13転校したい
「ただいまあ」
今日は、昨日のように謎の幼馴染と遭遇することなく、怖いくらいスムーズに帰宅することができた。私は、玄関のカギを開けて家の中に入る。
「おかえり、学校はどうだった?」
「昨日の今日で何も変わらないよ。ていうか、あいつらのせいで、二日続けて弁当を食べ損ねるところだった」
「それはまた大変だったわね」
リビングに入ると、母親がおやつを食べながらテレビを見ていた。私が帰宅の挨拶をすると、特に面白くなかったのかテレビを消して私に向き直る。思わず、私は母親に懇願していた。
「お母さん、私、転校したいかも。普通の学校に転校したいんだけど」
「別にいいわよ」
「えっ?」
さらりと私の言葉を肯定した母親に、懇願した私が驚いて戸惑いの声を上げてしまう。まだ転校してから2日しか経っていないのに、そんなに子供の言うことを素直に聞いてもいいものだろうか。逆に私の方が心配してしまう。
「昨日の話を聞いていると、なんだか今の学校があなたに会っていないみたいだからね。そんな自分に合わない学校に通い続けて、精神を病んで不登校になるより、別の高校で楽しい高校生活を送ってほしいと、母は思うわけですよ」
「いじめわれているとか、そういうのじゃないんだけど……」
「何もいじめだけが原因で病んだり不登校になったりするとは限らないからね。まあ、お母さんは和子の味方だから、転校に賛成だけど、お父さんはどうかわからない。本当に転校したいのなら、お父さんを説得しなくちゃね」
「何、真剣な顔して話しているの?もしかして、今日の夕飯が豪華なものになるって話?」
いつの間にか、弟も帰宅したようだ。通学用の黒いリュックをリビングのソファの下にどさっとおいて、私たちに期待の目を向ける。
「なんで真剣な顔して話している内容が夕食のことなの?そんなわけないでしょ。今日の夕食は牛肉が安かったので、牛丼です」
「ハーイ。じゃあ、夕食の話じゃなかったら、何を話していたの?」
「ええと、その」
「睦樹は、学校はどう?転校先の学校でもうまくやっていけそう?」
私だけでなく、弟にも学校の話を振った母親だが、こちらは特に問題はなさそうだ。悩む様子もなく弟は返事する。
「ふうん、なるほどね。話は姉ちゃんの学校の話か。それだったら、オレは問題なし、新しい学校でもうまくやれそうだから、心配しなくていいよ。部活は入らないことにしたから、問題ないし」
「そう、嘘は言っていないみたいね。それならいいわ。残りの中学生活、頑張りなさい」
「言われなくてもわかってるって。ところで、この机の上にあるお菓子、食べてもいいの?」
話は終わったとばかりに、弟の睦樹は机の上に広げられたお菓子に目が釘づけだ。私と母親は顔を見合わせてため息をつくが、お菓子については私も気になっていたので、黙って母の話を聞くことにした。
「今日、スーパーで安売りしていたから買ってきたの。たまには甘いもので、自分にご褒美をあげてもいいでしょう?」
机の上に置かれていたのは、大量の洋菓子だった。安売りするとは思えないものが箱の中にぎっしり詰められていた。マドレーヌやマフィン、クッキーやサブレなどが入っていた。
「私がさっき一つ食べたから、欲しいものには名前を書いてね」
『ハーイ』
「ねえ、それって私の分もあるの?」
どうやら、姉はまだ家に居座る気だったらしい。母親は特に気にした様子もなく、姉の静音にもお菓子を勧めた。
「和子が転校、ねえ」
「そうなの。どうにも学校の雰囲気がこの子にあわなかったみたいで」
夕食は母親の宣言通り、牛丼となった。父親も帰ってきたので、家族全員での夕食だ。せっかくの楽しいひと時が母親の言葉で台無しだ。とはいえ、家族全員がそろうこの時間にこそ、悩みを相談するのにちょうどいい機会なのかもしれない。
「新しい学校に通ってからまだ、2日しか経っていないじゃないか。何がそこまで嫌なのか、和子の口から説明してくれるかい?」
牛丼を口の中で味わっている最中だったので、父親からの言葉に対しての返事が少し遅れてしまう。
「しょれは……」
「ちゃんと飲み込んでから話なさいよ。行儀悪い」
姉に注意されてしまったが、確かに行儀が悪いので、反論することはせずよく噛んで飲み込んでから話すことにした。その間、父親は急かすことなく待ってくれていた。
「あ、あの、お父さんが私の話を信じてくれるかはわからないけど、実は……」
私は父親にもクラスメイトのことを話すことにした。クラスメイトの女子の容姿が自分よりかなり良いが、その容姿を自分にも勧めてきて嫌なこと。私がまるで昔の自分の見ているようで不快だと思われていること、自分の容姿が思いのほか目立っていて注目され、お昼ご飯を食べる暇もないくらいに話しかけられ、挙句の果てには、男子にまで容姿に対して文句を言われること、保健室には近づかない方がいいと謎のアドバイスをされたことなどを一気に話してしまう。
「それで、転校2日目にして、この学校にはもう通いたくないなと思って」
なんとなく、購買であった出来事は父親には話せずにいた。そういえば、購買でのことは家族の誰にも話していなかった。まあ、嫌ではあったけど、彼は私の昼食時間を邪魔することはしなかったので、彼女たちと比べたらましだった。それに、学年が違う彼とは会うことは少ないので、話す必要はないだろう。
「そうか」
話を聞き終えた父親は一言だけつぶやくと、黙り込んでしまった。思いのほか話し込んでいたのか、すっかり夕食の牛丼が冷めきってしまった。話さない父親を横目に私は急いで残りの牛丼を口に押し込んだ。他の家族は私が話している間に食べ終えたのか、ドンブリの中身は空っぽになっていた。
理想の美がはびこる学校に転校した女子高生の話し 折原さゆみ @orihara192
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