚きのあまり声に出してしまった。彼の視界に入ってきたのは、公園の砂場で砂遊びをしているアルマだった。

「…………ん、……んん?」

 つい物陰に隠れて彼女を見る。砂場でしゃがみこんで、砂の山に砂をかけて、頭をひねっていた。

 周囲に人はいない。クラスメイトも誰もいない。いるのはアルマ一人だ。

「なにをしているんだろう」と口走った時、光一郎にこれはチャンスじゃないかと、ひらめきがおりてきた。

 ここでアルマと仲良くなって、彼女の事がわかる。そうすれば、この一目惚れの正体がわかるんじゃないのか。そう強く思った。

 そうと決まったら行動しないだと、アルマに近づくために物陰から出ようとした時、光一郎はまだ影の中にいた。

 一向に彼の足は動かない。足に鉛が付いているように、重くなっている。触ると小刻みに震え怯えていた。

 何に?

 その答えを光一郎は知っていた。

 それは変わろうとする自分にだった。鉛は小さな過去の自分に見えた。首を横に振ってこのままでいいんじゃないか、と言ってくる。

 ジッとしがみついて離さない。泣きそうな顔で変わって傷つくのは嫌だと言っている。

 光一郎は小さな過去の自分を慰めてあげようと思い、手を差し伸べた。だが瞬間、その手を引っ込めて、彼を引きはがした。

 光一郎は深呼吸をして、自分の中に散らばった小さな勇気をかき集め、大きな勇気に変える。

 そして、光に、いや、アルマに向かって、一歩を踏み出した。後ろで小さな過去の自分が、涙を溜めて見ているように思えた。

 そんな彼に光一郎は背中で「心配しないで、僕は変わるんだ」と語る。

 一歩、また一歩とアルマに近づいていく。そのたびに鼓動が早くなる。ドクンドクンと胸が高鳴り、集めた勇気がどんどん小さくなっていく。

 アルマはまだ光一郎に気づいていない。

 気づかれたらどうしよう……。

 そんな不安を残った勇気で吹き飛ばす。

 身体を震わせながら、光一郎はアルマの前に立つ。

「…………? キミは……」

 アルマは顔を上げて光一郎を確認する。

「ぁ……」

 アルマの顔を見た時、光一郎は言葉を失った。無垢な瞳をぱちくりさせ、こちらを見る彼女はとてもかわいかった。

 これ以上の沈黙は変だと思い、光一郎はとりあえず会話をした。

「き、き、き、きょ、今日は、つ、つ、月が、綺麗……ですね!」

 緊張のあまり、昼間なのに月の話をしてしまった。

 何をしてるんだろう。光一郎は後ろで小さな過去の自分に、笑われてる気がした。

 アルマも変な空気が流れているせいか、黙っている。

「…………ん、ああ……月か。地球に来る前に……月を見たが、とても綺麗だった……な」

 アルマの独特な返しに困惑しつつ、光一郎は何をしているのか聞いた。

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②ハローの終わりから…………こんにちわ Aぁ.S/key @aadotskey-1130

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