第7話
博多港は国際港で韓国と繋がっている。ここから近いうえチケットもそこまで高くない。
海外まで黒服が追ってくるとは思えない。
そのことを愛華に伝えると、真面目な顔をして頷いた。寂しいような、不安めいた表情だったけれど、深く頷いた。
巨大な船が停泊している国際港ターミナルに着く。
施設から細い通路が船の手前までのびていて、乗船していく人々が窓から見えた。小さな女の子が父親に窓の高さまで抱えられ、堤防の老夫婦に手を振っている。
「ケイトも一緒に乗れないかしら」
駐車しても愛華は一向に降りなかった。
「海外ではバイタルネットワークがないので、何もできない鉄の塊になります」とぼくは嘘をつく。車ごと運ぶにはかなりの運賃が必要になる。
愛華はしぶしぶ施設に行き、出国の事前手続きを済ませると、また戻ってきた。
「試しに韓国まで行ってみて、だめだったら帰ってきたら」と彼女は提案した。そんなことをすれば、ぼくは別のケイトになってしまうと言って怖がらせた。
出航時間のギリギリまで彼女と会話する。与えられた燃料の最後が、出航のちょうどになって、ぼくは彼女を自由にするために生まれたんだと悟った。
時間になり、彼女はターミナルに向かった。
そのとき、三人の黒服が施設への道を塞いだ。
歩みを止めた愛華の横を、ぼくは走り抜けて、男たちに迫った。
「走れ!」ぼくは叫んだ。
愛華は体勢を崩しながらも、施設に駆け込んだ。
執拗にボンネットをつかむ巨体の男。
堤防ぎりぎりまで加速して、急ブレーキをかけると、あえなく海に落ちていった。
もう、愛華を追う人間はいなくなった。
通路から愛華が手を振る。『いつかまた』と言っているようだった。
ぼくはヘッドライトを五回点滅させる。
彼女には伝わったのだろうか。『愛してる』と。
プサン行きのフェリーが汽笛を鳴らす。
見届けると、インパネから警告音がひっきりなしに鳴った。
ぼくは最期に、できればもう一人、会いたい人がいた。
坂道を登り、大きな港を一望できる場所までくる。港が夕日を反射して燃えているようだった。
車の速度は落ちて、ノロノロと住宅街を走った。
ホログラムはとうに消えて、中身が空っぽになるのが分かった。バンパーは折れて、ボンネットには無数の傷がある。
停止間際、クラクションを鳴らすと、カメラが切れて真っ暗になった。
――
誰かが駆け寄ってくる。
「ケイト」
ラッキーボーイの驚く声が聞こえた。
無人タクシー・ケイト 下昴しん @kaerizakura
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