第5話 要は私が勝って終わるだけのシンプルな話

 エルさんと赤髪の長が、それぞれの防具を着ける。試合のルールは、突き技が無い剣道のようなものだ。かぶと小手こてどう有効打突ゆうこうだとつ部位ぶい。こちらの集落と向こうの集落から、一名ずつ審判を出して判定し、綺麗きれいに攻撃が入れば「一本」となる。先に二本を取れば勝ちだ。


 そして勝負は────悲しい程、あっさりと終わった。エルさんが弱かった訳では無い。技術は互角だったと思う。差が付いたのは、それ以外の要素だった。まず身長の差だ。


 エルさんは私より十センチは背が高いけど、そのエルさんより赤髪の長は、更に十センチは背が高かった。当然、腕も相手の方が長いから、エルさんより遠い位置から攻撃が届く。


 筋力も赤髪の長は、エルさんより強かったのだろう。剣の速度が段違だんちがいだった。またたに二本を先取せんしゅされて、「……まいった」とエルさんは負けを認めた。


「嬉しいぜ、お前をあたしの物に出来できて。もとは王族の出身しゅっしんなんだろう? そういう女に夜伽よとぎをさせてみたかったのさ」


 防具をはずしながら赤髪の長が言う。エルさんは答えるのも面倒めんどうそうだった。


「……私は同性しか愛せない。そんな者は家の邪魔でしか無かったんだ。私の犠牲で集落が救われるなら、それを運命として受け入れるさ」


 エルさんは、まるで犯罪者が逮捕されるみたいに、向こうの集落の女性達から取り囲まれた。そして連れて行かれようとしていて、誰も止めようとする者は居ない。厄介事やっかいごとが終わって安心しているような雰囲気さえある。誰もエルさんをすくおうとしなかった────だから、私は動いた。


「ちょっと待ったぁ!」


 大声をげて、ずかずかと歩いていく。金縛かなしばりにったような、エルさん集落の反応が、ちょっと面白おもしろい。「あん?」と赤髪の長が私を見る。私は地面に置かれた、エルさんが使っていた木剣を拾って、その剣先を彼女へ向けた。


「私とも勝負しなさい! 負けたら十年間、夜伽でも何でも、やってやるわ!」


 周囲がおおあわてしていた。エルさんが「何を馬鹿な!」と叫んでいる。向こうの集落の人達は戸惑とまどっていて、その中で赤髪の長は腹をかかえて大笑いしていた。


「正気か? お前が生きてきた年月の何倍も、あたしは剣を振ってきたんだぜ。勝負に、ならねぇよ」


「ならハンデをこしなさいよ、ハンデを! こんな小娘が相手じゃ本気を出せないって言うなら、本気を出さざるを得ない状況ってのが必要でしょ!」


 赤髪の長は私をっている。そこに私は付け込みたかった。くち八丁はっちょうで、少しでも有利な条件を引き出してみせる。そうしないと私に勝ち目なんか無い。


「分かった、分かった。じゃあ、あたしは防具をけないでやるよ。そうすれば少しは、お前みたいなチビでもチャンスがあるだろうさ……ただ、やるからには、負けた時の約束は守ってもらうぜ」


 私の攻撃をふせぐ自信があるのだろう。ハンデをもらえたのは有難ありがたいので、試合条件に付いては、これで良しとした。


「確認したいんだけど、そっちが負けた場合は? ここの集落の長を解放してくれるんでしょうね?」


「ああ、解放してやるさ。ついでにあたしの命もうばってくれていい。勝負事しょうぶごとはリスクを背負わないと燃えないからな」


 いかにも戦闘狂な発言はつげんだった。私はエルさんさえ返してもらえれば良いので、それ以外はどうでもいい。『二度と来るな』という約束をさせるのは良いかも知れない。


「おチビちゃんには防具が必要だろう。待っててやるから用意しな」


「それは集落の人に持ってこさせる。それより、試合前にエルさんとはなさせて」


 私は周囲に「私の防具を持ってきて!」と、木剣を振り上げながらお願いする。頭をかち割られるとでも思ったようで、何人かが走っていった。そんな中、一時的に解放されたエルさんが、私の前まで歩いてきた。可哀想かわいそうに、すっかり狼狽うろたえている。そのエルさんが私にさけんだ。


「何て事を言ったんだ! 試合に負ければ十年、拒否も出来できずに嫌な事をさせられるんだぞ!」


「それはエルさんも同じでしょ。エルさんは、いっつも他人の心配ばかり! それで結局、自分だけが犠牲になっちゃう。馬鹿みたいな生き方だよ!」


「な、何を……」


「でも好き! そんな優しいエルさんが私は大好き! 貴女あなたの優しさが無かったら、私は森の中で死んでた! 真っ暗な孤独のやみから、エルさんが私を救い出してくれたの。貴女が私に光をくれた。そんな優しいエルさんが、誰からも救いの手を差し伸べられないなんておかしい!」


「……分かっているのか、十年の拘束こうそくだぞ? 百年を生きる事すら難しい人間族に取っては、長い時間だろう。私なんかほうっておいて、クロは自分の幸せだけを考えれば良かったんだ」


「考えてるよ。エルさんと一緒に居る事が私の幸せだもの。知ってる? 私が居た所の言葉なんだけど、結婚式の時の決まり文句。『すこやかなる時もめる時も……』、とにかく、どんな苦難も二人で乗り切ろうって事よ。エルさんだけが苦しむなんて許さないから」


 愛し、うやまい、なぐさい。共に助け合って、その命ある限り真心まごころを尽くすことをちかいますか? そうわれたら、イエス!と私は即答するだろう。私の命がある限り、この愛は消えない。たかだか十年の苦難で、私のエルさんへの気持ちが揺らぐと思ったら大間違いだ。私の愛は一生物いっしょうものなんだから。


「話は終わったか? ずいぶん人間族から愛されてるじゃないか。その小娘が勝っても負けても、お前達は一緒に居られる訳だ。あたしが試合で叩きのめして、連れ帰って小娘の世話をしてやってもいい。安心しろ、きつい仕事はガキに与えないさ」


 おもにエルさんに向けて、赤髪の長が言いはなつ。そろそろ私の防具が到着する頃だ。私は森の種族より体が小さいようで、特注で作ってもらった防具でないとサイズが合わないのだった。


 赤髪の長と私の身長差は、二十センチくらい。そして相手の実力は剣道の高段者クラス。私の勝ち目はうすいのだろう。何しろ私は、赤髪の長に敗れたエルさんにすら勝った事が無い。


「……勝算はあるんだろうな」と、エルさんが私に言う。「まあ、全く無い訳じゃないよ」とだけ私は答えた。対戦相手が近くに居るので、作戦を話す訳にも行かない。


「こんな事を言う事になるとは思わなかったが……この状況を打開だかいする可能性があるのは、もうクロしか居ない。プレッシャーを掛けたくはないが、勝てるものなら勝ってくれ。勝ってくれたら、私はクロにどんな事でもする」


 いのるようにエルさんが言った。私は私で、『どんな事でもって、どんな事?』とよこしまな思考が浮かびかけて、集中すべく雑念ざつねんを捨てる。要するに、私が勝つ。それで終わるのだというシンプルな話だ。

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