第4話 なるほど、これが悪役か

 朝が来た。この地域は雨が少ないようで、今日もカラッとした晴天。いつも通り、私とエルさんは木剣で素振すぶりをしていた。両手で持った剣を、頭より高い位置まで上げて、水平近くまで振り下ろして止める。エルさんの剣筋けんすじ綺麗きれいで、ずっと見ていてもきないくらい美しい。


 素振りを水平近くで止めるのは、前世の剣道や剣術も同様である。理由は色々とあるのだろうけど、下まで振り下ろしたら自分の足を切ってしまう危険性があるからだろうか。地面に剣を叩きつけたら折れるかも知れないし。


 いつもならさわやかな気分になれるのに、素振りを終えても、私の気分は晴れない。エルさんとの素振りが、今日で最後になるのかも知れないと思うと、当然の事であった。


「そんな顔をするな。クロが試合をする訳じゃないだろう」


 つとめて明るい口調でエルさんが笑いかける。続けてエルさんは、自分が試合に負けた後の事に付いて話し始めた。


「私が試合に勝てば、クロとこれまで通りの生活が続く。だが、その可能性は低い。私が居なくなったら、この集落でクロは孤立するかも知れない。だから、私が試合に負けたら、クロは森を抜けて人里ひとざとに行った方がいい」


「人里って……つまり人間族が居る所?」


「ああ、人口も多くてさかえている。こんな数十人しか居ない集落より、よほど良い所さ。こんな事を言うのも何だが、もっと広い世界をクロは見た方がいい。人間族の異性と結ばれて、子供を持つのも良いさ。私達はせまい集落で、社会とのかかわりを避けるように生きていく性的マイノ少数派リティーに過ぎない。だけど人間族のクロなら、もっと違う生き方が出来できるはずなんだ」


 エルさんには腹心ふくしんの部下が居て、その部下さんが、私を人里まで連れて行ってくれるそうだ。この集落も人里との交易こうえきはあるそうで、エルさんが書いた紹介状をたずさえれば、人間族の私は仕事にけるのだと言われた。エルさんの影響力って、そんなに大きいのかな。


 いたれりくせりの手配で、だからと言ってエルさんとの別れを歓迎かんげいできる訳がない。私の目がうるんできて、「こまったな。私まで泣きそうになるじゃないか」と、またエルさんに笑われる。異世界に来てからというもの、私は無力むりょくさを感じてばかりだ。私がエルさんの事を幸せにしてあげられたらいいのに。




 正午しょうごより前に、馬に乗った女性の集団が来た。かわよろいやりの装備で、いかにも戦闘せんとう集団しゅうだんという面持おももち。その気になれば、この集落を彼女達は全滅ぜんめつさせられるのだろう。この集落と同様、彼女達も同性愛者の集まりだそうで、だけどおさの方針はエルさんと全く違うようだった。


「あたし達の一生いっしょうながい。だから、あたし達には退屈たいくつしのぎが必要なのさ。そうだろ?」


 ここまで訪れてきた、別集落のおさ馬上ばじょうからエルさんに話しかける。この人が今日、エルさんと一対一で、木剣での試合をおこなうそうだ。ようは前世で言う、木刀ぼくとうを使った剣道での試合。


「何が退屈しのぎだ。お前の身勝手みがってな理屈には、うんざりだ。他の集落から女性をさらって、自分の手元に置いてなぐさものにする。そんな行為の何処どこに正当性がある!」


 エルさんが怒りを込めて返答した。にやりと笑って、向こうのおさが馬から降りる。かぶとはずすと赤い髪が現れた。獰猛どうもう野生やせい、というのが私の第一印象。何のうたがいも無く弱者じゃくしゃなぶり、らう生き物。そんな長は軽薄けいはくに笑って見せた。


おおげさに言うな。さらうと言っても、ほんの短期間だ。、他の集落から一人の女をあずかって、あたしの夜の相手をさせる。それだけの事で、お前の集落は全滅をまぬがれるのさ。一対一の試合で済むのだから、戦争よりはマシだろう?」


「それを身勝手な理屈だと言っている。ちからで全てを正当化できると思うな」


「現実だよ、現実。強い者が弱い者から奪うのは自然の摂理せつりだろう。それに身勝手なのは、お前も同様じゃないか。人間族の子供を森で見つけて、世話をしているのだろう? 異種族との抗争のたねを放置しておいて、何が長だ。そんな奴はあたしが連れ去った方が、この集落のためさ」


 私は暗澹あんたんたる気持ちになった。エルさんが集落に取って本当に大切な存在だったなら、たとえ勝ち目が無くとも皆は命がけで抵抗したのではないか。そんな気概きがいは全く感じられなかった。エルさんは長としての人望を失いかけている。それも異種族である私を助けたという、そんな理由で。


 考えたくないが、この獰猛どうもうな長が居る集落に、エルさんの集落から情報を流した者が居るのかも知れない。そそのかして、侵略者のような連中を誘導する事で、エルさんと私を集落から追い出す。その方がこのましいと考える者は居たのだろう。


「それに、だ。あたしだってリスクをっているんだぞ? 木剣の試合で負ければ、その場で殺されても文句は言わない。誓約せいやくは紙に記録しているから、森の神にちかって守る。試合に勝てば、あたしを好きにして良いさ」


「……だが、お前が負けた事は無い。そうだったな」


 赤髪の長に、苦々にがにがしげにエルさんが言った。


「ああ、森の種族は平和ボケした奴らばかりさ。男だろうが、あたしにかなう奴は居ない。『戦争も無いのに剣を振る必要は無い』と言う奴らはただ腑抜ふぬけさ。弱い奴は何も守れないんだ。それをあたしは教えてやっているのさ」


 私は集落の人達と一緒に、後方でりを見ている事しか出来できない。と、赤髪の長が私の方に目を向けた。そしてエルさんへと話しかける。


「あの黒髪のチビが、お前のお気に入りか。ああいうのがこのみとはなぁ」


「あの子は関係ない。お前は私に用があるんだろ」


「ああ、さっさと試合を始めようぜ。心配しなくても、あんなガキをさらう気はぇよ」


 エルさん達が集落の中央にある、ちょっとした広場の方へと移動していく。こんな時でもエルさんは、私の事を守ってくれているのだ。私はくちびるを、血が出そうな程にみしめていた。

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