からくり箱と風邪薬
Tempp @ぷかぷか
第1話 からくり箱
「やっほ、
大岳は製薬会社で薬の開発をしていて、ここはその研究室。隔離された無菌室の先には不思議な機械や器具がたくさん置いてあってなんだか面白い。
その日、私が研究室に遊びに行くと、すでに公晴さんと大岳が打ち合わせスペースの長机に向かい合って話し合っていた。だから私は勝手知ったるミニキッチンで、自分用に、ついでに大岳と公晴さん用にミルクティーを入れていた。そこに奏汰さんが遊びにきて、私がお土産用に買ってきたケーキの箱を見つけてしまったものだから、大岳はものすごく嫌そうな顔をした。
「これってエクセデスノルデン? チーズケーキある? けほけほ」
「ありますけど。奏汰さん、風邪ですか?」
「うんそう、だから大岳に薬もらおうと思って来た」
「風邪にケーキは刺激が強すぎる」
「お前が何言ってんのかわかんないけど、チーズは体にいいんだよ? 栄養も取れるし? ここのは甘すぎない稀少な奴だから俺はチャンスは逃さないの」
そう言って奏汰さんは公晴さんの隣の椅子を引っ張って強引に座る。
コーヒーを一つ追加。
奏汰さんはコーヒー党。しかもブラック。この研究室にはドリップバッグが各種常備されているから、カップの上にセットしてお湯を注ぐだけなのだ。
反対に大岳は甘味中毒。だから私はたまに、大岳が食べたいって指定するケーキを買ってくる。今日はバイト先の近くにあるエクセデスノルデン。お駄賃はケーキ一つ。今日も箱の中にはケーキが六つ。私用が一つ、大岳用が五つだったのが一つ減るくらい良き良き。
全てのケーキの端っこをほんの少しだけカットして小さなお皿に寄せて乗せたのが公晴さん用。残り三つのほんの少しだけ端っこが欠けたケーキを冷蔵庫にしまう。
「それで症状は?」
「昨夜から7度2分の発熱、今朝は6度8分。胃が荒れてる。他の症状はなし」
「風邪薬を出そう」
席をたとうとする大岳を奏汰さんは止める。
「や、それじゃなくて、あのめっちゃ効く奴頂戴、飲んで5分で治る奴」
「駄目だ。あれは副作用の確認が取れていない」
「そう言われると思ってお土産持ってきた。あと夜道ちゃんコーヒーありがとう」
「チーズケーキにもだ」
「頂きます大岳」
私が大岳の隣に座れば、奏汰さんは少し大きめのショルダーバッグから四角い箱を取り出して、机の真ん中に置いた。
15センチ四方の真四角で綺麗な寄木細工のカラフルな箱。
「これ、からくり箱なんだ。これに風邪薬入れてうまく開けられちゃったら薬を返す、それでどう?」
「なんだか面白そう」
「駄目だ、開けられなかったらそのまま持って帰るんだろ? そんな取引には応じられない」
「大丈夫だよ。きっと見つかる。そっちは3人もいるんだからさ。それにいいって言うまで帰ってあげない。夜道ちゃんに風邪うつっちゃうかも」
「あいかわらずやり口が汚いな」
大岳はため息を付きつつ研究室の奥にある大きな鍵付きの戸棚を開けた。その戸棚は一見ただのガラスの扉の普通の棚に見えるけど、実は高度なセキュリティで守られている。大岳の虹彩認証の上でパスワードとか様々な方法で厳重にロックされていて、その開け方は大岳しか知らない。誰も近づけない。私も寄るなと言われている。
なぜなら驚異的な効果を発揮する開発途上の薬が保管されていて、流出すると大ごとになるからだ。
奏汰さんが欲しがってる風邪薬もその中にある。
その薬は本当に恐ろしい効き目があって、飲んだらすごく怠くなるけど、ただの風邪なら本当に一瞬で治ってしまう。私も何度かもらった。大学は副作用というけれど、それは治験を経ていないだけで、きっとほとんどないのだろう。そうでなければ大岳は私に飲ませたりはしない。
大岳は戸棚から薬袋を一つ取り出して、厳重にロックし直し、戻ってきて机の上に雑に放り投げた。
「乗ってやってもいいが、その箱が開くことを俺の前で確認させろ。それから開けたら帰るとお前の彼氏に誓え」
「わかったわかった。彼氏に誓う。でも開ける時は公晴はこっちみないで。バレるから」
奏汰さんはものすごく手先が器用だ。だけど公晴さんはそれ以上に観察眼が鋭くて記憶力がいい。公晴さんの前で開けると、開け方がバレバレになってしまう。公晴さんは大人しく椅子ごと後ろの戸棚を向いた。
「うん、じゃあ。こほん。さて、お立ち会い。手前 ここに取り出したるは」
「そういうのいいから早くしろ」
「相変わらずノリ悪ぃな、お前」
そう言いながら奏汰さんは恐ろしい速さで箱の左右を引っ張ったりスライドさせたりしながらクルクル回し、15秒ほどでパタリと箱を開けた。人間技とは思えない。そういえば前にルービックキューブを片手で3秒で解けると言っていたのを思い出す。
「ね、ちゃんと開くでしょ?」
「わかった。仕方がない」
大岳は薬袋からシートを取り出し1錠分切り取って箱の中に入れる。
「念のため2錠貰えないかな?」
「駄目だ」
大岳は疑わしそうに残りを薬袋に戻して少し離れた棚に置いた。奏汰さんはそれを残念そうに目で追って、諦めてフォークを手に取った。
「公晴、もう見ていいよ。公晴も解いてみる?」
「私は関与しません」
「構わないのに」
「最初は夜道がやってみるか?」
「いいの?」
「構わない、ケーキを早く食わないとこっちも奏汰に取られそうだ」
奏汰さんは意外そうにその整った口を尖らせる。
「取らないよ、甘いものは苦手だもの」
「ならチーズケーキも食うな」
「これは別腹です。ほとんど甘くないし」
相変わらず言い争いが始まった。
よし、その間に何とか開けてしまおう。それにしても本当に綺麗な箱。何種類ものモザイクタイルが組み合わさったような不思議なパターン図形。それが何重にも幾何学的にも組み合わさって箱の表面を彩り埋め尽くしている。
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