エピローグ 両手に花を

「あたしの剣の方が、早かったんだ。そうだろ?」


 もう試合が終わって何日もつのに、赤髪の長が、いまだにブツブツと私に言ってきた。


「でも私の小手打ちの方が、先に当たった。そうでしょ?」


 もう何回も言われてるので、同じ返答を私はかえす。ちなみに私は、髪の色から彼女をアカさんと呼んでいた。向こうだって私をクロと呼ぶのだから構わないだろう。


 あの試合の事を思い出す。確かにタイミングとしては、アカさんの剣の方が早かったかも知れない。だけど剣が私の右肩に触れる事は無かった。何故かと言えば、剣道の高段者でも異世界の達人でも、


 レベルが高い者ほど、剣の振りはそういうものである。私はエルさんと毎朝、素振すぶりをしていて、その事実を再確認していた。『低い体勢で、逃げるようにカウンターの小手を打てば、エルさんから一本を取れるかも!』と考えていたのが、アカさんとの試合で役に立った訳である。


「クロがどう思ってるか知らないがな。あたしだっておにじゃないんだ。試合で子供の骨を折るような一撃なんか打たないさ」


 試合で私の肩に剣が届かなかった事に付いて、アカさんはわけを続けている。実際、アカさんの言う通りなのかも知れない……いやいやだまされませんよ? だって、あの試合でアカさんは自分の命をけてたんだから。そんな試合で手加減して負けちゃったら、どんなオバカさんですかという話になる。


 なんだか最近は、私にまとわりつくアカさんが可愛かわいらしく思えて仕方ない。あの試合では、さおな顔をしていたし。私はアカさんの戯言たわごとを聞き流しながら、あらためて、あの試合で決着が付いた後の状況をおもこしていた。




 私は集中しすぎていて、何も聞こえていなかった。左に倒れこむような、低い姿勢からの切り上げ小手打こてうち。それが当たって、赤髪の長というかアカさんが木剣を落としたのが分かる。私の右肩も攻撃を回避かいひできたようで何ともない。ただ審判の声が聞こえない。果たして一本を取れたのかが分からなかった。


 だから私は確実をしたかったのだ。これでもし、仕切り直しで試合再開となったら私は負ける。私が負ければ、エルさんが連行されていく。私がつらい目に合うのは良いが、エルさんが泣くような目にうことは嫌だった。ここで決めなければならない。


 アカさんが打たれた右手を押さえて、呆然ぼうぜんと立っている。低い姿勢から立ち上がった私は、その彼女に目掛めがけて、木剣を振り上げた。何故か二人の審判があわてて、私とアカさんの間に入って制止してくる。私には理由が分からなかった。ただアカさんの息の根を止める事しか考えられない。彼女はあとずさって、何かにつまづいて尻餅しりもちをついた。


 審判が一生懸命、何かを説明しようとしているのだが私の耳には入らない。当たり前の話をすると、剣道でも異世界の試合でも、審判が武器を持つ事は無い。木剣を持った私を、素手すでの審判が制止するのは、さぞむずかしかった事だろう。後から考えると可笑おかしいのだが、アカさんの配下の武装集団は、ただの一人も動こうとすらしなかった。


『あれは、あたしの人望が無かった訳じゃないさ。皆、お前の事が恐ろしかったんだよ』


 後からアカさんは、そんな事を私に言ったものだ。もちろん、そんな訳は無いと私は思う。


 引き続き回想を再開すると、審判二人が決死の覚悟で、私にしがみついて止めようとしてくる。「はなせぇぇぇ!」と私はちからの限りえた。私より体が大きい二人を引きずって一歩ずつ、前へと進む。アカさんはアカさんで、何かしら行動すべきだろうに、まるで恐ろしい者を見るような表情で動かないままだった。アカさんには何が見えたのだろう。この世の修羅しゅらか。


 木剣はうばわれていない。鬱陶うっとうしかったので、私は審判二人を投げ飛ばしてとおざけた。この時の私を止められる者は、ほとんど居なかったと思う。さおな顔で、尻餅をついたアカさんが私を見上げる。私は剣を振り上げた。これで全てが終わる。私達の日常をうばう者に、今こそ正義の鉄槌てっついを────


「終わったよ、クロ」


 何も聞こえなかった私の鼓膜こまくに、世界で一番、優しい声が届いた。途端に周囲の世界が、かがやきを取り戻したような感覚に包まれる。木剣を振り上げた状態で、私は背後から来たエルさんに抱き締められていた。


「終わ……った?……」


「ああ。クロが一本を取ったんだ。だから試合は終了、クロの勝ちだよ。私はすくわれたのさ」


「救った……? 私が、エルさんを、救ったの……?」


 言葉を理解できない幼児に話しかけるように、丁寧ていねいにエルさんが説明してくれる。まるで理解力が無かった私も、言葉の意味が分かるようになってきた。


「ああ。だからクロ、木剣を下ろしなさい。を殺すかどうかは、おさである私が決めるから」


 そいつ呼ばわりされたアカさんが鼻白はなじろむ。私が持っていた木剣が、信じられない急激きゅうげきさで重くなったような感覚があって、私はダラリと腕を下ろした。そんな私からエルさんは優しく、剣を引き取る。


「さあ。こっちを向きなさい、クロ。そんなに熱い目を他の女性に向けないでくれ、けてしまうじゃないか」


 アカさんから視線を外そうとしない私を、エルさんが振り返らせる。何が起きているのか、まだ私は上手く理解できなかった。大人おとなしく、されるがままの状態である。親に着替えさせてもらう時の子供、といったたとえが最も近いだろう。


「ねぇ、クロ。君が集落に来た時の事を覚えているかい? あの時の君は深く傷ついていた、心身ともにね。私は詳しい事情を知らないけど、君が居た世界が、君に取って優しい場所では無かったという事くらいは分かる。世界というのは、時に残酷なものだからね。特に子供には」


 抱き締め合うような距離で、正面からエルさんが話しかけてくれる。私は彼女の瞳を見上げながら見つめていた。


「……だからクロは、大急ぎで強くなろうとした。私も、君が将来、自立する時の事を考えて木剣での手合わせに付き合った。そして、世界の残酷な『現実』が、私をさらいに来た」


 エルさんが一旦、私の背後に居るアカさんへと目を向ける。アカさんが『現実だよ、現実』と、エルさんに対してうそぶいていたからか。そしてエルさんは、また私に視線を戻した。


「そんな現実が、子供に過ぎない君を戦士に変えた。そして私を救ってくれて、後ろのに、とどめまでそうとしてくれた。だけどね、もういい。戦いは終わったんだ、君は子供に戻りなさい」


「子供……に……?」


 小首をかしげて、私はエルさんを見つめる。良く分からない私に、エルさんは続けてくれた。


「そう、純粋な、無垢むくな子供に。私から見れば、何才だろうが人間族は子供だよ。百年も生きられないようでは、世界の残酷さに耐えられるタフさは身に付けられない。君は強さに価値を感じていたようだけど、強さとは無垢な子供を守るために使われるべきものなんだ」


 そこまで言って、エルさんは正面から私を抱き締めてきた。


「だからね、クロ。話が長くなっちゃったけど、ずっと君は、私と一緒に居なさい。この集落で、いつまでも子供のままで居てくれていい。誰にも文句は言わせない。今回のような事が二度と起こらないような仕組しくみも思い付いた。どっちが花嫁はなよめでも花婿はなむこでもいいから、一生を私にささげてほしい。どうかな?」


「……イエスです……答えはイエスですぅ……愛してます、エルさぁぁぁん……」


 わああぁぁん、と子供そのものの泣き声が私ののどからほとばしる。私の背後から、「……負けたよ」という、みをふくんだようなアカさんの声が聞こえた。その言葉はアカさんが、私とエルさんの二人に負けた事を認めたように、私には感じられた。




 エルさんが考えた仕組みというのはシンプルで、エルさんとアカさんの集落を同盟関係で結ぶものだった。そして現在、アカさんは人質として、エルさんの集落に置かれている。前世で習った日本史の戦国時代でも、そんな方法が取られていた気がした。


 そして同盟の期間だが、これが私とかかわっている。同盟期間は、寿。もしくは、エルさんと私の婚姻こんいん関係が終了するまで。仮に私が機嫌をそこねてエルさんと離婚しちゃった場合、その時点で同盟は決裂である。同盟関係が無くなったら、その後の行動はアカさんの自由だ。アカさんが居た集落に、今は代理の長が居るが、その長にアカさんが返り咲いてもいい。


 アカさんの集落は、森の種族の中で最強の存在だそうで、だけれどもアカさんの指示が無ければ基本的に悪い事はしない人達らしかった。要するに諸悪の根源はアカさんなのであって、そのアカさんをエルさんの集落に置いておけば、少なくとも森の種族同士での抗争は避けられると。そういう事であるらしい。


「良い案を思い付きましたねー。よく話で聞くんですよ、平民の娘が王子様と結婚したら、お城の人達が花嫁をいじめて離婚させちゃうって展開を。そういう陰湿いんしつなイジメや、もっと悪質な暗殺まで含めた対策なんだから流石さすがですエルさん!」


「クロには、いい思いをしてもらいたかったからね。人間族は繊細だから、ちょっとした流行はややまいくなりかねない。そんな事にならないよう、クロには手厚いサービスが常時じょうじ、用意されているよ」


 ちなみに集落からけむたがられてきていた、おさとしてのエルさんの支持率だが、今はまた百パーセント程度まで上がっている。これは結局、エルさんがアカさんをコントロールできているから。アカさんはエルさんと、何故か私の事を気に入っているようで、この友情関係が続く限りは同盟関係も安泰あんたいなのだろう。私がエルさんと離婚する事は絶対に無いので、後は頑張って長生きして、少数派マイノリティーが暮らす森の平和維持に貢献して行きたい。


「さー。ねやに行こうぜ、ねやに。今日も楽しい夜の時間だ」


 食事を終えたアカさんが、私とエルさんの間に割って入ってくる。私達は今、三人で暮らしていた。エルさんと私が居た家では小さすぎたので、倍以上の広さで家を新築してもらったのだ。これはエルさんというより、アカさんの機嫌をそこねないための措置そちで、贅沢ぜいたくを好まないエルさんが嫌そうな顔をしてたなぁと私は思い出す。


 今の私達は、。私の寿命が尽きて同盟関係が無くなった後も、この集落にアカさんをとどめておければ都合つごうは良いのである。最強集落との関係が良くなって平和を維持できる。


 だから私は死後の事を考えて、提案というか、お願いをした。『私が世を去ったら、アカさんとエルさんが結婚して、夫婦になって。そしてアカさんは、この集落にとどまって』と。ここの集落の長はエルさんで、アカさんに政治的な実権は無い。


 前世でもそうだが、権力を持たせてはいけない人というのは居るのだ。その典型がアカさんである。アカさんから権力を取り上げる見返りとして、私はこう言った。『これから夜の事は、なるべく三人でしましょ? もちろんエルさんと私が二人きりの時間ももうけさせてもらうけどね。エルさんはアカさんを嫌ってるみたいだけど、私をあいだはさめば、仲良くできるんじゃないかな』


 三人での行為というのは、この集落では珍しくなくて、その光景を私は温泉がある浴場で何度も見てきている。『クロは、それでいいのか。私が君以外の女と寝ても』というエルさんからの問い掛けには、こう答えた。『政治がからんでるんだから、いいよ。ただし、私抜きで、二人でするのはダメ。私もアカさんと二人きりではしないから』。


 ややこしく聞こえるかも知れないが、要は基本的に三人でセックスして、後はエルさんと私で二人きりのセックスもしましょうという事だ。逆に言えばアカさんは必ず三人で出来る訳で、『そりゃいいな!』と大喜びをしていた。




 で、夜の事をすると言っても当初、私は知識が無かったので。私はエルさんに、手本を見せてもらって、それを真似して学ぶ事になった。そのための教材として用意されたのがアカさんです。


 元々、アカさんの事を嫌っている事もあって、エルさんの仕打ちは凄かった。ベッドで寝かされたアカさんを、エルさんと私が挟む形で攻めまくる。毎回、気絶するまでアカさんはいじめられて、やっぱりエルさんって凄いんだなぁと私は感動してばかりだ。そして翌日になれば、全くダメージなど無い様子でスッキリしていたアカさんも、やはり凄いなぁと思った。


 と言うかアカさんが、あんなに可愛らしい声を出すんだなぁと、そういう事にも私は感動していた。一緒に寝てみないと分からない事はあるのだ。この間まで私が木剣で殺そうと思っていたアカさんにも、花のように柔らかく可愛らしい部分がある。


 種族など関係なく、そういう花の部分をう事が出来できれば、あらそいごとは減るのではないだろうか。『それは単純だ』と、森の外の世界では言うのだろう。でも少数派マイノリティーに属する私から見れば、むしろ外の世界の方が無駄に複雑なのだと思う。かつて私は剣に願った。『どうか大切なものを守れますように』と。さいわいにして、その願いはかなった。


 今の私は、大切な花をいつくしみたい。ベッドでは今、私を挟む形でエルさんとアカさんが居る。かつて一方いっぽうとは死闘をひろげた。きっと外の世界なら、そこから無駄に抗争が続いた事だろう。森の奥に居る私達は今、互いの花をっている。愛し合う事。それがシンプルな解決方法だ。


 両利きの私は、エルさんとアカさんの花を同時にでる。私が世を去った後も、この時の事を二人には思い出してほしい。そしておもばなしがエルさんとアカさんの仲をつないで、森に居る少数派マイノリティーの平和へと繋がっていく事を私は願っている。

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剣に願いを、両手に花を 転生新語 @tenseishingo

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