第6話 剣に願いを

 エルさんの試合がおこなわれた場所で、かぶと小手こてどうの防具を着けた私と、防具の無い赤髪の長が試合をおこなう。「あたしは二戦目なんだ。シンプルに一本勝負でいいだろ?」と赤髪の長が要求してきて、その試合条件を私は受け入れた。正直、好都合こうつごうである。強敵を相手に二本を先取するのは難しい。一本勝負なら私にチャンスはあった。


 そして試合が始まった。向こうもそうだろうが、私に勝負を長引ながびかせる気は無い。赤髪の長は早めに帰りたいのだろうし、私は私で長期戦を避けたかったのだ。技術も体格も体力も、全てが違いすぎる。長期戦になれば私の勝ち目はゼロである。


 ただ難しいのは、やみくもに突っ込んでいっても負けが早まるだけだという事だった。カウンター一閃いっせんで、一本を取られてそく、終了という事態も避けたい。私はまず、相手の木剣を自分の木剣で叩く事だけに専念した。剣道の要領で、こまかくフットワークを使って前後左右に動きながら。


 私は赤髪の長の動きを確認する。やはり一戦目の、エルさんとの試合と同様、前世の剣道と同じ構えだ。右手と右足を前に出した構え。右利きを前提にした時の合理的なポジション。この世界の剣術とは、そういうものなのだろう。多数派マジョリティーが優先される仕組み。どんな世界でも、そんな風に世の中は動いていくものだ。


 二分以内に決着をつける。その二分で、私の力を全て使い切るつもりで動こう。その後は動けなくなってもいい。そう思っていたら、赤髪の長が予想外の行動に出た。私の胴を木剣で突いてきたのだ。防げない程の早い動きで、私の胴には繰り返し、打突による衝撃が伝わる。


「突きで一本というルールは無いけどな。この程度で、反則負けにはならないぜ?」


 衝撃で息が出来なくなった。これは……不味まずい。向こうは遊びのような感覚なのだろうけど、私には一発一発のダメージが大きすぎる。私は大きく後退するしか無くて、幸いな事に赤髪の長は追って来なかった。すっかり私を舐め切っている。いいだろう、そうやって私を嘲笑あざわらえ。そうすればそうするほど、私が彼女に付け入るすきは大きくなるはずだった。


 何とか呼吸を整える。試合場の周囲には集落の人達が居て、誰も声を掛けて応援したりはしない。武器を持った集団がそばに居るのだから当然だろう。私だって試合中のエルさんに、何の声を掛ける事も出来なかったのだから。


 急速にスタミナが無くなったのを感じる。肋骨ろっこつが痛い。折れていないのは分かるが、息をするだけでるように苦しい。私は勝負をけに行こうと決めた。大博打おおばくち大博打おおばくち。これで失敗すれば、私は十年、エルさんと共に強制労働の刑である。


 私は木剣の握りをさりげなく変える。そして自分から、赤髪の長とのいを詰めていった。相手は正面に木剣を構えていて、その構えには、やはりと言うかすきがあった。案外、私の攻撃をさそってカウンターを決めるつもりかも知れない。それでも良かった。どうせ、そんなに長くは私のスタミナが持たない。この攻防で試合を決めて見せる。


 滑るような足運びで、左右の足を交互に出して私は進む。私には分かっていた。赤髪の長は、私が右足を前にした構えでの攻撃をしてくると思っている。それが、この世界での常識だからだ。何百年も生きてきた森の種族は、世界の常識に慣れきっている。エルさんが以前、そんなふうに話してくれた事を私は覚えていた。


 だから赤髪の長は、私がを前にしたタイミングで攻撃してくるとは思わなかった。私は木剣の握りも、左手を上にした構えに変えている。前世で言う、ひだり太刀たち。左利きの私に取って、最も合理的な構え。まだ攻撃が届かないと思っている距離から、左手と左足を前にした構えで予想外の小手打こてうちが来る。左太刀の私から見れば、突き出された赤髪の長の右手は、絶好のまとであった。


 前世の剣道では、左太刀の対策も進んでいるから通用しなかっただろう。だが、ここは異世界だ。私の策は見事に当たって────私の小手打ちは、赤髪の長の右手を


 流石さすがはエルさんに勝った相手で、初見しょけんであろう左太刀による攻撃に、不意を突かれながらも彼女は反応していた。ダメージを最小限にとどめていて、防具さえ着けていれば何のダメージすら無かっただろう。これでは一本にならない。痛みと怒りが、赤髪の長の表情から伝わってきた。


 小手打ちをかすめただけに終わった私の木剣は、いきおあまって、私から見て右下までちからく剣先をらしている。赤髪の長の前には、無防備な私の頭部があった。その頭部をかぶとごと粉砕するべく、赤髪の長が木剣を振り上げる。


「……せ! もういい、逃げろ!」


 悲壮なエルさんの声が響く。誰もが私の負けを確信していた────


 これが私の、最後の策だった。無防備な頭部を見せて、攻撃を誘ってカウンターで決める。左太刀の小手打ちで決めるのがベストだったが、失敗した時の返し技も考えていたのだ。その返し技とは、下段からの切り上げである。


 右下から左上への切り上げ。前世の剣道では、まず使われない技だった。それは、この異世界でも同様のはずだ。私は右膝を地面に付けて、左膝を立てた低い構えとなる。すでに私の木剣は、切り上げを開始していた。全てがスローモーションのような、遅い時間の流れを私は感じる。


 切り上げの前に、また私は木剣の握りを変えていた。左手はつかの最上部あたりで、その上に右手を上げて、剣の部分を私は握っている。そうやって木剣を短く持った方が、カウンターの小手打ちを当てやすいと私には感じられたのだ。これが反則なのかは知らない。


 私と赤髪の長が木剣を出せば、向こうの剣が私の頭に届いても、私の剣は相手の頭に届かない。だけど向こうの剣が私の頭に届く距離なら、私の剣は相手の小手には届くのだ。私が切り上げで狙うのは、赤髪の長の右手内側うちがわ。ここにカウンターで攻撃を当てられれば、彼女が木剣を取り落とす可能性は高い。


 スローモーションのような世界で、それでも慄然りつぜんとする程の速さで敵の木剣が、私の頭にせまってくる。私は首を左に倒した。かぶとにさえ当たらなければ、ルール上、一本にならないはずだ。そのまま左に倒れ込むように、体を敵の剣から遠ざけようと私はこころみる。


 私の小手打ちが先に当たるか、あるいは、赤髪の長の木剣が私の右肩の骨をくだくか。どちらが先かは微妙びみょうだった。私は骨折の衝撃を想定してそなえる。たとえ右肩が折れても、左手の木剣は絶対に離さない。左手一本でも小手打ちを決めて、赤髪の長の木剣を落としてみせる。


 私の戦い方は、剣道のように凛々りりしくないし、古流剣術のように洗練されてない。この切り上げ技だって、私が自分で考えたようなものに過ぎない。私の剣も生き方も、社会から見ればひとりよがりの泥臭どろくさ代物しろものでしか無いのだろう。


 それが何だ! 私達マイノリティーの物語に、お手本テンプレートなんか無い。私達はただ、日々の人生を懸命に生きていく。強くあらねばならない。そうで無ければ、愛するものを守ることすら出来できないのだから。


 赤髪の長は、正しい事も言ったのだと私は思う。『弱い奴は何も守れないんだ』と彼女は言った。その通りなのだろう。ここでエルさんを守れなければ、私はただの弱者だ。そんな自分の弱さを私は許せない。今の私は修羅しゅらである。私から大切なものをうばおうとするなら、死を覚悟してもらう。


 剣に願いを掛ける。どうか大切なものを守れますように。弱きマイノリティーから、大切なものを奪おうとする者にのろいあれ。




 一方の木剣が地面に落ちる。勝負がいた瞬間であった。

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