第2話 かぜ薬

 奏汰さんはさっきこの図形の一部を引っ張ったり外したりしていた。動くんだろうかと思って端っこを調べていたらその一部がカタリと小さな音と共に横にずれた。それを引っ張ると半分ほどが箱から分離したけれど、半分は箱にくっついたまま。これは強引に引っ張ってもいいのかな。壊れちゃう?

「奏汰さん、これ無理やり引っ張っても大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ、ああひっかかるよね。力一杯やっても大丈夫だと思う。からくり箱って一定無茶な扱いするのが前提だし」

 奏汰さんは面白そうにニカッと笑った。奏汰さんは相変わらず歯が眩しい。

 でもそう言われて結構強引に引っ張ってみたけど動かない。じゃあここは違う場所か。いや、他の何処かと連動してるのかな。いくつか引っ張れる部分があって、箱自体が凸凹してきた。ううう、多分全部開きすぎ、どこかに特定のパターンがある、はず。

 ひょっとしたら何かの機構がハマる時に音がするかもとか思って耳をつけて調べてみたけど全然わからない。

「夜道ちゃん、機械仕掛けじゃないから音は鳴らないよ」

「そうなんですか?」

「そう、寄木細工ってのは木を組み合わせてるからね。動くように動くし、動かないところは動かない、ほら貸して」


 そう言って奏汰さんは私が引っ張り出した木片のあらかたを元に戻して一つの面全体を大きくスライドさせた。

「これでヒントはおしまい。思ったよりダイナミックに動くから楽しんで」

「いいのか? ヒントなんか教えて。俺も見たぞ」

「大丈夫。これだけじゃ解けないから。開けてる途中の動きの半分くらいがフェイクなのは気がついてんだろ?」

「同じような動きを何度か繰り返してたからな」

「結構真面目に見てたよね。でも流石に大岳でもわからないでしょ」

 大岳は大きくため息をついた。

 なんだか私じゃ到底開けられそうにない感じ。大岳の前に箱をそっとおいて代わりに食べ終わった皿を集めて重ねる。自分用に買ってきたクランベリームースを食べるのだ。大岳のザッハトルテと奏汰さんのチーズケーキがみるみる減っていくのをみて、お腹が空いちゃった。ああでもミルクティーちょっと冷めちゃったな。後で追加いれよう。

「夜道、もういいのか?」

「私じゃ開けられなさそうなんだもん」

「はは、まあ今回は少しガチめの箱を持ってきた自覚はある」

「俺が開けてしまった後は楽しめないぞ」

「まあいいよ」

「奏汰。多少強引にやってもいいんだな?」

「まあね、そうそう壊れはしないよ」

「言質はとったぞ」


 大岳は箱をほっぽって機材の置いてあるスペースに向かった。あれあれと思って見ていると何か平たくて細くて金属の楔みたいなのを持ってきた。

「ちょま、大岳、骨ノミはずるいぞ」

「黙れ。強引にやっていいと言っただろ。これなら壊さない。お前なら戻せるだろ」

「大人気なさすぎない? ちょっと。あれ、チーズケーキそんなに怒ってる?」

「怒ってる。てこの原理の恐ろしさを思い知るがいい」

 骨ノミというのは確か整形外科で骨を削る時に使う器具だ。大岳はその平たいノミを寄木細工の隙間に差し入れて力を調整する。何度か場所を変えて差し入れると、パキという小さな音がしてパーツが外れた。それを何箇所か試すと、箱の三分の一くらいがとれてしまった。あぁ~哀れ哀れ。

 それを奏汰さんは両手で顔を覆って、あーあって呟きが漏れた。それにしてもこれ、本当に治せるのかな。まあ確かに割れたりはしていないようだけど。

 それで底の方にあった1粒の錠剤をつまみ上げて薬袋に戻す。

「えぇ~ずるくない?」

「強引にやってもいいと言った。夜道も聞いたよな」

「うん、まあ聞いたけど」

「酷いよね? はぁ、今回は仕方ないか。我慢する。代わりに普通の薬、頂戴」

「やけに往生際がいいな」

「彼氏に誓ったし」

 奏汰さんは随分残念そうだ。

 薬はもらえないし箱は壊されちゃったからなぁ。でも奏汰さんなら簡単に直してしまうのだろう。というかもう半分くらい直している。器用だ。そういえば結局開け方はわからないまま。後で奏汰さんに聞いてみよう。そう思っていたら公晴さんが声をかけた。


「大岳が箱を開けたということでいいのですね?」

「うん、そうだね」

「なら袖口にしまった薬を返すべきです」

「え」

「最初に『うまく開けられちゃったら薬を返す』と言っていました」

 ああー、と言って奏汰さんは今度こそ天井を仰ぐ。その手の中の寄木細工はすでに魔法のように元に戻っていた。奏汰さんは左袖の中から一シート出してそれを大岳に渡す。


「いつ取ったんだmagic star魔法使い

philosopher哲学者がよそ見してる間だよ」

 魔法使いというのはあまりに手先の器用すぎる奏汰さんの異名で、哲学者というのは頭でっかちな大岳を揶揄した言葉だ。二人が昔からやってるゲームで、お互いそんな役割を割り振っているらしい。

 奏汰さんがふぅとため息をつく。

「俺が箱を開けてた時だよ。大岳と夜道ちゃんが箱に集中してただろ? 薬袋が雑に置いてあったから、箱回して影になったすきに、つい」

「油断も隙もないな」

「いやごめんて。それより公晴は何でわかったんだよ。後ろ向いてたんじゃないのか?」

「戸棚のガラスに一部始終が映っていました」

「まじかよもう、trick star奇人め」

「奏汰さん、私は普通だよ」

「そうだね、夜道ちゃんごめんね? 夜道ちゃんだけが俺の癒やし」

「彼氏さんにおこられちゃうよ」


 奏汰さんはどことなくしょげてる。なんとなく可哀想に見えてきた。奏汰さんのカップに新しいドリップバッグを乗せてお湯を注げば、ふうわりコーヒーの優しい香りが漂ってきた。円を描きながら少しずつお湯を増やすのが美味しいコツと聞いたのだ。美味しくなれ美味しくなれ。

「それで重症なのは彼氏の方なのか?」

「え。うーんまあそう、ずっと8度6分くらい出てる。でも症状は俺と同じだから多分ただの風邪」

「仕方ないな、夜道、水を持ってきて」

「はぁいすぐに」

 大岳は手近な棚から錠剤を一つ取り出す。

「これは普通の風邪薬だからお前が今飲め」

「えでも」

「それでこっちは彼氏に飲ませろ」

「えいいの?」

 大岳は忌々しそうな顔でさっき薬袋にしまった錠剤を再び机に取り出した。


「また来られたら鬱陶しいからな。どうせ一回帰ってまたすぐ戻って来て、貰えるまで帰らないとか始めるつもりなんだろ」

「よくわかったね」

「彼氏のためなら引かないのは知ってる」

「ありがと、早く諦めてくれて」

「今度来る時はケーキ買ってこい、必ずだ」

「わかった。本当ありがとね、6個買ってくるよ」

 奏汰さんは錠剤を引ったくるように手にして走り去ってしまった。彼氏一直線だぁ。熱い熱い。

「あいつは本当にいつも騒がしい」

「面白いじゃない。それよりこの箱置いてっちゃったけどどうしよう」

「もらっていいんじゃないかな。あいつ同じネタは持ち出さない趣味だろうから」

 そうして不思議な箱が転がり込んできた。何回かトライしてみたけど、開けられる気配は全然ないな。残念残念。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

からくり箱と風邪薬 Tempp @ぷかぷか @Tempp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ