第4話 異世界から帰れない
この異世界は案外身分にうるさい社会だった。病院や孤児院に行こうとしたら患者や見舞いでない限り無理とのこと。
沙世には治療能力もある。スラム街の子を拾うよりはよっぽど恩を売れるし効率も良さそうなのにと沙世はふてくされた。
やっぱり今までみたいに不定期にスラムに行って、一人の子供を拾ってってするしかないのかな。他に何か方法は……。そう思いながらギルドの待合所に居ると、難病を抱えた仲間を学園都市に連れて行くと話しているパーティーがあった。
こっそり聞き耳を立てていると、この世界には学園都市があり、そこではあらゆる研究が進んでいるとのこと。世界の謎を解明するために最近空間能力を持つ人間を雇って研究しているとも。
沙世は歓喜した。そこに行けば何とかなるかもしれない! だが次の言葉に絶望した。
ただ旅費やら治療費やらがべらぼうにかかって、Bランクのパーティーが三年で稼ぐくらいのお金がかかるそうだ。
また時間がかかりそうな……でも、自分はチート魔法使い! これから高ランクの任務受けまくればいける! 決して取れない手段じゃない!
そう決意した沙世に話しかける人間がいた。
「……おい」
銀髪の髪、赤い瞳。リオネルだ。
あれから没交渉だったのに今更なに? と警戒する沙世を前にリオネルは驚くことを言った。
「空間能力についてお前に相談したい」
その言葉を聞いて沙世はじっとしてはいられなかった。彼の知り合いに発現者がいたのだろうか? 学園都市に行くより安上がりで済むなら……。
お前と話したい人間がいる、と言われて案内されたのは、一軒の豪華な家だった。とても一人で住むような家ではないし、きっと他に誰かいるから大丈夫だろうと沙世は入っていく。
そんな沙世の後ろで、リオネルが玄関の鍵を二重に閉めた。
「この部屋だ」
その扉はどこの部屋の扉よりも頑丈で、まるで刑務所みたいに見えた。空間能力って希少だろうし、これくらい警戒する必要があるんだろうかと考えて疑問にも思わず沙世は中に入る。
目の前にはベッドがあるだけで、他に人は誰もいなかった。
「? あの、相談したい人って……」
沙世がそう言って振り向く前に、後ろから猿ぐつわを勢いよく嵌められた。
瞬時に罠だったと理解した。したが、遅すぎた。
沙世の魔法は全て呪文として唱えてから発動する。口を封じられたらただの少女でしかないのだ。
魔法の発動の仕方なんてまともに考えたこともなかった。むしろ呪文を唱えてから発動なんて魔法少女みがあって素敵、くらい能天気に考えていた。
口は封じられているし、心の中でいくら唱えても何も起こらない。ひたひたと絶望が忍び寄ってくる。
それなのに、更に沙世を苦しめる事実が発覚した。
「猿ぐつわなんて一朝一夕で用意なんて出来ないし、その手際も一体どこで覚えたんだよ、レジス」
振り向くと、仲間として、友人として信頼していたはずのレジスがそこにいた。
「それを貴方に言う必要なんてあります? というか話してる時間も惜しいでしょう」
どうして、という目で見つめる沙世にレジスは笑った。
「沙世様が悪いんですよ。僕を置いて帰ろうとするから。だから僕は……僕は……隠蔽に協力するからって、二人なら帰さないように出来るって、そんな甘言を吐くこいつと手を組むしかなかった!」
レジスの手が沙世をつかむ。沙世は既に放心状態で、一体これまでの自分の何が悪かったんだろうと現実逃避していた。
◇
死んだように眠る沙世に、リオネルは粉薬を口移しで飲ませた。
レジスがかつて沙世が限界突破させた孤児の一人に言って作らせた毒薬だ。一時的に声を封じる。完全に声が出なくなったら楽しめないこともあるからせめてもの妥協だ。起きて声が出ないことに気づいたらどんなに絶望するだろう。これであの動物達の従順になってくれればいいのに、とレジスは思う。
その予想通り、起きた沙世は絶望した。
二人を非難しようと思っていたのに、喉からは空気が漏れるばかり。
声が出ない。
魔力が使えない。
これでもう、異世界から帰れない……。
◇
学園都市には最近期待の新人と言われている人間がいた。なんでもその男は素行が悪くて仲間に見捨てられたことをきっかけに反省して、心機一転学園まで赴いて自分の能力が役に立つようにと申し出たのだという。雑誌の取材ではこう語っている。
「空間能力なんてコストが高すぎて魔力が不十分だと使い物にならないでしょう? それがコンプレックスで異母弟にも当たり散らして……本当最低でした。今は魔法薬なんかで魔力も一時的に増やせますし、この能力が何かの役に立つことを祈ってます。そして生活のめどがついたら、異母弟を迎えに行きたいなと」
その新人は容姿はともかく性格が優しいと評判で、よく捨てられた動物を保護しているらしい。「今まで動物に優しくなかったから」 と言ったのを聞いたという人もいたが、まさかあの人が、と誰も信じなかった。
◇
次元を移動する怪物は沙世のいる異世界が誕生したと同時に生まれた。親も兄弟もいない。顔も決まった姿もない。そして生まれた時から一人だった。
成長はある程度でとまった。また知性も。
それでも何十年何百年と生きていると自分の身の上を思い知ることになる。
普通の存在には親がいて、子供は親に甘えるもの。親は子供を守り導いてくれるもの。何千もある異世界を見てもそれは変わらなかった。
ならなぜ、自分には親がいない? どこに行っても嫌われる?
自分に親がいないことに諦めはついても、親のいる子供が幸せそうにしている姿は我慢ならなかった。だからこそ怪物と呼ばれているのだ。
怪物は自分が幸せになれないなら他人も不幸になれと言わんばかりに、移動しながら自分が振り撒く魔力で人間を異世界に引きずり落としてきた。
今までのほほんとしていた人間が突然不幸になる姿は例えようがない愉悦があった。
その怪物は最近は若い少女が異世界に飛ばされて不幸のどん底に叩き落とされる姿を見るのがマイブームらしかった。
問答無用で死ぬ姿も面白いけど、死ぬまで性的搾取されて生きる姿も滑稽で笑える、と顔はなくとも全身で笑っていた。
怪物に倫理はない。
ふと怪物は沙世の世界に戻って沙世の両親の姿を探す。二人はその日、朝から夕方まで駅でビラ配りをしていた。「滝田沙世といいます、お願いします、どんな情報でも構いません」 そう言って通りすがる人々に頼む姿は、沙世を異世界に連れて行く前よりかなり老け込んでみえた。前は結構小奇麗だったのに。
事情を知っていれば涙を流すような光景も、怪物には妬みのもとでしかない。
やっぱあの女は恵まれてるなあ。心配してくれる親なんて自分は未来永劫もてないのにずるいっつの。こんなことなら気まぐれで魔力チートなんてやるんじゃなかった。そのほうがもっと不幸な目にあっただろうに。
気を悪くした怪物は場所を変える。どこかの学校の通学路のようだ。冬の夕暮れの中、若い少女二人が見えた。
「じゃあね、葵ちゃん。今日帰ったら誕生日パーティーなんでしょ?」
「うん! お母さんが張りきっちゃって。お父さんもテストの点数が良かったからプレゼント奮発してくれるって」
「わー良かったね! 明日は私のあげたやつの感想聞かせてね!」
幸せそうだなあ。いいなあ。むかつくな。じゃあ次はあの子にしよう。
最初は現実逃避するかな。幸せに育った子だからすぐ飢え死にするかな。悪い人に騙されちゃったりして。早くその不幸が見たいな。
葵と呼ばれた少女は、迫りくる怪物の存在にも気づかずに、暗い夜道を歩いていた。
異世界から帰れない 菜花 @rikuto
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