第7話 アニキではない
冒険者三人組から感謝の念を受けたものの、僕は正直関わりたくなかった。
逃走を試みたいけれど、せっかく助けたのにこのまま依頼続行をするようだったら全部意味がなくなるし、かといって彼らに何かしらの指導をするのは僕の仕事じゃない。
冒険者ギルドでのマニュアル支給はしっかりされているし、それをどう活かすか、というのも冒険者としてやっていく資質の判断になるのかもしれないし。そもそもこの世界の価値観や指標というのを、僕はまだ知らない。それこそ師匠に聞いてみたい。
僕が僕に対して今現在課しているのは、前世ゲームの中で師匠たちが教えてくれたことがベース。まだ誰かの弟子である僕が勝手に教えを啓蒙もできない。
ゲームと現実は違う、ってことくらいいくら世間知らずの僕でも分かる。
何か教えて、違っていた時に責任が取れる訳じゃない。帳尻合わせもできるか分からない。つまり、できるのは彼らを安全に街に送り届ける、これ一択。
ここまでをゼロコンマイチ秒(主観)で考えてから、やっと落ち着いた彼らとちゃんと話そうと向き直った。少し落ち着いて泣き止んだようだし。
「君たちのこと、教えてくれる?」
「はい、アニキ!」
アニキ?!
「俺は剣士のグレッグ、こっちが魔法使いのピナ、レンジャーのシュートです、アニキ!」
「わ、わたしたち、同じ村出身の幼馴染なんです、アニキ……!」
「アニキの、強さの秘密……とは?! アニキ!」
助けて師匠、弟子のピンチです。
あ~~、前世でこれといった人間関係を築いてこなかったせいでこのノリについていけない! 急にアニキって言われても! あと自由だなシュート!
命を助けると勝手に弟とか妹になっちゃうの?! 僕家族ってそういう増え方するものじゃないと思ったけど?! しらんけど!
人助けしにくいじゃん! ナニコレなにこれ?!
同年代三人の熱視線が突き刺さる! 痛い!
「アニキ! 俺たち、アニキについていきやす!」
「「よろしくおねがいします!!」」
ああ~~、師匠! 今こそお助けを! 昨日の街に入る以来のピンチです!
この際師匠じゃなくても! そう、こういう時に頼れるのは?!
「な、ナヴィ~~!!」
『お呼びですか、ワタル』
「ナヴィ!」
目から涙がスプラッシュした。言語野がぐちゃぐちゃになったのはこの状況のせいで僕の責任じゃない。
いきなりの展開とノリと常識知らずの自分を疑う心とこの世界の常識を疑う心で千々に千切れた心が
『状況は把握していますが、ワタルはこの事態をどう収めたいのでしょうか?』
「ナヴィ……僕がそこまで考えられると思う……?」
『失礼しました。それもそうですね』
さらりと失礼なことを言われた気もするけど、僕にとっては魔物を倒す以上の難問難題だ。とりあえずナヴィ先生にお任せしてこの事態を収拾したい。僕が何にも巻き込まれない感じに。
「ア、アニキ……? そのウインドウ、喋るんですか……?!」
「えっ?!」
「えっ?!?!」
ナヴィみたいなナビゲーターって一般的じゃないの?! なんでナヴィ出てきちゃったのかな?!
事態がもっと混迷を極め始めて頭をかかえると、ナヴィはすいと自分のウインドウを三人の前に移動させた。れ、冷静なウインドウだ……。
『その質問には私がお答えします。初めまして、グレッグ、ピナ、シュート。私はナヴィ、ワタルの
ユニークジョブ、と聞いた三人の顔が驚きに染まって息を呑むのを感じる。
一瞬の静寂。
「ッユニークジョブ?! ってことはワタルさんもう3次職?!」
「げ、限界突破……!」
「あれ神殿の誇張じゃなかったんですか?!」
そして質問と驚き。
なるほど、この世界が現実世界になっても固有職業は珍しいらしい。この反応を見るに幻くらいは思っていてもいいかもしれない。
取得する条件があるもんな……、と騒いでいる人を見ていたら自分も少し冷静になる。驚きを上書きするなんてナヴィすごい、僕より人間のこと分かってる。
そして、ナヴィが何の目的で僕を助けてくれているのか分かった気がした。
固有職業の運用補助。たぶん、これは一切の嘘がないんだろう。ナヴィともまだゆっくり話す時間がなかったので、こうして聞けてよかったのかもしれない。
ゲームの中ならば時間の流れが現実と違ったから割と取得条件を満たしやすかったし、それこそ転職クエストまで持っていければそれに従って取得もできたし。
固有職業、というだけあってそのジョブはプレイヤーの中でも1人しかなれない。
僕の
元の世界だと、銀細工師のシルバースミスとか、鍛冶職人はブラックスミスだし、金属加工を行う職人を指す言葉。
だけど、僕のジョブには頭に何もつかない。ただのスミス。そう呼ばれるのは、固有職業として【職人】になった僕だけ、らしい。
どうやら、こっちの世界でも。
こっちの常識についてもすり合わせる暇もなく今に至っているから、ナヴィがグレッグたちに話せるところまでで説明している情報を元に自分の常識も更新できたと思う。
つまり僕は、こっちの世界二日目の初心者バブでありながら、世界でも幻に近い認知度の固有職業持ちで、夥しく目立つ、と。
どうしてこうなった?! 僕は、ただ、健康に健やかに楽しく生きられればいいのに!
『……と、いうわけで、ワタル。彼らを街まで送り届けましょう』
「あ、うん。話は終わったの? ナヴィ」
『はい。今後彼らは固有職業を持っていることを隠したいワタルに対しアニキという過剰な態度をとらず、フランクに挨拶を交わす間柄、という事で落ち着きました』
「フランクにあいさつをかわすあいだがら」
『ここが限界です、視線から感じられる尊敬の念がとどまる所を知りませんので』
不意にナヴィから透けて見える三人の方へ、ウインドウを避けるようにして目を向ける。
輝く瞳が三組自分をまっすぐ純粋な気持ちで見つめている。うん、僕もそこが落としどころな気がしました。ありがとうナヴィ、君は精一杯やってくれた。
「あー……じゃあ、街に、帰ろうか!」
「「「はい!!」」」
彼らの依頼自体はゴブリン退治で既に必要討伐数に達しているらしく、僕もそれを聞いて安心した。依頼失敗、となると違約金の支払いがある。成功報酬と同じ金額をギルドに納めなければならず、それを納めるまで次の依頼が受けられなかったりもする。
悪くなれば借金奴隷にはなりかねない。借金奴隷は返済まで無償労働する、という奴隷で、割とフランクになる人が多い。それはゲームでの話だけれど。違約金の積み重ねとかでゲームの中では初心者プレイヤーが陥りやすかったな。
このブラッドワイルドベアは僕が持って帰っていいらしい。師匠にシチューを作ってあげよう。
どうせだからと、一旦インベントリに入れてブラッドワイルドベアをインベントリウインドウで選択する。
二度タップすると補助メニューが出るので、解体を選んで素材にばらしておく。ギルドに戻ったら一部の素材を彼らに渡すつもりだ。
せっかくフランクに挨拶を交わす間柄になったのだから、この三人はしっかりギルド職員からのお叱りを受けてマニュアルを読み込み、冒険者を続けて欲しいなと思う。
やっぱりそこに関しては、僕が口をはさむのは余計なお世話だ。
何度もアニキと言われかけながらの帰り道、街に着くころには三人とも「ワタル」と呼んでくれるようになった。ちょっとこそばゆい。家族か師匠か、病院の関係者にしか呼ばれなかった名前。
この世界で、もっとしっかり自分で立ち回れるよう、まずはもう少し現状を把握するところから始めよう。
転生スミスの異世界健康ライフ〜廃人プレイで鍛えたアバター、そっくりそのまま反映されました〜 真波潜 @siila
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